賢者の由縁
-第54説 賢者の由縁-
初めは長かった、雨粒同士の間隔は見る間に詰まって、ついには黒い夜空を埋めるほどの土砂降りになった。
その雨音は、
「カナシ! いるのか!? 」
という切迫した男の声、あるいは、
「選也ぁ、生きてるぅ? 」
などという親友の気の抜けた声を、遠ざける程のものである。
距離の掴めない状況の中、先に姿を現したのは《男》の方だった。
男は状況を一見すると、直ぐに悠斗に駆け寄って、手に持った槍を呪文の帯に突き刺す。
男の顔には見覚えがあった。
「お前、槍の! 」
そう、彼は選也が最初に出会った魔法使いに間違いない。
狭間選也は今の自分の立場を理解した。
(槍男は悠斗の仲間………。)
今の自分の周囲には、もう敵しかいない。
選也は出来る限りの力を込めて、帯を凍結させ呪縛を砕き、炭化した森へと走り出す。
《賢者》を逃がしてしまうのは惜しいが、ここで戦闘になればタダでは済まないだろう。
だが、踏み出した足を襲う、響くような痛み。
(やばい、これは。)
そして、見ない方がいいと分かっていても、目は引き付けられるように自分の足をみてしまう。自分の、銃弾に抉られた足を。
眼前には銃を構えた、ドレスの女。
後ろから迫る槍男と、それを悲しげに見つめる悠斗。
絶体絶命を覆したのは、選也を中心に起こった津波のような波紋だった。
攻撃に遅れて、悪戯っぽい声が前から聞こえてくる。
「あーよかった、生きてるっぽいな。」
選也は思わず嫌悪の眼差しを向けた。
「よくねぇよ! このマイペース野郎! 」
木々の隙間からゆっくりと歩いてきたのは、紛れもなく秀真の姿。
秀真は悪びれる様子も無く、選也に笑いかけ、
「そう? ごめんごめん。
俺、熱いの苦手でさぁ。涼しくしてからじゃないと無理なの。」
という言葉の後、こう続ける。
「まぁ、見てなって。
雨の日の俺は絶好調だからさ。」
自信満々の笑み。
それはハリボテなんかじゃなかった。
秀真は、槍を持って走り寄ってきた槍男に水で出来た槍を向けると、それを男の槍の尖端にぶつけ、男の槍を縦に真っ二つに裂く。
続けて、槍をマシンガンに変えると、銃女の方に身体をひねり、ぶっぱなした。
防御を固められても関係ない。
何度も何度も何度も、銃弾が直撃した防御陣はいとも容易く砕け散り、女の腹を、足を、手を、銃弾が血飛沫と共に通り抜ける。
女が倒れ込むのと同時に身体にまとわりついた呪文も秀真を止められない。
秀真は呪文の帯がついたまま、術士の方に腕を向けると、彼らが使っているのと同じ術を彼らの手にかけ、持っている瓶を奪う。
瓶が落ちると、解ける呪縛。
続いて落ちてきた雷をドーム状の水壁で地面に流し、それが終わるとそのドームを持ち上げて、仕掛けてきたファロンを包み込んで中を水で満たした。
雨の中で雷が落ちたのに選也も秀真も感電していないのは、何故か二人の足元と上空だけ雨が無いから。
選也は思わず呟く。
「流石は仮にも賢者………。」
言ったすぐ後、秀真が「ふっ、数学のテストじゃ俺の実力は測れないぜ! 」とかふざけてたけど、それは無視する。
絶好調すぎる親友。
しかし、たった一人の行動開始で、それは崩れ落ちた。
急に身体を流れる汗。
熱い、周りが、干からびるほど熱い。
実際、雨が全て地面に落ちる前に消滅してしまうほど、その《炎》が持っている熱は大きいのだ。
火元は、
「悠斗………!? 」
全身から強い怒りと失望を噴出する、《火無悠斗》。
悠斗は静かな声で言う。
「………信じてたのに。」
選也は弁解をしなかった。
「………ごめん。」
ただ一言詫びて、武器を構える。
きっと言葉では解決できない。
悠斗の目はそれを物語っていた。
つづく。




