アーテクト2
冒険者ギルドを出たクレハとペルは人目につかないよう町の外を目指す。アーテクトにはロイドが所属する初心者狩りをするギルドがあるはずだからだ。クレハはロイドと狩人であるルイーズの顔しか知らないが、ロイドの仲間はクレハのことを知っているかもしれない。そんな場所にいつまでも止まるのは危険だし、レベルを上げるという目標はまだ全然進んでいない。
「助けを呼ぶまで手出ししなくていいからね」
街の門を出ると、そういってモンスターを狩り始める。
ギルドを作ったからだろうか、初日よりレベルが上がりやすくなっているのを感じる。
「40レベルまでは経験値にボーナスがあるのは本当みたいね。あいつのことはムカつくけど確かにすごい効果……」
(守護者たちをギルドに登録したらみんなの取得経験値も増えるのかしら……)
クレハは3匹目のワイルドバニーを狩った後、パーティーを登録した際に受付嬢からもらったギルドブックを手に取る。
パーティーリーダーはパーティーメンバーの登録と削除を自由に行うことができる。
登録の方法は、冒険者ギルドの受付でメンバーを申請する方法か、魔法でギルドブックに直接名前を書き込む方法がある。当然ながら受付で申請するのは手間がかかるため、ほぼすべてのリーダーがブックに直接書き込んで登録しているようだ。
(魔族でも登録できるのなら40レベル以下の魔族を登録すれば計り知れない効果になる。でも魔族って名前があるのかしら?)
守護者たちと打ち解けてきて気づいたことなのだが、彼らは名前を持っていないようなのだ。もともとそういう習慣がないのだろう。ごく一部のものを除いて魔族同士で呼ぶときはクラス名なのだ。ネームドモンスターである守護者たちには人間がつけたであろう二つ名があるはずだが、本人たちがその名を知っているのかはまだ確認していない。
(うーん、この子も名前がないと不便だから”ペル”って呼んでるけど。私がつけた名前でも効果があるか試しとくべきね)
そう考えるとブックにペルと書き加える。魔法の筆で書き込まれた文字はゆらゆらと動くとクレハの名前の下で止まる。どうやら加入が認められたようだ。
(今は私一人で戦闘をしているため経験値は入っていないけど、ペルのレベル上げも後で確認しておこう)
クレハは自分の思い通りに進んでいることに満足すると、モンスターを狩りながらどんどんアーテクトから離れていく。
アーテクト周辺では1~20レベルまでのモンスターが出るのだが、街から離れるにつれレベルが上がっていく。はじめの街であるこの平原で20レベルというのは高く思えるがこの平原で現れる20レベルまでのモンスターはすべて「ノンアクティブモンスター」と呼ばれている。彼らは非好戦的で、自分たちから攻撃を仕掛けてくることはない。そのため初心者の冒険者でも敵のレベルに注意さえしていれば安全に狩りをすることができるのだ。
ただし、エレールとの間にある森を迂回するあたりで事情は変わる。
森の周辺からエレールの間で出るモンスターのレベルは20~30レベル。決して高いレベルではないが一部「アクティブモンスター」と呼ばれる好戦的なモンスターが出るためだ。彼らは自分の持つ知覚感知に引っかかった人間や動物を進んで襲う。
そしてエレールから魔城の間で出るのは30~40レベルのモンスター。このあたりになると見た目からして強そうなモンスターが出現するためペルを連れていなかったら城を出た直後に死んでいたはずだ。魔族は味方でもモンスターは味方ではないのだ。
しばらく狩りを繰り返すと20レベルのモンスターをけがなく倒せるレベルまでなっていた。
◇
「それじゃあ、行ってきます!」
メルオールはそういうと家を後にする。
茶色いロングスカートに白いブラウス、それに革製のエプロンをしている、彼女が仕事をする時の格好だ。
メルオールの仕事は村の周辺で、薬草や錬金術の素材に使われる植物を採取することだ。このエレールの村に住んでいる村人たちは全員がこのような「採集」か農業を行って生活している。村人たちの中でも「探知」能力が鋭い、直感的に素材を感じることができるのだ。これは別に魔法ということではない。冒険者であれば盗賊系の職業がこの探知を強化したスキルを身に着けることができる。彼女も村人でありながら盗賊系職業の才能を持っているということだろう。
そのため”今の状況”で彼女が採集をすることを頼まれたのだ。
今、村には護衛を請けえる兵士が一人もいないのだ。
エレール周辺でみられるモンスターのレベルは21~40これはとても村人だけで生活ができるレベルではない。
そのため王都から6人の兵士が常時駐在し彼らの生活を守ってくれるはずだった。しかし、空に今にも落ちてきそうな星が現れた日”星降る夜”の事件で兵士は全員死んでしまったのだ。
もちろんすぐに王都へ状況を報告したのだが王都の兵士も十分な余裕があるわけではないため、しばらくはアーテクトの冒険者ギルドに自分たちで依頼をして凌ぐようにという返事だった。
しかしながらこの貧しい村には冒険者ギルドに依頼をするほどの金銭的余裕がない。採取をするために賃料の高い冒険者を雇っていたら本末転倒だ。
彼女の探知は素材を探すため以外にも、モンスターを素早く察知することができるはず。これが村人たちの出した答えだった。もちろん彼女の父親は反対したが、彼女の願いで押し切られることになった。
(私があの時捕まったせいで兵士たちが殺されたのかもしれない)
メルオールはふと思い出す。
星降る夜に魔物にさらわれそうになったことを。
その夜、メルオールは村の中で採集を終えたばかりの薬草を倉庫へ運んでいた。アーテクトまで薬草や錬金素材を売りに行くのだが、頻繁に売りに行くことはできないため定期的にくる馬車が来るまで倉庫にまとめて保存しているのだ。
荷物を倉庫に運び終え、家に戻るとき村の外に人間の男の子の姿を見つけた。
(あれは、アーレク?どうして村の外にいるのかしら、――でもすごく楽しそう)
隣の家に住んでいる男の子はメルオールに気付くと手招きをする、村の外は危険なはずなのだがなぜだろう、アーレクと目があってから、一緒に遊ばなければいけない気がしてくる。
気が付くとすでに足が村の外へ向かって進み始めていた。
そして彼女の意識はいつの間にかなくなっていた。
――――
どれだけの時間がたったのだろうか。
メルオールが気が付くと村で倒れていた。
不思議なことに周囲にモンスターがいたのだが襲ってはこない、まるで自分より強い何かを恐れるように遠巻きにこちらを見ている。
(どうして襲ってこないのかわからないけど、今のうちに早く村に戻らなくちゃ!)
モンスターがメルオールを襲わなかったのはリリスの残した魔法の効果だ。
村人に見つからないように離れた場所で眠らせたのだが、モンスターに食べられてしまっては元も子もない。そのためリリスよりレベルの低いモンスターを追い払うよう幻術をかけたのだ。メルオールに敵対心を持つモンスターには恐ろしい魔族に見えていたのだろう。
村に戻ったメルオールが見たのは5人の兵士の死体だった。父親に聞いた話ではほかにも冒険者が二人死んでしまったらしい。兵士たちを襲ったのは魔族の女だと村人を助けた聖騎士が言っていたそうだ。
メルオールは自分がその魔族にさらわれたこと気づき、兵士たちが死んだのが自分のせいなのではないかと責任を感じていたのだ。
◇
メルオールはかばんいっぱいに素材を集めると村に戻り始める。
早朝から薬草を摘み続けたため手には薬草のにおいがこびりついている。
ガサガサッ
すぐ後ろで物音がする。
振り返ると、そこにいたのはウェアウルフだった。
あたりは警戒していたはずだったのだが、薬草のにおいで鼻がマヒしていたのかもしれない。
ウェアウルフはレベル20以上の動物系モンスター、冒険者にとっては弱い部類のモンスターだろう、しかし村人であるメルオールにとっては強すぎる。村に戻り始めていたためすでに村の入り口は見える距離まで来ている。しかし相手が悪い、動物系であるウェアウルフは人間よりも足が断然早い。
メルオールはとっさにウェアウルフに薬草を投げつける、獣であるウェアウルフは嗅覚も鋭いためだ。案の定薬草の強烈なにおいをから逃げるように飛び下がる。
(いまだ!)
メルオールは村に向かって走り出す。しかし、すぐに後ろから追いかけてくる気配を感じる。全身の感覚を研ぎ澄ませるように意識すると背後の気配をより強く感じる。
怖くて後ろを振り返ることはできないが追ってきている気配は二つ。アクティブモンスターであるウェアウルフは集団での狩りを得意とする。≪同族リンク≫自分が攻撃を受けていなくとも同族であるため共有の敵と認識してたのだろう。村まではあと少し、しかしこのまま村に戻れば星降る夜よりももっと大きな被害を出してしまうかもしれない。
メルオールはどうするべきか考え、そして決断する。
村から離れる、それが思いつく限りで最善の方法だった。
ぎりぎり間に合うかもしれないが、門を閉めるのに多少時間がかかる。もし失敗すれば村の中にモンスターを引き込むことになってしまう。
(自分のせいで誰かが死ぬのはもう嫌だ。お父さんごめんね)
村の門を見ると、村でメルオールの帰りを待っていた父親と目が合う。自分のミスで親より先に死んでしまうと思うと胸が苦しくなる。しかし立ち止まるわけにはいかない。村からできるだけモンスターを引き離さなければ。
村の入り口を通り過ぎるとアーテクトの方向へ向かう。街へ向かう道なら石畳の舗装がしてあり走りやすいためだ。その時追いかけて来ていた気配がなくなるのを感じる。
振り返ると父親がウェアウルフに石を投げつけていた。攻撃をしてひきつけるためなのだろう。手には兵士が使っていたであろう剣と盾が握られている。
そして父親の背後で無情にも村の門は閉ざされている。
モンスターに殺されても村に被害が出ないように。
「メル!今のうちに逃げるんだ!そのまま街道を進めば襲われる可能性は低いはずだ!私は大丈夫だ、でも、できるだけ早く冒険者を呼んできてくれ!」
不安にさせたくないのだろう、父親はメルオールに叫ぶと、一度も扱ったことがないであろう剣と盾を掲げ叫ぶ。
メルオールも父親の行動が去勢であることはわかっている。でも自分のせいで父親が死ぬなんて認めるわけにはいかない。
「お父さん待ってて!すぐに冒険者を連れてくるから!!」
そう叫ぶと、先ほどよりも全力で走る。もう後ろから追いかけてくる気配を探したりはしない。
メルオールが今すべきなのはただ前に進む事だけなのだから。