祝福と撲殺魔っ
血生臭い出来事ばかりで、華やかさに乏しいのう……ブツブツ。
む、何じゃ?
な、何ぃ? このジジイ、ついに世迷い言を口走るようになったか、じゃとぉ!?
失礼千万! ワシを誰じゃと思うておるのじゃ!
な、何ぃ!? セクハラ容疑で拘束中の色ぼけジジイ…………き、貴様あああああ! 天罰じゃ、天罰をくれてやろうぞ!
む? 今度は何じゃ…………な、何、もう始まって……はははは、これは失礼した!
えーっと、今回はどの辺りじゃったか……あの貴族のは終わったし、王女のは……む、次は……真夏のあれじゃな!
何と何と! 足らぬと思うておった彩りが、これで存分に味わえるではないか! ムフフフ、それでは見てみようかの。
……やっぱり色ぼけジジイじゃないか、じゃと? ふん、後から折檻してくれる。
朝の涼しさはお昼近くになると消え失せ、法衣の中が随分と暑く感じる季節になりましたわ。
「ふぃーっ、あっちぃぃ……」
「リブラ、手が止まってましてよ」
「だって、あっついだもん」
元とは言っても、侯爵夫人ともあろう者が、往来で胸元をパタパタさせてはいけません。
「……私より、リジーはもっと危ないんじゃない?」
わたくしの警護役として、常に周りを警戒している……筈のリジーは、鎧姿のままピクリともしません。
「リジー?」
「…………」
「リジー、どうかしまして?」
「…………」
「ちょっと失礼しますわよ」
あまりにも反応がありませんので、心配になって兜のフェイスガードを動かしてみます。
キィ
むわんっ
「暑……こ、これは……」
兜の中には、目の焦点が合っていない、汗だくのリジーが収まっていました。
「こんな暑い日にそんな全身鎧姿なら、熱が籠もる道理よね」
これは、命に関わりますわね。わたくしの判断で、鎧を脱がせる事にします。
「……っ……あ、あれ? 外せませんわね」
「何をしてるのよ、リファリス」
「とりあえず、鎧を外してしまった方が良いかと思いまして」
悪戦苦闘するわたくしを見かねた様子で、リブラが歩み寄ってくるのが分かります。
「リファリス、鎧の装着なんて経験無いでしょ?」
「ありませんわ。着ける手前までいった事はありますが」
「……手前?」
「胸が邪魔して装着できませんでした」
「……それはそれは」
つまり、詳しくは知りません。
「なら私がやるよ。こう見えても戦にも出た事あるから、鎧の脱ぎ着はお手のものだわ」
ならお願いしますわ。
カチャカチャ
「熱……リジー、よくこんな暑い日に真っ黒な鎧着れるな……」
カチャン ガチャ
「ん……あれ……ああ、これか……」
ガチャガチャ バヂィ!
「ひみゃあああああ!?」
っ!?
「な、何事ですの!?」
叫び声をあげたリブラは、手をさすりながらわたくしに駆け寄ってきました。
「あ、あの鎧、火花が散った!」
火花? ああ、そう言えば……。
「その鎧、呪具でしたわね」
「呪具!?」
「一度装備したら外せなくなる、肉付きの鎧ですわ」
肉付き、とは「一度装着すると、肉ごと剥がさないと脱げない」と言われる呪いです。つまり、二度と脱げないのです。
「そ、そんな鎧を装着してたの、リジーの馬鹿は!?」
「大丈夫ですわ、リジーは呪剣士と言って、呪いを無効化できる職業ですもの」
つまり鎧を脱ぐには、呪剣士であるリジー本人が行わないといけないのです。
「なら、放置するしかないんじゃない?」
「そうなんですが……やはり不味いですわね」
鎧内部の暑さが危険なレベルです。これは仕方ありませんね。
「リブラ、呪いを『浄化』しますわ」
「え、浄化って、呪具を呪具じゃ無くしちゃうんだよね?」
「そうですわ。それが何か?」
そう言っている間にも、魔力をリジーに集中します。
「呪具の呪いが解けるって事は、呪具そのものが無くなっちゃうんじゃ?」
ああ、そういう心配でしたの。
「でしたら簡単ですわ。『浄化』を強化して『祝福付与』をしてしまえば良いのです」
「え、リファリスって祝福を付与できるの!?」
「ええ、意外と簡単ですわよ」
「…………騎士や戦士垂涎の品を量産できるリファリスって……」
垂涎って、極端ですわね。
「呪いが弱まりましたわね。では『主の祝福が常にあらん事を』」
わたくしの詠唱に合わせて、聖なる気が黒色の鎧を純白に染めていきます。
「うーむむむむ……」
「リファリス、それってどんな祝福なの?」
「外気の影響を遮断し、常に内部を過ごしやすい温度に保つ祝福ですわ」
「うわ、それ欲しい。今すぐ欲しい」
……どうやら自分の見習い服に、この祝福をかけてほしい様ですが……。
「この祝福は堕落の一歩です。修行中の貴女には不要ですわ」
「え、そんな!?」
ワーワー騒ぐリブラの声に反応して、リジーがピクリと動きました。
「あら、リジーが起きたようですわよ」
「う……ううう……か、身体が……身体が……」
苦しそうな様子のリジーに、少し心配になります。
「大丈夫ですの、リジー。まさかわたくしの祝福が機能してなくて?」
「祝福…………えええ!?」
「あまりに暑そうでしたから、冷暖房完備の祝福を付与しましたのよ」
「祝福……付与……つまり、呪われアイテムじゃない!?」
「ええ。呪具とは対局にある神具ですわ」
「ひぃああああああああああ!?」
「リ、リジー?」
突然悲鳴をあげたリジーは、あろう事か。
ガチャガチャッ ガシャン!
鎧を脱ぎ捨て始めたのです。
「リジー、ここは街中ですわよ!?」
ガシャンガシャンガシャン!
「ひぃあああああああああああ!!」
半裸となったリジーは、そのまま教会へと向かって走り去ってしまったのです。
「い、一体何が……?」
「さ、さあ……」
普段は慎み深いリジーの奇行に、首を捻るしかありませんでした。
リジーが神具を装備できない身体だと知ったのは、教会に戻ってからでした。
リジー、受難。