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風吹かばケムシーノっ!  作者: 大石次郎


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21/50

アクアマリンの首飾り 21

昨日途中になった続きです。

実験の結果、王家の血統の者を素体とすることで錬成が安定することが判明し、即座に見限られたナマンサの兄が実験に使われたが既に魂が『劣化』していた為にただの魔物になってしまい廃棄された。

人魚の王都までには手を出せない魔王軍はナマンサとその子供達を狙った。戦士として王都の外で戦っていたシリティアットは最初に捕えられたが既に第一世代の改造人魚として身体が機械化していて『不純物』が多いと判断され、錬成用にストックが少なくなっていたその他の人魚のリソースは使われずただ牢獄に繋がれ放置されることになった。


「酷い目にあったんッスね」

「わたしの苦労等、大したことじゃなかったよ。当時は若く英雄としてちやほやされていたから、勘違いしていた。ツケを払う時がきたんだよ」

「わかります私も生前、己を見誤り、死にきれずにこうしています」

「そうかい・・・死に場所を見失うと辛いね」

シリティアットとロスエールは互いの過ぎた永過ぎた時間を労っているようだった。


魔王軍は次に当時のバテラ海賊団を強襲した。バテラ一世とナマンサは必死に抵抗したが当時のバテラ海賊団はほぼ壊滅し、ナマンサはバテラ一世を庇って魔王軍の者に殺害され、次女のネッサと長男が連れ去られた。長男の錬成は長男が強く抵抗したこともあって難航したが、次女ネッサの錬成は成功した。だが成功直後、魔王軍のこれ以上の勢力拡大に懸念を抱いたコボルト達が密かにネッサの脱出を手引きし、人造の王となったネッサは転送者にも行き先の知れぬ形でただ遠方へと転送され逃された。


「おおっ、ネッサ逃げたぁっ! やったじゃんか。コボルトの祖先やるじゃん」

「まぁね。でもかなり無理のある転送だったらしく、逃れた先でネッサ姉さんは記憶も人魚としての姿も失っていたようだね。そのまま人間の娘として暮らせたら幸せだったかもしれない・・・」

「しかし勇者と出会ってしまうんですね」

「そこからは勇者の伝説の中で有名ッスね」

シリティアットは苦笑した。

「ネッサ姉さんは英雄達の中でも人気があったみたいで随分話に尾ひれが付いてしまっている気はするけどね」


勇者ナオミと出会ったネッサは幾多の冒険の経て、記憶と人造の人魚の王としての力を取り戻し、この海で行われた魔王軍海魔兵団との最後の戦いに参戦することになる。


「で、ここで死んじゃって拗ねちゃって、魂ごとお宝と一緒に洞窟に引き籠っちゃったんでしょ?」

ニカ、言い方っ!

「まぁね。ネッサ姉さんはきっと心を痛めたんだよ。魂が磨り減る程にね。あの戦いで結局改造されて人造の人魚王に変えられ洗脳された兄さんを倒すことになったり、当時の人魚の女王や国民達に受け入れてもらえなかったり、戦いに参戦してくれた父さんとも上手く和解できなかったんだ」

「バテラ一世とも揉めたんッスか?」

「父さんは復讐に取り憑かれていたからね。わたしも父さん達からすると生死不明だった。情けないことにわたしが霧の谷の牢獄から救出されたのはネッサ姉さんが亡くなるほんの少し前で、全て手遅れだった・・・」

奇妙な姿はしていたが老人にしては血色の良かったシリティアットは急速に衰えて萎んだように見えた。

「運命は抗い難いものです。シリティアット様」

「・・・そうだね。だが、一番ネッサ姉さんの心を深く傷付けていたのは、どうもこの海にたどり着く前に旅の仲間で恋人だった男性を魔王軍の手の者に殺されてしまったようで、それが一番堪えたのかもしれない」

「それだーっ!!」

「え?」

俺の大声でシリティアットを驚かせてしまった。

「あ、すいません。いやあの、これですっ! これこれっ、この帽子っ!」

俺は帽子を触手で取って掲げてみせた。

「ああ、つむじ風の帽子だね。その交際していたという方が被っていたらしいのは聞いているが、詳しい話は聞けてないよ。姉さんとはロクに話す間がなかったし、ナオミ様達からもかなり酷い最後だったらしいその人物の話は詳しくは聞けなかった」

「そうッスか・・・でもこれでようやくハッキリと話が繋がった気がします。俺はこの帽子に導かれてこのクエストに臨むことになったんで」

「そうか、ネッサ姉さんが・・・せめて恋を知ってくれたことは救いだったのかもしれない。例え悲しい結末であったとしても」

俺とシリティアットがしんみりしていると、不意にロスエールがシュルっと腕を伸ばしてつむじ風の帽子を俺から取って自分の仮面の前に持っていった。

「ロスエール?」

「よりハッキリさせてみましょうか?」

「え?」

「船の中では頓挫しましたが『先輩召還大作戦』を再び行うのです。ニカッ! 出番ですっ!!」

「バッチ来ーいっ!」

ニカはマグネットタクトを構え、ロスエールの手から離れたつむじ風の帽子を中空に固定させた。

「アカネっ! 火事になるといけないで物を端に退けて下さいっ」

「あいよっ! シリティアット様退けちゃうよ?」

聞きながらもうドサドサと片付け始めるアカネ。

「ああ元々散らかしてしまったからいいよ。しかし呼び出せるのかい?」

「呼び出せますともっ、私の『屍鬼召還』でっ!」

「いやだから『屍鬼』なのかな? 俺の先輩」

「ここは『ガンガンいこうぜっ!』で攻めましょうっ! 出でよケム彦の先輩さんっ!! ええ~、ソバ・ツーさんでしたっけ?」

「アヴァ・スーだよ、全部間違ってるからね?」

「出でよアヴァ・スーっ!!」

ロスエールは鬼火を紫に変色させ、燃え上がらせ、つむじ風の帽子に放ったっ! ・・・え? 燃しちゃうの?


ゴォオオっ!!!


燃え上がるつむじ風の帽子っ! と、帽子から炎を引き剥がすようにして人型の影が飛び出してきた。アヴァ・スーだっ! 夢じゃなかったっ。

「アチチチっ!! ちょっ、待てよっ?! お前らっ、取り敢えずっ!」

気絶している時に見た姿より透けて見えるアヴァ・スーが片手を上げると一陣の風が吹いて部屋の四方に印が印され、部屋全体が結界に閉じられた。

「おや? 用心深いんだね」

感心するシリティアット。

「いや、結構狙われているから、というか気持ち悪っ、うう・・・」

透けた姿のままうずくまってしまうアヴァ・スー。

「先輩の具合が悪そうですよ? ケム彦」

「いや、そう言われても」

「話に聞いたよりイケメンだな」

「何? アカネ人間萌えなの? 変態だねっ」

「違うしっ、萌えてないしっ!」

「あの、大丈夫ッスか?」

恐る恐る近付いてみた。この透けた姿だと草木系の香水の匂いはしないもんだな。

「大丈夫では・・・無いっ、俺はアンデッドじゃないよ? 死人ではあるが、今は風のエレメントみたいなもんなんだ。聖水かなんか、浄化系のアイテム持ってる?」

「あ、ハイ。サーセン、すぐやるんでっ」

俺は慌てて一応持ってた聖水を背負い鞄から取り戻すと蓋を開けてザバっとアヴァ・スーにぶっかけてみた。


シュウウウ・・・


アヴァ・スーは煌めいて、少し実体が濃くなった。

「助かった。危うく俺ではない『ナニカ』に変えられるところだったぜ」

「すいません、いけると思ったんですが」

「ボク悪くないよ」

「あたし、部屋片付けただけっ」

「まぁ、いいさ。・・・改めて、シリティアット君、アヴァ・スーだ。お姉さんと付き合っていたんだ。短い間になってしまったけど」

アヴァ・スーは聖水で濡れた髪を掻き揚げながら引き締めた表情でシリティアットに向き直った。よくこの流れで即座にイケメンムーヴできるな、パイセン。

「貴方が・・・アヴァ・スーさん、私が不甲斐ないばかりにこの時代まで尾を引くことになってしまい、申し訳ないです」

「いや、俺の方こそ力が足りなかった。ネッサを苦しめてしまった」

「一体何があったのか、詳しく聞かせてくれないッスか?」

「そうだな、あまり長く外に出てられないから手短に話そう。俺は、現在は『遺骸』の姿で『棘の巣』に君臨している当時の魔王軍鳥魔兵団の魔将マキコに殺された。正確には俺が殺された当時はまだ魔将になる前だったが、そこはまぁいい。とにかく俺は一緒に拉致されたネッサの目の前で三日三晩拷問されて最後は帽子ごと擂り潰されて殺された」

アヴァ・スーは苦々しく語りだした。

「マキコは真性のサディストのクソ女だったが、勇者ナオミに異常に執着していた。だがナオミは力も精神も強靭過ぎてマキコじゃ敵わなかった。だから当時のナオミの仲間の中ではサポート型で力の劣っていた俺と、力はあっても繊細で気が弱くヤツからすると上手い具合に俺と付き合っていたネッサが狙われたんだ。仲間を苦しめることで間接的にナオミを苦しめ、ナオミに憎まれることでナオミもまた自分に執着させようとしたんだろう」

「ええ~っ?」

「そのようなことに・・・姉さんが不安定になってしまったのも仕方なかったんですね」

「キモい女」

「でもボク、ちょっとわかるかも?」

「わかるのかよっ」

「恐ろしい悪魔に目を付けられてしまったんですね」

透けた姿のアヴァ・スーはため息を吐いた。

「ヤツは人の『嘆き』が大好物だ。俺がケム彦に帽子を託すまで調べた限りではヤツは棘の巣の手下どもに世界中から嘆きを集めさせて、もうかなりナオミに滅ぼされた身体を再生しつつあった。もう一押し、『御馳走』を求めてるんだろう」

「それでまた貴方と姉さんの魂は狙われているんですね。外道めっ」

シリティアットは半分機械の身体を怒りに震わせた。今は温厚そうでも元々は人魚の戦士だったんだもんな。

「あの時の処刑を再現してまた味わい、復活するつもりなんだろう。それは避けたい。だが、ネッサの魂も放っておけない」

「俺達何かで対処出来るんッスかね?」

「出来るさ。海龍王の牙の加工のアイディアもよかったし、それにヤツは俺がある程度自由が利く状態で存在していることにまだ気付いていないはずだ。借りは返すさ・・・」

アヴァ・スーの決意は固いようだった。

「ヤツの『凶眼』で見通されるリスクがある。俺はそろそろ帽子の中に戻るよ。色々大変だろうが、ケム彦。それからケム彦の旅の仲間達も。よろしく頼む」

アヴァ・スーは俺と、仲間達、それからシリティアットに一礼して風と共に少し焦げ付いたつむじ風の帽子に戻っていった。彼が帽子に戻ると焦げ付きも消え去った。合わせて部屋の結界も搔き消えた。

「わたしからもよろしく頼む、ケム彦。どうか姉さんの魂を救い、守ってほしい。わたしも決着を着けるその時には加勢させてもらうよ」

「うッス。俺もやる時はやりますよ?」

床に落ちたままのつむじ風の帽子を触手で拾い、被り直しながら、俺は言ってみせた。

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