第十四話 目覚め
…激しい頭痛とともに、ゆっくりと意識が浮上する。
重い瞼を押し開けると、視界に飛び込んできたのは、赤黒く変貌し瓦礫の山と化した廃村の景色だった。
耳を澄ませても、もうあの不気味な咆哮も、肉を穿つ破壊音も聞こえない。
『王』の気配は、跡形もなく消え去っていた。
「……気づいたか」
頭上から、低く落ち着いた声が降ってくる。
視線を動かすと、そこには見覚えのない男が一人、剣の柄に手を置いたまま、周囲を警戒するように佇んでいた。四十代前半特有の渋みと余裕を漂わせる整った顔立ち。
そして何より、その奥で冷たく冴え渡る、澄み切った水色の両目。
洗練された佇まい。全身から静かに、けれど苛烈に立ち上る圧倒的な密度のアークの気配。
間違えるはずがない。僕がこの国へ来た目的……。
幾多の死線を潜り抜け、人類の頂点に立つ者——『英雄』アルトだ。
(……英雄、アルト……!? なぜ、こんな場所に……)
様々な疑問が脳内を駆け回っている。
「……増殖主は……」
掠れた声で問いかける僕に、アルトは静かに首を振った。
「俺が駆けつけた時には、すでに姿を消していた。十分な成果を得たと判断して引き揚げたのか、あるいは……」
アルトは言葉を切り、凄惨な戦場へと視線を向けた。
そこには、壊滅した討伐隊の姿があった。
息のある者はごく僅か。奇跡的に一命を取り留めた兵士たちも、息も絶え絶えに地面に伏し、まともな戦闘など二度とできないほどの重傷を負っている。
全滅こそ免れたものの、あまりにも惨痛な結果だった。
もしこの『英雄』が通りかからなければ、僕も含めて全員が間違いなく息の根を止められていただろう。
アルトの鋭い視線が、倒れていた僕へと注がれる。
その瞳には、単なる生き残りへ向ける憐憫ではなく、傷ついた者を案じる深々とした優しさと、どこか真相を見極めようとする鋭い威厳が混ざり合っていた。
「……すまなかった。俺がもう少し早く着いていれば、こんなことには……」
「いえ、それより……あなたは……」
尋ねかけようとした僕の声を、彼は静かな制止の手をかざして柔らかく遮った。
重厚でありながら、不思議と心を落ち着かせる声が胸に染み込んでくる。
「他の連中の手当はもう済ませてある。案ずるな。……さあ、立ち上がれるか? 君には俺についてきてもらう」
「え……いや、僕はしがない商人ですので、遠慮しておきま——」
ここで商人というのはだいぶ無理があるがこうなった以上、これで押し通そう…と思ったのだが…。
「すまない」
言葉を濁して立ち去ろうとする僕を、アルトは遮った。
その声には、圧倒的な威厳の裏に、どこか申し訳なさそうな、深い誠実さが滲み出ている。
「君の気持ちはよく解る。戦いが終わったばかりで、体の自由すら利かない時に、見ず知らずの男からこんな申し出をされれば警戒するのも当然だ。俺がとんでもなく勝手なお願いをしていることも、重々理解している。……だが、そのうえで頼みたいんだ」
アルト…さんは膝をつき、目線を僕と同じ高さまで下げると、静かにその手を差し伸べてきた。
「あの異形の群れの中で、君は最後まで踏みとどまり、命を繋いだ。その眼には、まだ折れていない強い意志がある。俺はいま、この地に迫る未曽有の災厄を止めるため、確かな力と覚悟を持った者を必要としているんだ。頼む、君の力を俺に貸してくれないか」
「あ…はい。」
これ以上渋っていては仕方がないのでもう全部ぶっちゃけることにした。僕はグローリアの兵士で英雄であるあなたを探していたということ。諸々
「君は……そうか。俺を捜すために……すまなかった」
深く頭を下げる彼の姿に、僕は焦って首を振った。
「いえ、それは構わないんです。ですが……なぜあなたは、グローリアを去ったのですか?」
国家の至宝であり、民の希望そのものだった男の無断失踪。その理由を問う僕の瞳を、アルトは逃げることなく真っ直ぐに見返してきた。
「決して、国を裏切ったわけじゃない。……ただ、誰かがやらなければならないことがあった。そのための準備をしていたんだ」
「それは……『英雄』としての責務を投げ打ってまで、なさるべきことなのですか?」
責めるような僕の問いかけにも、アルトの眼光は一切揺らがなかった。
静かに、だが大地を揺らすような重みを持って、彼は答える。
「そうだ」
「……なら、僕にあなたのお手伝いをさせてください。だからどうか、その目的を最後まで果たしてください」
自分の言葉に、不思議と迷いはなかった。
兵士としての任務ではなく、一人の人間として、目の前の『英雄』が背負う孤独な戦いに寄り添う覚悟が決まったのだ。
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