九話 魔人、依頼される
場所は変わって、とある酒場。
バリーとカタリナ、そして二人に声をかけてきた少女・ライラはそこで話をすることになった。
その内容は、ライラが先程言っていた件。
つまり、ブラッドウルフについてだ。
「(……何で、話を聞く流れになってんだろうな)」
「(しょうがないでしょ。必死に頼み込まれたら、何も聞かずには断れないのよ。一応私、聖女だし)」
そうだった。
カタリナは聖女だ。その性格は置いておいて、聖女である彼女が必死に頼みこむ少女を無下にするというのは確かにまずい。
こういうところでも、彼女の立場はついて回ってくる、ということだろう。
バリーは心の中で自分を納得させながら、ライラに対して口を開く。
「それで、さっきの話だが、ブラッドウルフ……確か、獰猛な狼型の魔獣だったな。それを退治してくれってことか?」
「は、はい。そうです……いきなり聖女様やそのお仲間の方に頼むのは失礼だとは思いますが……」
「いや、それは別に構わねぇけどよ。魔獣退治とか、そういうのって、普通ギルドとかに依頼するのが普通なんじゃね?」
「それは、そうなんですけど……」
バリーの言葉にどう答えていいか分からないライラ。そんな彼女に助け舟を出すように、カタリナが変わって返答する。
「ブラッドウルフっていうのは、ちょっと厄介な下級の魔獣なのよ。頭が回るし、鼻も利く。あと、とんでもなく獰猛。だから普通の人間が戦っても怪我をするか、下手すりゃ死ぬわ。けど、下級の魔獣ってされてるから、報酬は少ない。だから、誰もやろうとしないっていうのが現状なのよ」
「それでも、初心者とか、下級の冒険者はやらないのか?」
「初心者や下手な冒険者にブラッドウルフを任せるのは危険よ。連中、一体一体は弱いけど、常に群れで行動してるから。だから、経験がある冒険者でないとそもそも依頼は受けられない。でも、そういった冒険者は報酬が少ないブラッドウルフの依頼をわざわざ受けない。結果、誰も依頼を受諾しないの」
冒険者とは、様々な依頼をこなす者達だ。しかし、それは何も慈善活動でやっているわけではない。依頼に見合った報酬を受け取り、彼らは生活をしている。そして、冒険者は自らの腕っ節や能力を駆使して成り上がろうとする連中が多い。そんな者達が、報酬の少ない依頼を受けることはまずないだろう。
無論、初心者や下級の冒険者なら、それ相応の依頼を受けて、経験を積んでいくものだ。しかし、そういった者達は、ブラッドウルフの依頼は受けられない。
故に、ほとんどの者が依頼を受けないし、受けられない。
まさに、悪循環と言えるだろう。
「もう随分前に冒険者組合には依頼をお願いしてるんです。でも、全然冒険者の方が来てくれなくて……今日も、そのことで組合の方に話を聞きに来てたんですけど、やっぱり誰も依頼を受けてないから、冒険者を向かわせられないって言われて……」
「それで、オレら……っというか、聖女であるこいつに声をかけた、と」
「はい……」
それは、何とも大胆な行動をしたものだ。
確かに、聖女であるカタリナは、多くの魔獣を倒してきた。それは、バリーも彼女の記憶を見て知っている。そして、それは世の人々ならば無論のこと。故に、ライラはカタリナに頼みこんでいる、というわけだ。聖女である彼女ならば、きっと魔獣を倒せる、と。
けれど、それはあまりにも一方的な願いだ。
聖女だから、強いから、自分達を助けてください、お願いします……そんなものは、相手に失礼な言葉だ。しかも、相手は友人でも知人でもない。ただの赤の他人。見ず知らずの人間だ。普通ならそんな相手に頼みごとなどしないだろう。それだけ、今のライラ達は追い詰められていると言えるのかもしれない。
(さて……どうしたもんか)
ふとバリーはカタリナの方を向く。彼女がこの先、どう判断するかで、今後の方針が変わってくるのだから。
これは、バリーの予想ではあるが、ライラのような村は、そんなに珍しくはないのだろう。ブラッドウルフに関わらず、魔獣に襲われて被害が出ている村はたくさんあるはずだ。そして冒険者に依頼を出しているにも関わらず、助けてもらえない、なんてことは日常茶飯事のはず。故に、彼女たちだけが特別、というわけではないのだ。
そんな状況下で、カタリナが下した答えは。
「ライラさん。ちょっと聞きたいのだけれど、貴女の村ってここからどこにあるの?」
「えっと……北西に半日かけて歩いたところにありますけど……」
「北西か……バリー。マックの様子から考えて、次の方角はどっち?」
「北西だが?」
「ということは、方向は問題ないってことね。よし。なら、今日はこの街に泊まって、明日の朝一番で村に向かいうわ」
「え……?」
カタリナの言葉に、ライラは予想外と言わんばかりの表情を浮かべる。
それを見たカタリナは、手を前に出しながら、話を続けた。
「分かってる。確かに、貴女からすれば急いで帰りたいんだろうけど、こっちにも準備ってものがあるのよ。ブラッドウルフを退治するとなると、臭い消しとか松明とか、あと追跡用の道具も揃えなくちゃいけないし。罠も必要になるかもしれないから、その道具も買うとなると、一日はかかりそうなの。だから、今すぐに村に向かうことはできないのよ」
「いえ、そ、そうではなく……来てくださるのですか……?」
ライラが驚いたのは、その一点。
彼女自身も自覚していた。自分がどれだけ無神経かつ、図太いことを言っているのか。知り合いですらない自分達を助けてくださいなどと、図々しいにも程がある。
そんな自分の願いを聞いてくれる。
その事実が、おかしな話ではあるが、信じられなかったのだ。
そして、それはライラだけではない。
「……いいのか? オマエの目的から周り道をすることになるぞ?」
それは確実だった。
彼女の目的は、幼馴染を探し出すこと。その方針は変わっていないだろうし、それが最優先の事柄だ。彼女の選択は、それを後回しにする行為でしかない。
その質問に、カタリナは答える。
「いいわよ。方角も一緒だし、ちょっと寄り道するくらいは問題ないはずよ。それに……セシルに会いたいって言う気持ちはあるけど、それを優先して人助けしなかったってなると、それはそれでダメだと思うから」
そんなことでは、自分は本当に彼に会う資格を無くしてしまう。
目の前にいる聖女は、そう断言したのだ。
「文句があるならいくらでも聞いてあげるし、面倒だと思うんなら、それでもいい。私一人で何とかするから。だから……」
「分かった分かった。皆まで言うな。了解だよ。誰も文句があるとか、面倒だとか言ってねぇだろ。むしろ……」
「むしろ?」
「……いや、何でもねぇよ」
寸でのところで、口にしそうになった言葉を止めながら、バリーはライラに向かって言う。
「そういうわけだ。良かったな、お嬢ちゃん」
「……っぐ……ひっ……」
「……え? あれ? 何で泣いてんの? オレ、変なこと言ったか? まさか、お嬢ちゃんって言われたのがそんなにショックだったのか……?」
「ち、違います……その、嬉しくて……今まで、誰も助けてくれなくて、話だってまともに聞いてもらえなくて……」
ライラ達のような村は、そんなに珍しいものじゃない。
しかし、珍しくないからといって、彼らの辛さや苦しさが軽いものというわけではない。魔獣に襲われる日々、誰も助けてくれない孤独さ、救いがないのだという絶望。
それらは総じてこの世界のどこにでもある、けれど過酷な現実。
だからこそ、そこに光が見えたからこそ、ライラの瞳から涙がこぼれたのだ。
「本当に……ありがとうございま……」
「ちょっと待って。その言葉はまだ言うのは早いわ。だって、私達、まだ魔獣を倒してないし。その言葉は、魔獣を退治してから、ね?」
「はい……」
涙を流すライラに対し、カタリナは笑みを浮かべながら、その手を握っていた。まるで、子供を慰める母親のように。
その姿を見て、バリーは思った。
何だかんだで、この少女は、聖女でもあるのだ、と。




