#1
「ねえねえルイ―ゼ」
大好きなロロが言いました。
「来週の金曜日、僕、誕生日なんだぁ」
彼の誕生日を今の今まで知らなかったことに、自己採点減点十点でした。
すさまじい計算力で私はロロが喜んで駆け回ってついでに抱きついてくるようなナイスプレゼントを頭の中で探りました。でもわからなかったので、私はロロと別れてから彼の尾行を開始しました。ただ彼の小さな足がひょこひょこ動くのを後ろから見守っているだけでよだれが垂れてきそうなのを必死に抑えながら尾行すると、彼は突然足を止めました。そこは金持ちマダムご用達の高級ブランドショップのウインドウの前でした。ロロはつぶらな瞳を大きく開いてガラス越しになにかを見つめていました。それはティアラでした――紺青に輝くお姫様のようなティアラ。ロロが去った後、私は急いで店に入って値段を確かめました。
店員のスーツのおねえさんは、笑顔で脳が理解を拒否する天文学的数値を述べました。私はとりあえずそのピンクのチークが濃すぎる横っ面にパンチを叩き込みたくなりましたが、損害賠償が払えないのでやめました。
さて――かわいいロロに喜んでもらうためには金がいります。早急に。
私は彼の笑顔を手に入れるためならばどんな汚い事業にも手を染める覚悟です。
***
「とはいうものの、一週間でどうやって金をつくればいいの……賭博? パチンコ? スリ? いや、犯罪はさすがにまずいわ……」
ルイーゼがぶつぶつと独り言を繰りながら寮の廊下を歩いていたとき、後ろから間延びした声が聞こえてきた。
「大変だよ~、ルイーゼ~」
ぜんぜん大変そうに聞こえない声で扉を叩いてきたのは、隣部屋のモモエである。寝起きの悪いルイーゼをいつも起こして学校まで引っ張っていく、わたあめのような細くふわふわの髪の毛を持つ、この娘であった。
「あのねモモエ今あたし経済の荒波にもまれている最中で、十分に大変だから別にトラブルなんて望んでないわ」
「とにかく来て来て」
寝癖をそのままにモモエと校舎の前まで行くと、入り口のところにある掲示板のところで生徒が集って大騒ぎしているのが聞こえてきた。朝っぱらからよくやるよ、という冷めた心地だった。
「なんだっていうのよ」
「あのね、あのね……」
モモエが喋りだそうとすると、彼女を代弁するように誰かが大声で掲示板の文章を読み上げ始めた。
≪魔法女子学園ノワールの学生厚生掲示板≫
適正テスト開催のお知らせ。
来たる十二月十二日の金曜日、本校にマスター・マエストロ・クライが来校!
ご周知の通りマスタークライは闇の長を鎮めるための後継者を探して旅をしておられます。我が校に適材な人物がいた場合、その者は特別に単位免除、主席で本校卒業資格を与えるのち、マスタークライの後継者として彼とともに世界平和のための聖なる旅に行く特典が与えられます。このテストには、原則として全校生徒参加のこと。誰にでも公平のチャンスを与えたいという学長の方針と、普段は成績の悪い者でも潜在能力の可能性があるというマスターの御方針のため。
ルイーゼは上の空でその声を聞いていた。
「賞金が出ない上に旅に強制参加させられるコンテストなんて出る気しないなぁ――」
「そんなこと言わないで出ようよお」
「いいから行きましょ、モモエ」
ルイーゼが掲示板の前を通り過ぎようとすると、モモエは腕を取ってとめた。彼女はただでさえ垂れ目の瞳をさらにトロンとさせて夢見心地で語った。
「待ってよ。これは大変なことよ、わかってる? 生きてる内にクライ様にお目にかかれるなんて、こんな幸せったらないわ。私の憧れの魔法使いよ!」
「つーか、クライって誰だっけ」
小指を耳に突っ込みながらルイーゼが寝不足の半眼でつぶやいた。残念ながら小さくてもよく通る声を持つルイーゼの傍若無人ぶりは有名な話で、今日も彼女の畜生な発言は、周りの生徒たちを凍えつかせた。
「貴女はクライ様をご存知ないと、ルイーゼ?」
近くに居たのが、学校一の優等生であるロッテ・トウィンだったのが運の尽き。ルイーゼとロッテは共に優秀であり、学校の成績で常にトップを争っている。いわば好敵手である。ロッテはこぎれいにカットされた前髪と蝶々のネイルアートがほどこされた爪で寝癖頭のルイーゼを威嚇してくる。
「フームの山に封印されている凶悪な魔物<闇の長>は、五十年に一度、封印が弱まって実態を現すと言われているわ……。そうしたら最後、彼は暴走し、世界は滅びるとまで言われている。その時、闇の長の怒りを鎮めるための究極の呪文を習得し立ち向かうのが、伝説の魔法使い、マスターマエストロよ。先代のマスターマエストロであるアグリーが自ら選び出した後継者というのが、長年彼とともに旅をしてきた愛弟子であるクライ様。今、クライ様はさらなるご自分の後継者を探していらっしゃるところなの。これは誰にでもできる仕事ではない――最も魔法使いにとって名誉のある偉業なの。そのクライ様がお越しになられるのよ!」
「ほう、ほう、そうか」
ルイーゼは情熱に押されて仕方なく耳をかくのをやめた。
「わかった。悪かったわ、無知で」
「無知にもほどがある」
腰まで届く髪を不満そうにぱさりと弾くと、ロッテは華奢な肩をいからせて立ち去った。隣では、モモエが耳打ちしてきた。
「ロッテさんが選ばれるんじゃないかな」
「そう? モモエにだってチャンスあるわよ」
「そんなこと……。私なんて最下位から数えたほうが早い、劣等性だもん」
「そうだけど、でも外見なら、あんたが絶対トップよ」
うつむいているモモエの長細いまつげを見て、少なくとも自分が男だったらすでに押し倒している、とルイーゼは断言しようとしたが、それは差し控えた。
「ルイーゼ、魔法使いは外見なんかで選ばないでしょ!」
「そうかしら。一緒に旅をするのに、おっさんよりかは女の子、もさい女の子よりはかわいい女の子選ぶのが男ってものじゃない?」
「あのねルイーゼ……ミスコンじゃないんだから」
その時、読み落としていた文字に気づいたらしい生徒の誰かが、「副賞があるんだぁ」と声を上げた。足を止めた。自慢の黒髪をなびかせて、校則で禁止されているミュールをカツカツ鳴らしながら、掲示板の文章の最後に顔を吸い寄せられる。
なお、見事後継者に選ばれた者には、副賞として我が校から<蜂蜜のベル>が贈られる。
※蜂蜜のベル=高価な魔法アイテム。窮地のときに鳴らすと、森にすむ妖精を呼び出すことができ、助けてくれる。売れば一年間くらい、遊んで暮らせる。
「マスターの弟子になれるチャンスだわ!」
「燃えてきたぁ」
そういった歓喜の声が、次々とざわめかれる中で――
「<蜂蜜のベル>!」
ルイーゼは瞳に星くずを灯し、叫んだ。
(#2へ続く)




