還元する魔法
-第33説 還元する魔法-
浮かんだ策を確実に実行するには、獣との距離を、手を伸ばせば触れられる程に詰める必要があった。
「さて、どうするか。」
しかし、それさえもう容易ではない。氷で出来た獣は見る間に力を増していく。
地面からはひっきりなしに氷柱が飛び出し、すり鉢状の空間には氷洞で味わったのと同じ氷破片の混じった凶器の吹雪が吹き荒ぶ。
近づけないどころか、普通にやっていたらまともに立っていられない。身体の周りを炎で包んで身を護るのが精一杯だ。
智美が吹雪の向きを変えてくれるのを待っても良いが、今は一分一秒が惜しい。選也は視界の端に飛び込んできた、氷弾を蹴って体勢を変えると、進行を遮る吹雪を、智美が使っているのと同じ《神術》で自分を包む渦状の風に変え、風向きを獣の方に変えた。
「これなら! 」
獣はその場から動かない。
当てられる、選也はそう確信したが、次の瞬間。
「選也くん、避けて。」
智美の切迫した声が聞こえてきたことで、そう上手くはいかないと実感させられる。選也が智美の声で反射的に風を反対方向に変えた直後、選也の進行方向、つまりは獣の上に巨大な輝く何かが落ちた。
「え? 」
それは巨大な《氷の鳥》。
実在の生物でその姿に一番近いのは孔雀だろうか、全てが氷で有る故に派手でないものの目立つ飾り羽を持ち、ふっくらと膨らんだ身体からは細い足が地面に伸びている。
「………智美、先輩? 」
選也は目を疑った。
降り立った孔雀は戦闘の相手である獣と瓜二つの出来である。
孔雀が甲高い鳴き声を上げると、周囲の天候が吹雪からあられに変わり、静かな呟きが聞こえた。
「はやく、やらなきゃ………。」
止めを刺す気で行く。
その言葉の意味を選也はようやく理解した。これが自分一人で兄をとめられると確信していた智美の秘策なのだろう。
鳥は大きく羽ばたくと、目にも止まらぬ速さで獣の身体をついばみ、獣はまるで抵抗できない。
形勢逆転、その強さは明らかだった。
しかし選也は拳を固め、歯を食い縛る。
(ああ、もう! 更に時間制限がきつくなった! )
あんなもの、長くもつはずがない。
早く終わらせなければ、智美と彼女の兄の両方を選也一人で片付けなければいけなくなってしまう。
選也は獣が鳥に飛びかかり、翼を食いちぎった隙に、地上へと降りていく獣の前に飛び込み、策を試す。
「これで、どうだ!? 」
選也の策は、神術を使って、兄の変身を解けないかという単純明快なものだ。
獣は選也の手に触れた瞬間、一瞬びくりと動き、千切れた智美の翼を口から離すが、それから一秒ほどの間の後、ぎょろりと目を選也の方に向けると、空中とは思えない俊敏な動きで身体をひねり、前足を選也に叩きこんだ。
あまりに早い攻撃、思考が停止する。
獣の豪腕を食らった選也の身体は、床に強く叩きつけられた。
全身に走る強烈な痛み。
しかし、それは死亡したり、戦闘不能になるほどのものではなかった。
「え? 」
氷洞で見た攻撃と比べて明らかに弱い。
選也は目を開けて獣を見た。
獣はやられるがまま、智美の連擊を食らい、もがくように不自然な動きを繰り返している。
「………利いて………る? 」
もとの姿に戻せていない以上、先程の術が成功とは言えないが、この方針は間違っていない。確信した選也は、思考を巡らせた。
(どうすれば、もっと高出力で術が使える? )
《火の神術》の時は、媒体とする炎に依存して威力が上昇したが、《氷の神術》はそうではない。これだけ大量の氷があっても、氷の欠片で行ったときとの出力の差は感じないのだ。
だが、威力を上げる方法に心当たりが無いわけではない。獣や智美が使う術はこの間に来て、明らかに上昇している。
(石碑の名前? それとも、この建物の花の様な形状か? )
だから、問題はそこに尽きた。
石碑を持ち上げて獣を囲むか、蕾形の建造物を追加して作るか。
一度諦めて出直せば分からないが、今の選也には両方を行う余裕はない。
どうしようか悩み、二体の動向を見ていた選也はふと、あることを思い出した。
(そういえば。)
それは火山で村長の言葉、《信心》が術の力になるということ。
(信じる者の力で強化する………。なら。)
選也は大斧を4つ呼び出すと、獣が立つ場所が菱形の飛び地になるように斧を振り下ろし、獣の周囲の石碑を持ち上げて、それで獣を囲んだ。
(信じる《人》が多ければ、力は当然上がるだろ!! )
そして、石碑の一つに飛び乗って、《氷の神術》を詠唱する。
「元に、戻れっ! 」
4つの石碑で増幅された強烈な光。
智美の混乱した声と、獣の耳を塞ぎたくなるような悲鳴。
瞼の向こうの白が収まると、選也はようやく目を開けた。
「………! 」
そこに獣の姿はない。
あるのは、少し悪っぽい黒の革ジャンに、ダメージジーンズを履いた男の身体。
男は凍りついた地面にぐったりと倒れているが、息はある。
「やった………! 出来た! 」
選也は思わずガッツポーズをした。
策は、成功したのだ。
「お兄ちゃん! 」
智美は兄の姿を見つけると、直ぐに姿を戻して駆け寄り、凄まじい勢いでその身体を揺らす。
当然、気を失っている兄の上半身は、壊れた人形の様にぐにゃりと曲がり、勢いのままに床に連続して頭を叩きつけられる。
「ちょっ! 智美先輩、落ち着いて! 」
本気で兄が死ぬかもしれないと思った選也は慌てて智美を止める。
しかし智美は声に反応して選也の方を一瞬見たが、無言で顔を元の向きにもどすと、兄を揺らす勢いを強めた。
「智美先輩ぃい!? なに今の!? どういう感情なんですか!? 」
選也は頭を抱えるが、そこでようやく兄の目が開く。
「智美………?」
低く、落ち着いた声。
20歳越えているだろう男は、寝ぼけたような虚ろな目をしたまま身体を起こすと、目の前にいた智美に抱きついて、ゆっくりと目を閉じ、涙を溢した。
「ごめん。」
その様子を遠巻きに見ていた選也は、ため息混じりに微笑む。
(良かった、生きてた。これで、感動の再会って感じかな。)
しかし、その感動ムードが続いたのは僅かな間のみ。兄が発した、ある言葉で雰囲気は一変した。
智美の兄は急に口調を変えて、大粒の涙を溢しながら、智美に言う。
「ごめんよぉ! もう智美の布団の臭いを嗅ぐのと、引き出しの物を持ち去って舐めるのはやめるからぁ、お兄ちゃんを許してぇ! 」
選也は硬直した。
「は? 」
そしてすぐに、この人は相当やばい人だ、目をあわせちゃいけない人だと悟り、折角助けたのになぜか微妙な表情になる。智美は兄の主張を一通り聞き終えると、無言で足を振り上げて急所にアタックした。
「みぎゃ!? 智美!? 」
それから、智美は直ぐに兄から離れ、選也の元に歩いてきて、優しい声で言う。
「どう、お礼を言ったらいいか分からないけど、今はこれだけ言わせて。選也くん、本当にありがとう。」
どうやらさっきの会話をなかったことにして、シリアスな話を続けようとしているらしい。選也はひきつった笑顔で智美に答えた。
「いや、智美先輩、悪いんですが、俺、もうそのムードには戻れそうにありません。」
そこに、兄が横から乱入してくる。
「ああ!? 智美、誰だその男は! 彼氏か!? 彼氏なのか!? お兄ちゃんは絶対に認めませんからね! 」
智美は無言で腹に拳を叩き込むと、さも、兄の声が空耳であるかのように彼の言葉を無視して、話を続ける。
「お礼は、今度するから。今日はもう休んでいい? 私、疲れちゃって。」
選也も正直、この変人を相手にする気にはならなかったので、智美の言葉に直ぐに頷いた。
「ええ、俺もなんか疲れたんで、帰ります。後、お礼は要りませんよ、俺と先輩の仲じゃないですか。」
その一方で、兄は更に奇声を上げて選也に掴みかかって暴走する。
「《俺と先輩の仲》って何だ!? 俺の智美にもう手を出しているのか! 」
選也は鼻息を荒くする智美の兄を見ないように目を反らしながら、深いため息と共に言った。
「出してませんし、出す予定もありません。智美先輩は俺の幼なじみですよ。」
兄はそれでも、選也から手を離さないが、智美は兄の腕に平然と氷柱を打ち込むと、申し訳なさそうに助言する。
「選也くん、無視していいからね。」
「そうします。」
こうして、色々あった此処での戦闘は謎の虚無感を残しつつ、幕を閉じた。
※
「カナシ、いつまでそうしてる気だ。」
男は魔法陣や呪文の書かれた紙がそこかしこに散らばっている白い部屋で、資料と格闘する青年に背後から声をかける。青年は男の声に気がつき、ページをめくっていた手を止めると、男に背を向けたまま答えた。
「裏切り者を全員始末するまでだ。」
それを聞いた男は深く息を吐くと、呆れたように首を振る。
「なら尚更、私達と協力すべきだ。そうやって自分一人で背負子むな、私達は仲間だろ? 」
カナシは近くにあった紙を握りつぶして、震える声で言った。
「仲間だからだよ。皆、僕の大事な仲間だから、だから、言ってるだろ! 僕が一人でやるんだ、もう誰も傷つけさせない! 」
暫しの沈黙の後、男はゆっくりと口を開きカナシに語りかける。
「カナシ、私たちはお前にだって傷ついて欲しくない。それだけは分かってくれ。」
言葉の後、部屋には重い沈黙が続いた。
-つづく-




