後始末の撲殺魔っ
今回の一件、結局得をしたのは誰じゃったんじゃろな。
「あははは、私、頭かち割られちゃった、あははは」
「わ、儂の娘が、儂の娘が……」
「もう嫌もう嫌シスターごめんなさい許してええ」
「な、治らんのか! 元に戻らんのか!」
「……我々には、どうにも……もし何とかできるとすれば……」
「な、何だ、何か手があるのか!」
「あ、いえ、南大陸で最高と言われる程の回復魔術なら、あるいは……」
「南大陸で最高…………ま、まさか」
「はい、聖女リファリス様ならば、あるいは……」
「あ、あの女かああああああ!」
いじめを先導した娘はシスターの連鎖撲殺に耐えきれなくなり、心が崩壊してしまったのじゃな。その状態を治せるのもシスターしか居らぬようじゃから、親も大変じゃ。
ちなみにその親じゃが、今回の一件に深く関わっておった貴族の一人での、様々な罪を問われておって自身にも余裕が無いようじゃな。
「ぐ、ぐぅぅ……この儂が……この儂があのクソ女に頭を下げねばならぬのか……!」
罰として爵位と全財産を没収されたこの男が、シスターの前で額を地面に擦り付ける事になるのは、それ程遠い未来では無い。
「一体どうなってるんですか!?」
「教育者として恥ずかしくないんですか?」
「も、申し訳ございませんでした……」
栄えある国立初等科教育所の歴史に泥を塗った校長と担任教師は、毎日続く生徒の親へのお詫び行脚に心身をすり減らしておるそうじゃ。
「で、どのような形で責任を取られるんですか?」
「お二人とも職を辞して下さるんですか!?」
「そ、それは……その……」
「ちゃんと答えて下さい!」
「有耶無耶に終わらせたりはしないぞ! あんたらみたいなのが担任になったりしたら、うちの子供に悪影響しか無いからな!」
あまりの罵倒に己の立場も忘れ、担任教師が怒声を上げる。
「私が悪いんじゃないわ! あの子達がいじめをしているのを見逃すように言ってきた、校長が悪いのよ!」
「なっ……わ、私はそんな指示をしておらん! お前の独断専行だったのだろう!?」
「い、言うに事欠いて罪を擦り付けるつもりなの!? あんたみたいなのは、教育者にとって害悪以外の何者でも無いわ!」
「が、害悪はお前だろうが! 無実の私を巻き込んで、何がしたいのだ!?」
「無実!? どの口が言ってるんだよ、この老害!」
「お前も似たようなもんだろうが、クソババアア!!」
おやおや、突然始まった異種格闘技戦に、周りもポカンとしておるの。
まあ、このような醜態を晒してしまったのじゃ。初等科には勿論、教育の場に戻る事は難しいじゃろな……。
「だ、大司教猊下、終わりました」
「遅い。まだまだ修行は沢山残っているのだぞ」
大司教と本人の願いも重なって、無事に弟子となったメリーシルバーも、相当苦労しておるようじゃ。
「次は福音の書の第八巻、第三章から八章まで読んで覚えなさい」
「ふ、福音の書、第八巻!? 教典の中で、一番ど太い……」
「だから何だね? 大司教になる為には、教典全二百八巻に精通していなくてはならない」
「に、二百八巻!?」
「何を驚く。外典も含めれば、その倍はある」
「倍っっ!!!?」
顔面蒼白になるメリーシルバーを見やり、大司教はため息を吐く。
「我が分身は半年で理解したぞ」
「え?」
「教典と外典、全てを読み終えたのは三ヶ月。そこから寝食すら忘れて瞑想し、主の至りし境地の入口に辿り着いたのが三ヶ月後」
「ええ?」
「伊達に大司教を名乗っておらぬよ、ルーディアは」
「えええ!?」
「前例はある以上、メリーシルバーにも我が分身に負けぬくらいの努力を希望しよう」
「ええええええ!?」
いやはや、鬼のような修行が続いておるようじゃの。あの書物の数、ワシでも御免被るの。
「く……わ、分かったわよ。あのチビにもできたくらいなんだから、私だってやってみせるわよ!」
「これ」
パカァァン!
「いでっ!?」
「我が半身であり、大司教であるルーディアに向かって、チビとは暴言が過ぎる」
「う、うぐぐぐ……」
「罰として第八巻の全てを読みなさい」
「えええ!?」
「朝までには終わらせなさい。できなければ、更に増やす」
「う、うぐぐぐ……やってやる。やってやろうじゃないのおおおお!」
……メリーシルバーが境地に達するのは、まだまだ先のようじゃな。
「はあ……やっと終わりましたわね」
「リファリス…………今回に限っては、心底お疲れ様って言うわ」
首だけ令嬢の言葉に、シスターが鼻白みおった。
「聞き捨てなりませんわね。毎回わたくしが苦労していないと、言外に言われている気がしましてよ?」
「リファリス、毎回楽しんでるじゃない……最後は」
首だけ令嬢に言い返せなかったシスターは、ぷいっと余所を向いてしまった。ううむ、珍しく可愛い反応じゃのう。
「それよりリファリス……また気配を感じるわよ?」
「ええええええ!?」
シスターにしては珍しく悲鳴に近い声を上げた。ううむ、悲鳴も可愛いのう。
「リ、リブラ、追い返して下さいまし!」
「そう言われても、相手は王女殿下で第一王位継承者よ? 私にはとてもとても」
「お姉様ああああああああ!」
「嫌ああ! 来てしまいましたわ! 来てしまいましたわああ!」
「リファリス、落ち着いて」
「お姉様ああああ! あの甘美なる死を! 私にあの尊き一撃を下さい! お姉様あああ!」
「リブラ、お願いだから、リブラ!」
「無茶言わないで!」
…………第一王位継承者が妙な趣味に目覚めてしまったようじゃな…………この国、大丈夫じゃろか。
明日は閑話です。