十話 魔人、また記憶を見る
また、自分のではない記憶。
その中で、カタリナは道具屋の前でセシルに向かって言い放っていた。
『いい? セシル。冒険者たる者、魔獣退治の準備はちゃんとしないといけないのよ。ここで準備を怠って、初めての依頼で死んでいく人間は、少なくないんだから。アンタはどんくさいんだから、ちゃんと揃えておかないといけないのよ? 分かってる?』
それは、ギルドに入って二人が初めてのコンビで依頼を受けた時のことだった。
相変わらず、セシルに対してキツイ言い方をするカタリナ。しかし、その内容に関しては的を射ている。なり立ての冒険者は自分の腕っ節だけを信じて、剣一本だけで魔獣退治に行く者もいる。防具も道具もそろえず、武器だけで余裕だとタカを括り、結果魔獣に返り討ちに遭ってしまう、なんてオチは珍しいものではなかった。
故に、魔獣退治の準備は念入りに、というのは常識中の常識だ。
『それは分かってるけどさ……何もこんなに買い込むことないんじゃないか?』
『何よ。私より経験の浅い初心者のくせに、意見するつもり?』
ムッとした目つきで少年を睨むカタリナ。彼女は聖女ということで、セシルよりもずっと前に組合に入って、いくつもの依頼をこなしてきている。それこそ、その年齢では有り得ないだろうと思える修羅場も超えてきている。だから、同い年であっても、冒険者としては優秀な先輩だ。
先達の意見を聞く。それもまた当たり前のことではあるのだが……。
『いやでもさぁ……流石に傷薬百個と毒消し草百個は買いすぎでしょ。他にも色々買ってるし……こんなに持ってても動くのに邪魔で、いざって時に戦えないよ』
両手に道具屋で買いまくった品物を抱えながら、セシルはカタリナに言う。
『しょうがないでしょ。弱いアンタはすぐに怪我するんだから。それに、今回退治するマンイーターは毒性持ちで、油断したら毒でやられるのよ? それを十体も倒すとなれば、これくらい持っていて当然でしょ』
『それは分かるけど、こんな量、どうやって持っていくんだよ』
『そりゃあ、アンタのバックに詰め込んでいくに決まってるでしょ』
『無茶言うなよっ。こんな重いの持ちながら、どうやって戦うんだよ』
一つ一つは軽いが、それを一つに詰め込むとなると話は別。こうして両手で持ち運ぶならまだしも、バックにいれて、それを持って魔獣と戦うなど、無理である。
『大丈夫よ。いざってなれば、人間なんでもやれるんだから。それに、この程度で文句言ってると、この先何もできないわよ』
『横暴だ……』
『口答えしない!! 弱っちいアンタに、そんな権利なんてないのよ!! 悔しかったら強くなることね!!』
一方的な発言に、セシルは「はいはい」と答えながらもカタリナに付いていく。
この二人は、いつもこんな感じだ。カタリナの言うことにセシルが少し指摘するが、結局のところ、主導権を握っているのはカタリナ。実力も発言力も、彼女が持っている。故に、セシルが何をどう言っても、結局のところ、何かが変わったことなどほとんどない。
しかし、だ。
それでも、セシルは毎度毎度、カタリナに対し、一言ちゃんと物申していた。
自分が何を返しても、結局のところ聞き入れてもらえないとわかっていながら、彼はそれでもカタリナに対し、自分の意見を言っていた。そして、それを跳ね返されても、セシルはずっとカタリナと一緒にやってきたのだ。
普通なら有り得ない。確かに二人は幼馴染という関係ではあるものの、それでもこんな高慢な態度を取る相手と一緒にずっといるのは疲れるし、何より腹が立つというもの。
だからこそ、疑問に思う。
彼は、どうして十数年もの間、彼女と共にいたのか、と。
*
「……何? どうかした?」
道具屋から出てしばらくした後、ずっと自分を見ていたバリーにカタリナは問を投げかける。
二人は魔獣退治に必要な買い出しを終えて、自分達が泊まっている宿に帰っていた。ライラとは明日の出立まで別行動を取っている。依頼人である彼女を自分達の買い物に付き合わせる必要性などないと判断したためだ。
バリーはカタリナが持つ道具類を見ながら、ふと呟く。
「いや。今日は傷薬やらを百個も買わないのかと思って」
言われて、カタリナは肩を一瞬震わせ、その場に立ち止まる。そして、間を空けながら、気まずそうな顔で口を開いた。
「……アンタ、そんな記憶まで見たの?」
「まぁな。言っただろうが。オマエの幼馴染に関する記憶を基本的に見たってな。つか、正直アレは買いすぎだとオレも思うぞ?」
「しょ、しょうがないでしょ!! アタシの能力は攻撃系で、傷を癒すとかできないから、セシルが傷ついたら治さなくちゃいけないと思って……それに、セシルとの初めての依頼だったから、準備万端でいこうと思って……」
「だとしても、あの数はないだろ。実際、オマエの幼馴染、持ってきた道具が重すぎて、満足に戦えてなかったし。んでもって、実際傷薬とか一切使わなかったってオチが、何ともオマエらしいといえばらしいが」
「うううぅぅぅ~~~~っ」
顔を真っ赤に呻くカタリナ。そんなに恥ずかしかったのか、道具を入れた袋に顔をうずめながら、その場にしゃがみこんだ。
そして、少し経った後、袋から顔を出し、大きなため息を吐く。
「……はぁ。他人に自分の記憶見られるのって、こんなに最悪なのね」
「まぁ、自分の弱みを全部曝け出すようなもんだしな。黒歴史を見られるってのは、誰でもいい気分はしないだろうよ」
「そして、それを平然と本人に向かって言う奴の神経はどうなっているのかしらね」
「まぁ、イカれてるってのは間違いないな」
「そこを肯定してどうするのよ……」
自分をイカれていると口にするという時点で、やはりバリーはどこかおかしいのだとカタリナは心底思う。
「憂鬱だわ……これから先、ずっとアンタに自分のことをいじられるだなんて……」
「魔人と契約を交わしたんだ。それくらいの覚悟、しておくことだろうが。ま、安心しろ。他の奴に言いふらしたりはしねぇよ。一応、オマエはオレの契約者だしな」
いくらバリーが魔人だからといって、人の過去や記憶を言いふらす趣味はないし、そこまで落ちぶれてはいない。
ただ、面白そうなネタを使いたい、という気持ちは無論あるので、しばらくは本人相手に使わせてもらうつもりだった。
それくらいの権利は、あって然るべきものだ。
「それにしても意外だった。まさか、あの娘の依頼を受けるとはな」
「何? やっぱり文句が言いたくなったの?」
「違ぇよ。ただ、本当に予想外だったってだけの話だ。今のオマエは幼馴染に会いたいってのが一番の目的だ。それを置いといて、聖女の自分に頼み込んでくる人間を助けよう、なんて展開になるとは思ってなかったんだよ。オマエ、そういうのホントはうんざりしてんだろ?」
言われて、カタリナは一瞬だけ目を丸くさせた。
「……そう。そこまで分かってるんだ」
「まぁな。記憶を見れば、それくらいは分かる。同情はしないが、理解はできるしな」
聖女様、聖女様といって多くの者達が彼女の力を求め、助けを請うた。何度も何度も何度も……これまで、彼女は聖女という立場で、それこそ多くの人を救ってきたが、しかしそれら全て、自分が望んでやったこと、というわけではない。
中にはやりたくないことすらも、彼女はやってきた。
それが、聖女という存在だから。
そして、今の彼女は一時的にとはいえ、その立場から離れている状態だ。完全なる自由、というわけではないが、それでも誰かに強制される状況にはいない。
そんな中で、彼女は敢えて、ライラに手を差し伸べたのだった。
「色々と言いくるめて、断るってこともできただろうに」
「……別に。深い意味はないわ。さっき言った通りよ。セシルに会いたいって気持ちはホントだし、本音をいえば、今すぐにでも先に進みたい。けど、そのために困っている人を放っておいたら、きっと私はセシルに会う資格を本当に失う。そこまで、落ちぶれたくはないのよ……今更かもしれないけど」
困っている誰かを放っておくわけにはいかない。それは、聖女としてではなく、彼女自身の意思で決めたことだ。基本的に、カタリナはそういうところがある、というのもバリーは知っている。完全な悪ではない。人として大事なモノも彼女はちゃんと持っているのだ。
だからこそ、思う。
何故、そういう気持ちを幼馴染に素直に向けられなかったのか、と。
「オマエ、ホント変わってるよな」
「アンタにだけは言われたくない!!」
切実な気持ちを入れながら、カタリナは言い放ったのだった。




