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#2

 前回までのあらすじ


魔法学校に通うルイーゼは、片想いのロロに誕生日プレゼントを買うお金を稼ぐため、マスタークライの後継者になった人がもらえる『副賞』を狙う。

 本当は学事部に正当な理由をつけて許可を出さなければいけないのだが、無許可で学校の敷地内を抜け出し、ルイーゼはモモエを引き連れて、近所の無人の公園へとやってきた。

「いい? これは昨日寝ずに考えた完璧な作戦よ」

「は、はいぃ……」

 滑り台の上にいるモモエは、しきりにぎこちなく身じろぎしていた。不安そうに後ろに振り向く。フェンスに近い園内の端に、小銭を入れるとゆらゆら動くパンダの乗り物の上にまたがっているルイーゼが気合の入った目の色で魔法の杖を構えている。

「タイミングを合わせるだけでいいからね、簡単でしょ」

「簡単かなぁ……」

「いいから、行くわよ!」

「はい……」

 ルイーゼに押し切られる形で、モモエも高らかに木の杖を空へと掲げた。同じタイミングで、ルイーゼもまた、スッと杖を掲げる。

「風よ!」

 ルイーゼの声が空に向かって羽ばたくように鳴る。瞬間、小さな渦巻状の風が起こり、モモエの全身にくるりと巻きついた。

「ひぁぇっ」

 頬を青ざめさせて、小さく悲鳴を上げるが、モモエの小柄な身体は不安定にもがくように揺れながらも、ふっと浮かび上がった。足が滑り台から離れ、余計に表情が泣きそうに崩れる。

「ルイーゼ、まってまってまってまって――!」

「待ったなし、きりもみ回転落下っ!」

 さらに魔法を上乗せし、ルイーゼはそのまま、くるくるとモモエを右回転させながら、不恰好なバレリーナのように砂場に着地させた。足が砂にずぼっと埋まると、そのままバランスを崩し、モモエは顔面から砂場に沈んでいった。

「……相変わらず、あたしの魔法は完璧ね……」

 微かに自尊心を満たし、ルイーゼはパンダの上で、長い黒髪をぱさりと後ろにはじいた。

 しかし、モモエは砂に倒れたまま動かない。

「問題はあっちか……」

 苦い顔で、友人を睨む。

「モモエ、あんた、ぜんっぜんなってないわよ。おびえてどうするの。誰か他の人が魔法かけてるってバレバレじゃないの。ちょっと聞いてるの? あんたねー。……おーい? モモエ!」

 ルイーゼは慌ててモモエを発掘にかかった。




   *




 たたき起こしたあとも、半泣き状態でモモエはベンチから動こうとしなかった。

「ひどいよお、ひどいよお、わたし、魔法で自分を浮かび上がらせることもできないから、浮いたのって初めてでこわかったのに、そのままきりもみ回転落下させるなんて……」

「『きりもみ回転落下』は、単なる言葉の彩でしょ、ほんとにやったらあんた死んじゃうし」

 隣に腰掛け、足を組みながら、まだ準備体操も終わっていないという顔でいるルイーゼ。

「ねえ、やっぱり無理だよ、遠くからルイーゼが魔法を使って、わたしを優勝させるなんて! 実力もない人がイカサマでマスターの弟子になんてなったら、大変だよ。最初からルイーゼが出たほうがいいよ。ルイーゼだったら実力で優勝できるよ」

「あたしはあたしで出るわよ。でも優勝したくないから、手を抜くけど」

「そんなぁ」

「あのねモモエ。あんた、マスターの弟子になりたいんでしょ。修行なんて、弟子になったあといくらでもすればいいわ。とりあえず今の時点では、あんたはひとりじゃ絶対に優勝できないんだから、チャンスは、ズルしてでも無理やりつくるのよ!」

「無茶だよぅ」

「浮くのがいやなら、炎の輪をつくってくぐりぬけるとか、泉に薄氷を張ってバレエを踊るとか、ほかにも手段はあるわ」

「やだーーーぁ、全部こわいじゃん」

 モモエは手のひらに顔をうずめ、砂糖菓子のカラメルのような細い髪をふるふると振る。

「むう。わがままな子ね……」

 渋面で、ルイーゼはうなる。

 モモエはめずらしく、さらに反抗を続けた。

「結局ルイーゼはわたしを利用して自分が副賞ほしいだけじゃん。ずるいよ!」

「そ、それは」

 痛いところを突かれ、何もいえなくなる。

「もうわたし、絶対やらないからー!」

「あ、モモエ……」

 モモエは早足で学校の方向に向かって走り去ってしまった。







 三日後、朝っぱらからラッパや笛の音が窓の外から響いてきて、ルイーゼはベッドの中で何度も寝返りを打ちながら、

「うるさいなぁ……騒音は環境問題よ……」

 とむにゃむにゃ文句を言いながら起き上がった。カレンダーを見たときに、すぐに思い出した。今日はマスタークライが来校する日なのだ。どんな奴なのだろうと、興味が少なからずあったので、ルイーゼは着替えて観に行くことにした。どちらにしろ、このお祭り騒ぎでは惰眠をむさぼることもできない。

 一歩外に出ると、活気が伝わってきた。ルイーゼはマスタークライを探して、歓迎用に用意したらしい風船の道を歩いていった。

 校門にはパレード状態で人が詰めかけ、来校するマスタークライを歓迎した。聖歌隊が歌い、ブラスバンド部が演奏を披露し、場を盛り上げた。

 パレードのよう、とはいっても、主役は決して偉ぶった乗り物に乗って来たりしながった。大した護衛もつけずに、大きな荷物を背中に抱えた、純然たる旅人の恰好で、彼はやってきた。

 マスター・マエストロ・クライ――

 流れるような長髪を後ろで括り、優しげな細い目をしていた。細身の長身で、モデルか俳優でも通用しそうなオーラを放っていた。生徒たちは皆、アイドルが来校したかのように、ミーハーなファンと化して黄色い声を上げた。そんな中、ルイーゼだけは真顔で、じろじろとクライを眺めていた。

 彼女の第一印象はこうだった。

 なんか、うさんくさい人……。

 学長や教頭がやってきて、クライにしきりに頭を下げる。初老の学長たちに比べて、当然、クライなどまだ青二才と呼べるほどの若さだ。これで大魔法使いなんて、弟子を探しているなんて、笑ってしまいそうになる。

 なんだ、たいしたことなさそうね。

 ルイーゼが拍子抜けしていると、近くに、鼻息を荒くしているモモエがいることに気付いた。

「あ、モモエ……」

 声をかけようとするが、喧嘩している最中なので、つい引き下がる。しかし、モモエの方はルイーゼの姿を人混みに見つけると、まっすぐに近づいてきて、三日前のことなどすべて忘れたように、ぐっと手を握ってきた。

「ルイーゼ!」

「ん、なに?」

 これほどモモエの真剣な瞳に見つめられたことがあっただろうか……

 いや、これは、違う。違う種類の目の色だ。

 つまるところ……

「お願い、わたしを優勝させて」

 モモエは懇願した。

 その瞳は恋する乙女のそれに違いなかった。

  



            (#3へつづく)


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