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風吹かばケムシーノっ!  作者: 大石次郎


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アクアマリンの首飾り 12

「ノブアキと殺り合ったってのはお前達か?」

 案外若い砦のコボルト族の首領イザは、いつの時代から使われてるのかわからない程古めかしい玉座に座ったまま俺達に言った。レベルは29前後、クラスは『コボルトロード』だろうなぁ。

「殺り合ったって程じゃない、慌てて逃げただけだ」

「私は危うく仕止められるところでした」

「次は殺ってんよっ、あんのっ鯛野郎っ!」

 俺、ロスエール、アカネは口々に言った。キキョウはイザを前に片膝をついて頭を垂れていた。ニカはイザの元に来る前に砦の医者に預けた。

「ふん、まあいい。金を稼ぎたいそうだな?」

「できれば砦の中の入り口から」

 俺が言いかけると、イザは片手を上げて制した。

「ちまちま洞窟で素材系守護モンスターを狩るのはまだるっこしいな。どうだ、一つ俺の話に乗らないか?」

 イザは不敵な笑みを浮かべた。

「それは『話』によるな」

「簡単な『話』だ。ノブアキを殺そう」

 夕飯はパスタにしよう、ぐらいの気軽さでイザは言ってきた。


 300年程前、『虹の回廊の洞窟』の地下2階以下は近海の人魚達の縄張りだったが、地上1階と地下1階は砦のコボルトの縄張りだった。いやむしろそこに棲んでいた。現在拠点にしている岩場の砦は当時は食用モンスターの牧場と外部の者達との簡易な交渉交易施設としてのみ使われていたという。だが、その時代の砦のコボルト族は直参ではないが時流もあり、魔王軍の傘下に入っていた為、運悪くこの地を訪れた勇者とその仲間達と抗争になり、敗れ、洞窟から追い出されていた。さらに近海での海魔兵団との抗争で勇者の仲間だった虹鱗のネッサが戦死するとその遺品の『アクアマリンの首飾り』と共に地下1階以下全て、そして地上1階も砦の敷地内の入り口近くのコボルト族の結界のあるエリア除いて全て封印されてしまっていた。

 やがて魔王が勇者に倒され、魔王軍は解散。上役として厄介だったという生き残りの上位の魔族達は魔界に追放され、勇者ナオミも元の世界に帰り、好戦的なヤツが多かった勇者の仲間達も多くは戦死し、各地の残存のモンスター達と人間との和睦ムードの中、洞窟から追い出さられた後は一族離散状態だったコボルト達は少しずつ現在の砦がある場所に集まり、100年以上掛けて今の砦と砦の後方の居住区と荒れ放題だった洞窟地上1階の侵入可能エリアの再整備を成し遂げていた。

 ようやく安住に地を手入れたコボルト達はそれから200年余り、少なくとも一族が危機に晒されるような大きなトラブルは無く暮らしていたが、突如一月程前に洞窟の封印は解け、高まった洞窟の力で過剰繁殖した知性の低下した守護モンスター達が砦の中の入り口からも溢れて最初は相応の被害が出たという。すぐに入り口の守りは固められ、開いた内部の調査も始まり、繰り返し情報提供を求める近隣の冒険者協会やモンスター集落やまともに集落も持ってない地回り連中への説明等も行っていたが、間を置かず、これまで互いに無視する関係を保っていた近海の人魚達が一方的に洞窟の占有権を宣言し、その上全く関係も無いようようなバテラ一味まで洞窟に乗り込んできて事態は混沌としたものになった。

 バテラ一味との交渉は結局決裂。加えて一味の頭バテラ3世とは別行動だった、北西の入り江に陣取るバテラ一味の先々代バテラ1世の側近ウニ蔵が諸々の交渉を金で取り纏め、手勢を率いて洞窟に突入してくるのも時間の問題。そのタイミングでのこのこ現れた俺達が、上手い具合に幹部の一人ノブアキの注意をこれまで姿を現さなかった地上1階に向けさせた。これが砦のコボルト周りの今の状況だった。


「砦の敷地は限られている、農地は少ないんだ。新鮮さを求められる食用ハーブや、運搬し辛い苺等のフルーツをあの辺りで育てている」

 砦の廊下を歩きながら、居住区の向こうに見える農地を示すキキョウ。居住区側に壁は無く、柵と柱だけだった。強風の時はこの通路は使わないという。

「岩場の土地の土壌改良に、先祖は苦労したそうだ」

「他の農産品は? 交換貿易でもしているのかい?」

 積木を組んだようなどれも同じような街並みを見下ろしながら聞いた。

「それもしているが、北の山地とその周囲にオーク族の領地がある。そこを借りている」

「あんな粗暴な豚野郎どもと交渉できんの?」

 口悪いアカネに僅かに苦笑するキキョウ。

「連中は大食いな上に出生率も高い。その上、計画的な農業が苦手だ。奴らの食糧も作る条件で借りてる。それでも足りないから連中は年中『口べらし』をしているがな」

 世界中の傭兵業界と重労働現場にオーク族はいる。連中は頑丈だが、最大の特徴は『自他の死に関心が薄い』ことだろう。アカネは暫く脱線してオーク族の悪口を言い続け、ロスエールが「アカネ、言い過ぎです。個々を見れば気の良い者もいます」それを嗜めていた。


 病室のニカは小さな魔方陣の描かれた台座の上に置かれた玩具の様な小人族用のベッドに寝かされていた。俺は小さいのでロスエールに体を持ってもらい、ニカを寝る台座を見ていた。連れてくるまではずっと苦し気だった表情はだいぶ落ち着いていた。だが、ニカの背の羽が見当たらない。

「ニカの羽は?」

「剥いたのかよ?」

「剥かないよ」

 コボルトの魔法医は呆れたようにアカネを見た。

「抵抗が無ければ簡単な術式で羽は消せる。普段も寝る時は消してるだろう?」

「消して寝てるとこ見たことねーわ」

「俺もだ。いつも居眠りしてるけど」

「私のローブの袂で寝る時はいつも消していますよ。布に掛かって痛いそうです」

「『痛い』のはご褒美なんだろ?」

「気分や基準があるでしょうからねぇ」

 ニカはONとOFFがあるようだしな。

「先生、どれくらいで回復しそうですか?」

「傷や体力は回復した。『自蝕』も収まってはいる。だが、ペインアミュレットがね」

 ニカの左腕のペインアミュレットは未だに怪しい光を微かに放っていた。

「私も気になっていた。その子のアミュレットには『血晶石』が二つ使ってある」

 黙って見ていたキキョウが言い出した。

「血晶石? 犬っころ、解説しろ。5秒でなっ」

 キキョウと魔法医までアカネに苦笑した。俺も知らなかったが、見も蓋も無い。

「ペインアミュレットに固有の特性を持たせる霊石だ。自分、または獲物、あるいはその両方の痛みの血と宝石を合成して作る。普通、一つアミュレットに付与する特性は『一つ』だから血晶石も一つ。だだこの子のアミュレットには『二つ』の血晶石が使われている」

 俺達は改めて小さなニカの左腕のペインアミュレットを見た。確かに『ダイヤモンド』と『ムーンストーン』の二つの宝石が使われていた。

「私が診た限り、ダイヤモンドの血晶石には何かを『思い出し続ける』特性が、ムーンストーンには『強く押し止める』特性が与えられている」

 魔法医は自分の顎髭を触りながら言った。ダイヤモンドの特性は以前本人から聞いた通りだけど、ムーンストーンの特性は聞いてない。『押し止める』? 何を?

「このお嬢さんのレベルは13程度だね? レベル10を越えたバッドピクシーは稀に『クラスフォーリンダウン』する。気を付けた方がいい」

 クラスフォーリンダウン、上位の『魔』に変異して強制的に地上から追放される負のクラスUPだ。人間を含め、全ての種族で発生する確率はあるにはある。しかしニカが・・・

「この変態ボクっ子チビが? 大袈裟だろ? 髭っ!」

「髭っ?」

 アカネに戸惑う魔法医。

「我々は明後日にはもう一度、洞窟に突入せねばなりません。それまでにニカは回復できそうですか?」

「無理だね。ペインアミュレットの安定化にはあと5日は必要だ。無理を起こすとまたすぐ『自蝕』を起こすだろう」

「ニカ、ダメか」

 俺は呟き、アカネとロスエールも眠り続けるニカを見詰めた。

「『ノブアキ』は隙を見せた相手を見逃さない。私の仲間も奴らが来た初期に交戦して思い知らされた。前回、ニカは狙われたんだろう? 相性は明らかに悪い。無理に参戦させない方が、この子の為だ。それに状況が混乱すると一瞬で全滅に追い込まれる可能性もある。ヤツは『ベッカー』も使うからな」

「鯛野郎、あれより速くなるのかよっ?」

「厄介ですね」

「ニカは置いてゆこう。先生、治療を頼みます」

「ああ、医者だからね。頼まれなくても治すよ」

 顎髭のコボルト族の魔法医はそう応えた。


 業者に回収してもらった大アミキリから取れた素材類は総額2000万ゼム余りにもなったが、業者と業者を手配したキキョウに手数料を取られ、俺達に支払われたのは800万ゼム程だった。「半分以上持ってかれたっ!」とアカネは大騒ぎしたが、回収と取り引きが成立しただけでもまだマシな方だ。俺とロスエールの二人掛かりでなんとか宥めて納得させた。ニカの治療費や滞在費は首領が保障してくれたので、各自のポケットマネーを除けば俺達の所持金はおよそ1100万ゼムっ! 美味い食パンが1斤で100ゼムだぜ? 結構な財産だ。俺達は早速、そのまま俺達の世話役を首領に申し付けられたキキョウに立て替えてもらった200万ゼムを霧の谷の長老ハツの元に送金してもらった。残りおよそ900万ゼムか、アカネの武器は殆ど壊れたし、どうすっかなぁ。

「取り敢えず取ってもらった宿に戻りませんか? クラスUPして実体がハッキリした分、妙に体の疲れまでハッキリしてしまって」

「あたしも腹減った。宿いこうぜ? 帽子っ!」

「そういや、疲れたな。行こう」

 俺達は素材の買取り店のあった商店の並ぶ通りから、キキョウに教わっていた宿の方に向かい始めた。

「ケム彦、上手くゆきますかね? 首領の作戦」

「うーん」

「あれ作戦っていう程じゃないよロスさん」

 イザの『作戦』は確かにシンプルだった。重要な点は3つ。1、砦の中の入り口付近のコボルトのテリトリーの深部にはコボルト族の歴代の首領や功績のある者とその血族の墓があり、そこを守護モンスターの大型個体に乗っ取られている。2、テリトリー深部とテリトリー『外』の洞窟地上1階は現在繋がった状態にあり、その通路はバテラ一味に押さえられ見張りが常駐しており『墓』で騒ぎが起こるとすぐにバレる。連中はコボルトが墓の奪還にかかるとこれまで必ず邪魔をしてきた。理由は襲うのに有利なことと、墓の奪還の『容認』自体を連中が交渉カードにしている為。3、俺達と交戦後、ノブアキが地上1階をウロついているのは確認済み。バテラ一味内の内通者によればバテラ一味内ではバテラ3世派と先々代のバテラ1世派で軋轢があり、1世派筆頭のウニ蔵が『後出し』で洞窟で乗り込むのをバテラ3世は嫌っており、3世の側近のノブアキは一味内のパワーバランスを保つ為、手柄を立てる必要に迫られている。騒動が起これば、ヤツは必ず、来る!

「レベル15の『助っ人』もいるんだろ? 手の内も大体わかったし、あんな鯛野郎っ、余裕っしょ!」

 楽天的なアカネ。見事ノブアキを打ち取ればコボルト軍が突入時に相当する守護モンスターの素材売却益の4割が支払われるという。だがなぁ、その助っ人もどんなヤツかまだ紹介されてないし、俺は妙に悲観的な気分になってきた。こういう時、悪い予感は大体当たるんだよ。

「なるようにしかなりませんよ、ケム彦」

「そりゃそうだけどさ」

 浮かない気分で宿へと進んだが、それにしてもこの居住区! 改めて間近で見るとどれもこれも似たような建物ばかり。連中自身はわかり難いらしく、建物の出入り口近くの壁には『内容版』と呼ばれる建物の使用目的の書かれた板が貼られていた。街のコボルト達も似たような制服とも軍服ともつかない服装で、やはり見分けがつかないのか全員左胸に『内容証』という名前から生年月日、性別、職業、出身区画、略歴、個体識別番号等が全て書かれた大きな札を付けていた。コボルト族は基本的に管理主義だが、この砦は徹底している。区画も整備され過ぎて逆に迷路のようだ。

「こいつらの胸のヤツ、明け透け過ぎねぇか? 別に知りたくないのに全部書かれてるぜ」

「文化や種族の気風が違うのでしょう」

「地図が無いと5分で迷う自信がある」

 そんなことを話しながらパッと見は他の建物と区別がつかない、目当ての宿に着いた。中へ入ろうとして、俺は不意に寒気を感じ、頭上を見た。青い影が高速で急降下してきた! 咄嗟に飛び退く。ドォーンッ! そいつは寸前まで俺のいた宿の前の石畳を『滑空突き』で砕き、すぐに近くの酒場の見落としそうな程簡素な看板の上に飛び上がり止まった。

「相変わらず避けるのが上手いじゃねぇか? 虫野郎ッ! ゲヘヘッ!!」

「なんだテメェ?っ! 鳥っ! やんのかコラァっ、降りてこいゴラァっ!!」

俺よりムキになるアカネ。

「お知り合いですか?」

「そんないいもんじゃない」

 ヤツから視線を外さず俺はロスエールに答えた。周囲に人だかりができ始めていた。ヤツが殺しに来る時、人目の無い場所を選ぶ。この状況はおかしい。

「なんのつもりだ、クロベエっ!」

「あのイザとかいうコボルトの頭から聞いてねぇのか? ああっ? 助っ人だよ、助っ人ッ! この、俺様がっ! テメェらクソ虫どもに協力してやるぜっ!! ギャハハハハハッ!!!」

 唾を散らして笑うクロベエ。予感的中だ。俺はこの任務で始めて、今、この場で故郷の森に帰りたくなった。

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