4話 虎伏
鎖使いのメア。
ここ、撃剣興行におけるスーパースター。
初出場以来ことごとく勝利を重ね、現在は配当倍率1.1程度に落ち着くほどの人気者。
「話、聞かせて」
「んー? 闘技場を潰すって話か?」
「そう」
「悪いが、これは決定事項だ。止めさせないぞ」
「止めない」
淡々と話す子だ。
俺はそう思った。
凝り固まった表情筋に、濁った眼。
幼い外見と中性的な声ゆえに、どこかアンバランスに感じる。
「ふむ、なら、俺の質問に先に答えてもらおう」
「なんだ、です」
「お前って女の子……ふぐっ!?」
「ウルさーん、何を考えてるんですか?」
「ぐぇっ、アリシア、た、タイム」
アリシアにヘッドロックをかけられる。
え、気にならないんですか?
「女だ。ダメか?」
「ごほっ、ごほっ。いや、純粋に、ずいぶんボロボロな格好だから。折角可愛いのにもったいないなって」
「ギルティ!」
「ギャース!?」
首が! 首がごりってなった!
と思った次の瞬間にはアリシアに治療されていた。
お、恐ろしい。今一回死ねたんじゃないだろうか。
「女である前に、闘士だから」
「それで、おしゃれは控えてるってか?」
「そうだ」
「……はー。分かってねえな」
アリシアの締め技を抜け出して、やれやれといったポーズで目の前のボロボロの女の子、メアを諭す。
メアは「何がだ」と言い、俺の言葉を待っていた。
「お前は試合前に武具の整備をしないのか?」
「する」
「なら何故自分の美しさを磨かない。お前の容姿は間違いなく武器になる。それを研がずに戦いに挑むなど笑止千万。自身を闘士というのであれば、まず人事を尽くすところから始めてみろよ!」
「……ない」
「ん?」
怒るでも、悲しむでもなく。
メアはただ、淡々と答えた。
「分からないんだ。戦う他に、生き方を知らない」
「……撃剣興行に参加する前はどうしていたんだ」
「海の向こう。ゴミ山」
「……スラム出身か」
「そうだ」
「貴族にでも買われたか?」
「違う。身売りした」
「似たようなものだろ」
「違う!」
それまで淡々としていたメアが、ここに来て急に語調を荒げた。糸切り歯を剥き出しにして獣の様に唸り、試合中でさえ乱れる事の無かった呼気が乱れる。
一瞬虚を突かれたが、冷静になって話を聞くことにした。
「なるほどな、それで、最初の話に戻るわけか。お前が身売りしてまでここに来た理由。それが闘技場を潰すことと関係している。そういう事か?」
「……そうだ」
「ふぅん。詳しく聞かせてもらおうか」
それから、彼女はぽつりぽつりと語り出した。
口数が少なく、コミュニケーションも苦手そうだ。
それでも、俺が聞けばきちんと補足して、自身の目的と意図をきちんと教えてくれた。
「つまり、お前のいたスラム街から子供が消える事件が起きた。その正体がここの貴族だと突き詰めたお前はわざと身売りして復讐の機会を窺っている。そういうことだな?」
「そう」
普段、あまり口を利かないのだろう。
メアは疲れたといった様子で顎をさすっている。
「もう一つ、聞いていいか?」
「? 性別は変わらない」
「いや、その質問は二度しねえよ」
「だったら、何?」
「どうしてお前は花屋に来た?」
「……」
彼女の言葉に悪意は感じなかった。
偽物であっても、勇者として長い旅に出ていたからか、相手が騙そうとしているのか善意なのか、嘘なのか本音なのかは、なんとなくわかる。
メアはおそらく、全て事実を語っている。
だからこそ分からない。
闘うしか知らないと自称する彼女が、どうして花屋なんかにいるのか。
「……ら」
「ん?」
「……から!」
メアが、小さな声で叫んだ。
叫んでるのに囁いている。どうなってるんだ。
俺が聞き取れずにいると、やがてメアの顔に赤が差した。
恥じらいを持つ乙女のような顔をして、涙ぐんで声を絞り出す。
「死んだ仲間に、手向けたかったから……!」
そうしてついに、泣き出してしまった。
「あー、ウルさん。女の子を泣かせちゃいましたね」
「ご、ごめん。そんなつもりなかったんだ。ほ、ほら! アイス買ってあげるから、ね?」
「愛す……?」
「ややこしくなるからアリシアさんは黙ってて!?」
しかし、どちらにせよ。
メアはその場で首を振るのみで、一向に泣きやむ様子はない。
「じゃあ、風船! 砂糖菓子! 串カツ!」
メアは首を縦に振らない。
それから、しばらくして。
口を開いた。
「ひっぐ、『知らない人。ついてっちゃダメ』……」
「そこ!? 身売りしておいて気にするところそこなんだ!? よし! 自己紹介しよう! 俺はウルティオラ。こっちのお姉ちゃんがアリシア。それからペットのジークだ」
「アリシアですわ」
「きゅるる!」
想定外の悩み事に面食らった。
その自衛を知ってる子が何故身売りなんてする?
いや、それほどまでにスラムの仲間が大事だったという事か。
「よし! 確認するよ! 俺の名前は?」
「ぐすっ、ウルティオラ」
「こっちのお姉ちゃんは?」
「ひぐっ、アリシア」
「こっちのドラゴンはー?」
「ジーク」
一人一人、名前を確認させる。
メアは一度聞いただけで全員の名前を覚えたようだった。記憶力は悪くないらしい。
「よし! これで知らない人じゃないね」
「……うん」
「じゃあ、一緒にお花を摘みにいこっか。町の外なら、きっとお花も手に入るよ!」
「うん……!」
そこでメアは、ようやく泣き止んだ。
凝り固まった表情も幾分かほぐれたようだった。
分かりづらいが、よく見れば口角が上がっている。
とりあえず、ほっと一息ついた時だった。
「憲兵さーん! こちらですわ!」
「アリシアさん!?」
事案の匂いがしたので。
君は笑顔でそう言った。
俺はメアの手を取り、街の外へと走った。




