第九録 同級生
【学校】
長い長い退屈な夏が終わり、植物たちから秋の色が顔を出す。昼休みの教室の中から窓の外を眺める。
僕の通う学校は治安も良くて偏差値もそこそこの所だ。
本来ならば燐を出て家族の元に帰った方が良いのだろうけど、僕の家庭環境や事情を加味して一人暮らしをしながらこの学校に通うことになった。
転校生として通い始めて約一年半、僕は過不足なく日々を過ごしている。
「惟芽ー?お前なんか呼ばれてるぞ。」
クラスメイトの一人にそう声をかけられた。教室の入り口を見ると誰かいるらしい。一体、何の用だろう。
「……?わかった。今行く。」
クラスメイトにそう声をかけてその人たちの所まで行く。待っていたのは二人組の女子。リボンの色からして三年、同学年の人と二年生の子だろう。同学年の人は間違いなく面識があった。思わず疑問が声に出る。
「乙梨さん……?何の用事です?」
乙梨さんはため息をついて隣の子に目線を移す。まるで『私の方はお前に用はない』とでも言いたげな表情だ。乙梨さんの目線を辿り二年生の子を見る。話したことない上級生に緊張しているのか彼女は言葉に詰まりながらも話始めた。
「あっ、あの……お話があるので、お時間よろしいですか……!」
教室の時計を確認する。まだ十分時間はあるからいいだろう。
「……時間はないし、大丈夫だよ。」
「あっ、ありがとうございます……!」
そのまま彼女に人気のない所に連れて行かれ話をした。乙梨さんは教室までの付き添いだったらしい。彼女の話は要約すると、僕が転校してきた日に会って、その時に言ってくれた言葉が嬉しかった……とかなんとか。正直、どんな会話をしたか覚えていない。
「あ、えっと。……お礼、とかの大層なものではないんですけど……これ!受け取って下さい!」
震える声で差し出されたそれは手作りのお菓子だった。
「……お菓子?」
「甘いものが好きだとお聞きしたので……!」
彼女の言動からすると普段からお菓子を作るタイプではないのだろう。わざわざ調べて作ってくれたらしい。その気持ちは喜ばしく思う。
でも、
「ごめんね。事情があって……人から貰ったものは食べられないんだ。気持ちは受け取っておく。ありがとう。」
最後まで話を聞くと彼女は悲しげな顔をしてお菓子を下げる。少し、申し訳ないな。
「そう、ですか……。こちらこそ、ごめんなさい。」
午後の授業の予鈴がなる。別れの挨拶をしてお互い教室に戻った。
少し急いで教室に戻ったけどギリギリ間に合わなかったらしい。先生がもう黒板に字を書いていたところだ。
「……っすみません。……遅れ、ました……!」
謝罪をして教室に入る。クラスメイトの視線が集まって来たけどしょうがない。
「おー、惟芽が珍しいな。次は気をつけろよ。」
よし、許された。そのまま席に着く。道具の準備をしていると、隣の席から声がかけられた。
「なぁー、惟芽。」
「何?」
彼は内緒話をするように小さな声で聞いて来る。
「さっきの、何だった?やっぱ……告白か?また?」
何でそんなこと気になるんだろう。人のことなのに。
「はぁ……言わないよ。」
「えぇ〜。何で?」
不満そうな声を出す彼の方を向く。『静かにしろ』の意味を込めて口元に人差しを立てる。
「……しぃっ。」
「…………。」
分かってくれたのか知らないが、彼は黙ったままでいてくれた。これで静かに授業の話を聞ける。
順調に時間が進んでいき、チャイムが鳴る。
「隣町でまた発砲事件が起こったから注意する様に。みんな、護身用の携帯武器は持ってるか?ここらは安全だと思うけど、いざとなったら、すぐに使えるようにしとけよー。これで先生からの話は終わりだ。号令ー。」
「起立!気をつけー!礼ー!」
帰りの号令が終わっても、彼は固まったままでいた。……大丈夫か?
目の前で手をひらひらさせる。これも反応がない…………っあ。意識が戻った。
「はっ!今、ショッピングモールでゾンビと大乱闘する夢を見てた気がする!!」
「結構ベタな展開の夢だ。……おはよう、麻井。目は覚めた?」
クラスメイトの麻井は結構愉快で見ていて面白い。いつも人の中心にいるような人だ。良い環境で育ってきたんだろう。明るい性格だと思う。
「あー、おはよー。今何時?」
「五時半。」
時計はかなり遅い時間帯を指している。麻井は時間を聞くや否や大慌てで準備をして教室を飛び出した。
「んじゃ、また明日な!」
「また、明日。」
そう言って廊下を駆けていく音がだんだんと遠ざかる。教室の中には僕一人だけになった。
そろそろ僕も外を出るか。そう思い鞄を持つ。
ガラリと扉の開く音がした。
「……乙梨さん。どんなご要件ですか?」
「…………。」
相変わらず僕と会話をする気は一切ないようだった。まぁ、まともな会話をしたことはないけれど。
乙梨さんはゆっくりと手を動かす。
『話があるから着いてきて』
その仕草は何度も見たことのある馴染みの動き。無表情を貫く彼女を見た。
「何処へ?」
乙梨さんは丁寧に先程よりも短い動きでそこを示す。
『りん』
彼女の表情からは何処か苛立っているような雰囲気が見てとれた。
【記録書庫】
記録書庫の鍵を取り出し、開ける。
窓の外から映る景色は暗くて、もう帰るには遅すぎる時間帯だ。何でわざわざこんな時間に。
「……それで、何が目的なんです?」
もう一度乙梨さんの目を見て問う。
「もう、貴方は声を出せるじゃないですか。」
わざわざ指文字ソレを使う意味は無い筈だ。
「……あそこの空気は人が多くて嫌いなの。だから、話さない。」
漸く聞こえた凛とした声が耳をくすぐる。
―乙梨おとなし 紫音しおん。元・時雨所属。2年前まで幼少期のトラウマから声が出せなかった。現在では克服気味……の筈。
「……そうですか。まぁ、話すか話さないかは貴方の自由ですけど。」
もう一度、彼女の目を見る。何故僕を呼んだのか。僕に何の用があるのか。
乙梨さんは深くため息をついて話し始めた。
「……本題の前に……。どうして、あの2年の子のプレゼント受け取らな買ったのか聞かせてくれない?」
「経歴柄、ああいった物は警戒するべきでしょう。」
乙梨さんは訝しげに僕を見る。
「……咒ですよ。本人は聞き齧ったものを願掛けのつもりでかけたんでしょうけど、本物だったので。」
「まじない?」
まだ乙梨さんはピンときていないらしい。
「……ああ。貴方、時雨の人ですからね。あまり警戒したこと無いですか?……大抵の人は霊力が少ないので本物の咒をしても効果はありません。でも、ごく稀に霊力を持つ人間が本物の咒に手を出した時。それは強力な別の何かに転換します。……呪いですよ。だから避けたんです。薊部隊ぼくらと違って時雨部隊あなたがたは加護があるから気にしなかったのでしょうけど。」
「へぇ、そう。」
自分で質問したのに、さして興味はなさそうだ。まぁ、良いか。
「ところで、何故ここへ連れてきたんです?何の用が?」
「ああ、そういえばそうだった。ねぇ、惟芽胤。」
乙梨さんは髪を手で払って僕を見た。
「緒梨先輩の記録を譲ってくれない?」
彼女の目は『いいえ』と言うことを認めさせないとでも言うように冷たく鋭い。だけど残念ながら簡単には『はい』と言えない。僕は乙梨さんの目を見つめ返す。
「……話をして聞かせてもらえませんか。」
秋の夜、空を流れる風の音がやけに大きく聞こえて来た。




