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#9

 洞窟から帰還した三人の姿を見るなり、村人たちから拍手が沸き起こった。

 村長が朗らかな笑顔で出迎えてくれた所に、クライは「造作もありませんでしたよ」と笑顔で挨拶に行ったところ、シーナはふふんと鼻を鳴らしてルイーゼに向き合った。

「今回こそ、勝負あったな」

「それはどうかしら?」

 ルイーゼも、ふっと笑みを浮かべて余裕を見せる。

「では、ムナジの洞窟で、魔法で倒したゴブリンの数、発表!」

 シーナが高らかに宣言すると、ふたりの弟子はほぼ同時に叫んだ。

「私は、5匹っ!」

「俺は、6匹っ!」

 ………。

 ふたりは沈黙の中、にらみ合った。

「決まりだ」

 シーナがにやりと口元をゆがめる。しかしルイーゼはぎんっと目つきを鋭くした。

「証拠は?」

「証拠なんかあるか」

「じゃあダメよ無効よ証拠ないんじゃあねぇ」ルイーゼは肩をすくめる。

「待て、おまえはー! 自己申告制にするしかないだろう。ゴブリンが証明してくれるわけじゃないんだから」

「あんたがズルしてるかもしれないじゃない」

「するかアホ! 大体な、俺は剣でそれ以上の数を倒してるんだ。きみは武器をなにも操れない。魔法しか使えないくせに、偉そうに言うな」

「魔法の勝負だって言ってるじゃない。私たちは魔法使いなのよ? 武器のこと持ち出すのはおかしいわっ」

「どっちにしろ多く倒したのは俺だ」

「だって証拠ないもん」

「いいか俺が後継者だ」

 強情に突っ張り続ける二人を無視して、クライは村長から礼金を受け取っていた。

「相変わらず見事な腕です、マスタークライ。貴方は私たち、凡人の希望の光ですよ。ゴブリンたちの盗賊にほとほと参っていたのです」

 老紳士といった村長は髭の生えた口元をほころばせた。

「いえいえ、とんでもないですよ。ぼくは軽い魔法をちょちょいと使って、百匹ほどのザコをいっぺんに片付けただけです」

 その言葉に、「素晴らしい!」と村人からの歓声がわきあがり、端のほうでタイマン勝負を張っていた弟子ふたりはピタリと動きを停止した。ぐっと意気を飲み込んだ顔のシーナと、しかめっ面のルイーゼは、師匠に向き直った。

「おや、不機嫌そうですね、ふたりとも。ところで、魔法でゴブリンを倒した数ですが、シーナのほうが一匹多かったですよ」

 クライが証人になったものの、シーナの表情は晴れなかった。

「そうですか……でも、もういいです」

「むなしい張り合いだわ、小規模すぎて」

 ルイーゼもため息をつく。

「では仲直りしたところで、今日は少し修行をお休みしましょう。偉い人に会いに行きますよ」

「偉い人?」

 歩き出すクライの横について、ルイーゼが尋ねる。

「ねえ、もしかしてそれって、先生のお師匠様のこと?」

「お、察しがいいですね、ルイーゼ」

 クライは涼しげに微笑む。

「なんですって! あのアグリー様に!?」

 驚愕して緊張の色を浮かべたのはシーナだった。

「えー、あんたも会ったことないの?」

「ないさ。アグリー様は現役を引退してから、めったに人には会われないんだ。山奥で、療養生活をしておられる」

「ご病気なんだ……」

 ルイーゼの声のトーンが下がる。

 クライは、ははは、と明るく笑ってその空気を一掃した。

「そんな難しく考えなくていいですよ。そう、まだシーナも会っていないんですよね。今日は君たち二人を、ぼくの師匠に紹介します。アグリーさまを早く安心させてやりたいんでね」

 思わずルイーゼは、シーナと顔を見合わせていた。シーナの眉が自信なさげに下がっていた。たぶん自分は今、彼と同じような表情をしていることだろう。安心って、先生……こんな頼りない隠れスモーキング神経質ボーイと、か弱い美少女しつこいようだけどルイーゼのことねを見せられて、どう安心するというのだ? その大魔法使いの人を、怒らせないかしら?

 不安を抱えながら、いつもより、めっきり口数が減った弟子たちを連れて、クライはゆるやかな山をのぼった。




 * * *




「ねえシーナ。私ね、『マスターマエストロ』ってもののこと、実はよく知らないの。先代のアグリーさんのことも」

 ルイーゼは小声で兄弟子に言った。

「そうだろうと思った」

「悪いけど、今、教えて」

 ルイーゼは小さく手を合わせた。シーナは少し前を歩くクライと距離を置いてから話し始めた。

「フームの山に封印されている凶悪な魔物<闇の長>が、封印が弱まったときに実態を現して、人間に被害を及ぼすというのは知っているな?」

「ええ。それを抑えるのが『マスターマエストロ』なんでしょ。同級生から聞いたことがある」

「そう。マスターマエストロだけが、闇の長の怒りを鎮めるための究極の魔法が使えるんだ。いいか、ルイーゼ。マスターマエストロっていうのは、一人しかなれないんだ」

「え、ひとり?」

 兄弟子のシーナは、勉強不足のルイーゼを見下すような目をして説明した。

「だいたい、歴代のマエストロは、二人か三人ほど力を見初めて弟子を取る。でも実際に後継者になるのは一人だけだ。なぜなら、フームの山の魔物の怒りを抑えられる、その究極の魔法は、一人にしか伝承できない。それほど、教え込むのに難儀な魔法なんだ。よっぽどの実力がなければ無理だ。だから最終的には、クライ様の弟子はひとりだけになる」

「ふーん。じゃあ保険のために二人とか三人弟子を取るのか」

「そうなるな。だから俺はおまえが気に入らなかった。俺は自分がクライ様の後継者になるものだと思っていたのに、他にも候補ができたわけだからな。しかも、女の子だし……決まりがあるわけじゃないけど、歴代の十人のマエストロ、全員が男だ」

「そんなの、ただの文化とか風習でしょ?」

 ルイーゼは、シーナの唱える女性差別が鼻に付いた。歴代とか関係なく、ただシーナはクライフリークのあまり、クライが女を弟子に取るという事実が気に入らないのだ。

「魔法は男のほうが優れてるなんて、統計も出てないわ。女が後継者だっていいじゃない」

「でもおまえ、本当に後継者になれるのか。その覚悟はあるのか?」

「……」

 そんなん、あるわけないだろー!

 と言い返したかったが、止めた。堂々と言うような内容ではなかった。

「アグリー様は現在、83歳だ。十年前にクライ様を弟子に取られた。73歳まで、後継者を育てることもなく、ずっとお一人で魔物の封印をなされてきた偉大な方だ……まあ、たった十年で究極の魔法を習得するクライ様もすごいが……」

「そう考えると、先生ってまだ若いのに、弟子取るなんて早いよね。よっぽど自分に自信ないのかな」

「おまえな、恐れ多いことを!」

 シーナが軽く舌打ちをした。

「あー」

 突然声を上げて振り向いてきたクライに、びくっと肩を震わせて、ルイーゼとシーナは不気味な笑顔をつくった。

「はい! なんでしょう?」

「着きましたよ」

 クライが指差したのは、今にも風に飛ばされそうなボロ小屋だった。



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