対決、天才
-第41説 対決、天才-
選也が降り立ったのは、一面に土が敷かれたごく一般的な校庭だった。
ただ一つ違うとすれば、そこに不気味な烏達を従えた、顔色の悪い長身、長髪の男がいることだろうか。
男は地面に降り立った選也を見つけると、表情を明るくして話しかけてきた。
「あららぁ? お友達の方が先に来ちゃったのぉ? まぁいいけどさぁ。」
こいつが恐らく自称天才研究者の《ダバア》、今の選也の敵。
選也は空中に魔法陣を呼び出し、それに波紋を立てながら弓を抜くと、ひきつった笑顔で応える。
「なんだよ、俺じゃ不満なのかよ。こっちはお前に脅されて仕方なく来てやってるんだぞ。」
精一杯の威嚇。
しかしそれを聞いたダバアは急に我慢するように頬を膨らませると、直ぐに耐えきれなくなったように声を出して笑った。
「ははっ、それはごめんねぇ。酷いこと言っちゃって、失敗、失敗。」
こんなの空気が読めない奴でも分かる、明らかに自分は馬鹿にされている。
選也は大きく息を吸うと、鼓動を整え、淡々と言った。
「なにが目的だ。」
すると、ダバアは笑うのを止め、今までとは違う恐ろしげな声を出す。
「それは僕が君に聞きたいよ。君は見ない顔だ、《都市》の人間じゃない、なのに、なんで此所にいる? なんで魔法が使える? 」
これには思わず、足がすくんだ。
ダバアの台詞は形ばかりの威圧ではなく、確実に《本気》を含んでいる。
選也は思わず沈黙した。
男はそこに追い討ちをかけるように、質問を重ねる。
「君は、何者だ? 」
それは幾度となく聞いた質問。
選也は毎度のように嘘を吐く。
「俺は一般人だよ。魔導書をたまたま拾っただけの、一般人。」
ダバアは選也の足元から頭の先までを舐め回すように見ると、「なるほどねぇ。」と小さく呟き、両手を校舎に向けた。
「そんな一般人がお友達の為に僕に挑むっていうんだぁ。君はお馬鹿さんなのかなぁ? 」
瞬間、校舎から黒い大群。
選也には、それが何かすぐに分かった。
あの大群の正体は、校舎の床に散らばっていた、烏の死体だ。
「でもいいよぉ、僕は優しいからぁ。ちゃんと君の相手をしてあげるぅ。だから君もぉ、僕の実験の足掛かりくらいにはなってよぉ? 」
選也は弓を男に向けて構えて、やけくそ半分に言う。
「ああ、期待以上の結果を出してやるよ! 」
そして、その言葉と共にダバアの頭上に矢の雨を降らせた。
容赦の無い攻撃。
それは今までの経験上、この程度で相手が死なないと分かっているからだ。
むしろこれでは足りないくらいだろう、選也は弓を左手に持ったまま、右手に槍を呼び出して、槍男がやったように、槍を軸にして飛び、ダバアとの距離を一気に詰める。
長期戦にはしたくない、決めるなら相手が油断しているだろう、今だ。
「はぁっ! 」
空中で弓を構えると、そこに装填された矢の先端に魔法陣を呼び出す。
狙いは、腕。
しかし残念ながら、それが男に当たることはなかった。
「なっ!? 」
選也の放った渾身の魔法矢は軌道に飛び出してきた烏の体を貫く。
落ちていく黒い身体越しに見えた男の顔は笑っていた。
「いいねぇ! やる気満々だぁ。でもそんなんじゃ駄目だよぉ、もっと本気で来ないとぉ! 」
男はポケットに手を入れると、そこから糸のついた針を取り出して投げ、地面にある死体に突き刺す。
するとどうだろう、矢が貫通した烏はびくりと幾度か身体を震わせ、再び動き出したではないか。
それも、明らかにその姿を変質させながら。
「はあ!? なんだよそれ! 」
通常サイズだった烏の姿はたちまち象程に膨らみ、選也に襲いかかってくる。
「くそっ! 」
選也はそれを最早お決まりとなった防御陣で防ごうとした。いや、防げないまでも、その威力を少しでも軽減したいと願ったのだ。
しかし、選也の予想はまたも外れることになる。
「あれ? 」
烏は選也の作った魔法の壁にぶつかると、気味の悪い音を立ててそのまま潰れてしまった。
「なにこいつ弱っ!? ええっ!? 」
飛び散った体液になにかあるのかとも思ったが、そうではないし、他の死体の位置に着目しても意図が感じられない。
その上、どういうことかと混乱している選也の視線の先で、ダバアもまた驚愕の表情を浮かべている。
本人も予想外だったのだろうか。
そして、ますます訳が分からなくなる選也とは裏腹に、男は何かに気がついたように表情を曇らせると、選也を無視して、後ろにある校舎の二階に目を向けた。
瞬間、声。
「選也さん、避けて! 」
それは今の今まで黙ったままだった悠斗の声に間違いない。
選也が言われた通り右に飛び退くと、その左斜め前に、選也の身長以上に大きな、燃え盛る大剣が降ってきて校庭に突き刺さり、そこから爆発するように炎が吹き出した。
つづく。




