戦闘の回避とカナシ
-第24説 戦闘の回避とカナシ-
「逃がさんぞ! 」
草の賢者は、上空に飛び出した二人の姿に向けて腕を伸ばし、自身の操る植物達に追跡を命じた。
しかし、その蔓は二人の姿に届く処か、民家の屋根の高さも越えない内に、太陽の熱で焼かれたように灰となり、地面に音もなく崩れ落ちる。
老人はその様子から、犯人が誰なのか直ぐに検討がついたようで、後ろを振り返り、その人物を怒鳴り付けた。
「カナシ、邪魔をするな! 」
老人の視線の先に立っていたのは、灰色のパーカーのフードを目深に被り、学生鞄を肩に掛けた、小柄な青年である。
青年は、老人の言葉に反応すること無く数歩前に出ると、人差し指、中指と親指で挟んだ写真を突きつけた。
「これはどういうことだ。」
写真は廃工場内部にある、魔法陣を近くから写したもので、書かれた呪文から、細かい紋章までがはっきり見てとれる。
「こんなやり方はしない約束だろ。」
老人は、睨み付けてくるカナシを暫く、珍しいものを見るような目で見てから、彼を馬鹿にしたように嗤った。
「ははっ、約束だと? お前たちのような出来損ないとの約束を、なんで私が守らなければいけないんだ? 」
それから、大きく手を振るって、巨大な植物達を呼び出し、従えて、言う。
「私は私の正義を遂行するだけだ。」
明るい声とは裏腹に、その目は明らかな殺意に揺らいでいた。
青年は、老人が戦闘体制を整えたのを確認すると、鞄の紐と肩の間に挟んでいた片手で鞄を下ろすと、もう片手の写真をパーカーのポケットにゆっくり入れて、老人の目を見返す。
「正義………か。」
彼の声にこもった感情は、怒りというより、憐憫に近かった。
老人はそんなカナシの言葉に被せるように持論を主張する。
「ああ、そうだ、正義だ。《天罰》の魔法陣、これは、大罪を犯した水の賢者に相応しい処置だと思わないか? 」
そして、彼の言葉と共に植物たちは勢いよくカナシに向かって行った。
カナシは近づいてくる蔓を避けようとする素振りも見せず、老人に言う。
「そうだな、罪人は裁かれるべきだ。」
老人はその言葉に笑顔を浮かべた。
「そうだろう、裁かれるべきさ、水の賢者も、賢者の私に逆らった君もな。」
鋼鉄同様の強度を誇る植物は、その切っ先をカナシの心臓めがけて、打ち込む。
カナシは動かなかった。
変わりに、その全身から業火を放ち、周囲で動いていた、全ての緑を焼き払う。
「は? なん、だ、何が起こった? 」
自分が持つ限り、最高の植物を使って攻撃した老人は、理解の出来ない事態に唖然とした。
(燃えた? そんなはずはない! あの植物は火山に落ちたって燃えないぞ! )
カナシは、戸惑う老人の方に、静かに一歩を踏み出すと、その一歩で瞬く間に老人の目の前に到達し、老人の首元を掴んで持ち上げる。
老人は、そこでやっと事態を把握した。
「わ、わしが間違っていた! ぬしが正しい! もう約束に反するようなことはしない、助けてくれ! 」
カナシとは、理屈で埋められない程の大きな力の差があるのだと。
カナシは、助けを懇願する老人に、小さな声で言った。
「………賢者は誰一人として、水害で死亡しなかった。なぜだと思う? 」
老人は涙目でそれに、知らないと首を振る。それでもカナシは、老人の代わりに答えを言った。
「《抜け道》があったのさ。何かあった時に、都市から逃げ出すための、賢者しか知らない逃げ道が。」
震える老人の首にかかる力が強くなり、カナシの手からは炎が吹き出す。
老人はその這い上ってくる熱さに、死の恐怖を覚えながら、早口に訴えた。
「や、やめてくれ! わしはただ、逃げるのに必死で! それに、ぬしとて、それを知っていて助かっておるではないか! 」
カナシは、老人の言葉に唇を強く噛む。
「………僕があの抜け道を知ったのは、都市が沈んだ直ぐ後だったよ。」
彼が語った事実に、老人は困惑した。
「そんなはずない、それで、助かるはずが………! 」
予期せぬ水害、逃亡手段の無い箱詰めの都市から、どうやって生きて出られるだろう。
カナシは手の力を緩めること無く、強く、赤く燃えていく老人の服を握りながら、質問を重ねた。
「《賭命術》って知ってるか? 」
それから、老人が開こうとした口に、空いていた片手で炎をつっこむ。
「知らないだろうな、名前の通り、命を賭ける魔法だ。保身にしか興味のないお前が知るわけがない。」
自分の舌が焼けつく、異常な痛みに、赤子の様にぼろぼろと涙を溢す老人は、それでもまだ生きていた。
「僕の両親はそれで、僕を外まで逃がしてくれたんだ。都市の皆も、自分より、家族や友人を守ろうと、必死に足掻いてた………なのに! 」
カナシのフードの下からは、涙が浮かんだ、灰色の瞳が覗き、その手から放たれる炎の出力が上がる。
「なんで、そんな優しい人たちが死んで、お前が生きてるんだ! お前に、お前に生きる資格はないっ! 」
そして、その手から解放される頃には、老人は、地面につけば壊れてしまうほど、脆い、灰に変わっていた。
-つづく-




