表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異形の戦士  作者: 樹 雅
外伝 ~七夕の客人~
62/72

外伝 ~七夕の客人~ 第8話



 黒髪ののぞみが笑っている。



 デニムの上着にデニムのロングスカート。そして、足元はなぜか編み上げのごついブーツである。



 笑ったものだった。


 笑った? いつ? どこで?


 疑問に思うが、笑ったと知っていた。


 紅の髪のほむらが、右手に紅の刀身を持つカタナを持っている。振り回すだびに、焔が翻っていた。

 ウツロウモノにたいして一歩も退かない姿は、感動を受けたものである。



 ウツロウモノ?



 知っていた。



 人にあらざる人を喰らうもの。



 飢えと言う欲望を満たすために、ただそれだけのために人を喰らうものだった。


 ほむらとウツロウモノの非常識な戦いを見ていた事がある。

 ほむらが嬉しそうに、口付けをしていた。

 のぞみが顔を赤くして、跳び下がっていた。



 そして……。



(どうなった?)



 疑問が浮かんでくる。



 忘れていた記憶なのか。それとも、ただの願望なのか。

 ほむらに言った言葉。


『俺の名を取れ。おまえは……』


 嬉しそうにほむらが笑う。


(なんだ……これは……)


 記憶とは違うはずだった。覚えていない事を知っている。知っているから、疑問に思うのだった。


 ほむらが口を開く。


「涼。寝ておったのではあるまいな」


 目をしばたたかせて涼は、ほむらを見ていた。ブラウスにサマージャケットを羽織ったほむらが、目の前に立っている。


「……着替えたのか……」


「何を寝ぼけた事を抜かしておる」


「?」


 ガードレールに腰を預けていた涼は、じっとほむらの顔を見て、不思議そうに首を傾げていた。


「白昼夢でも見ておったか?」


「白昼夢……?」


 呟くと同時に考え込んでしまう涼を、ほむらはため息をついて見ている。そして、何を思ったのか、涼の手を引いて立ち上がらせると、唇を重ねていた。


 白昼、それも人通りのあるところである。


 通行人からは、野次と喝采が湧き上がっていた。中には口笛まで聞こえてきた。


「ばっ……なっ……」


 言葉ならない声で、涼は慌ててほむらを引き剥がしていた。対してほむらは、ニッコリと笑って言う。


「戻ってきたか、愚か者め」


 何も答えられなかった。考える事さえ思い浮かばない。


「世話のかかる客人よの。ぬしは」


 ほむらの呆れたような声に、涼は大きく息を吐いていた。


「おまえ、ほむらだよな」


 返ってきたのは、無言で涼の耳を引っ張って行く事である。


「いつつつ……耳を引っ張るな」


 抗議を無視してほむらは、どんどん引っ張って行った。やがて公園に足を踏み入れたほむらは、無言で水道を示した。


「何だ?」


 そう言う涼に、ほむらは実力行使に出る。


 蛇口を捻り、流れ落ちる流水に涼の頭を突っ込ませた。


「うわっぶ……ちょっ、ちょっと待て、ほむら」


 七月だから良いものの、これが冬場であれば冷たいだけでは、済まされなかったはずである。


「何すんだ!」


 頭から滴を垂らした涼が叫んだ。


「目が覚めたか、ぬしよ」


 声の調子が落ちている事に、気が付かなかった事が涼の敗因である。


「目が覚めたかじゃねぇ!」


「ぬしは我といて楽しくあらぬか。我の言葉は届かぬのか」


 少し顔を伏せて静に言うほむらに、涼は戸惑った。こんなにしおらしいと、言うべき姿は初めて見る。豪快で口が悪く……?


「あれ?」


 何を勘違いしているのか、分からなくなった。


 ただ、眼の前のほむらは毅然と顔を上げて、真っ直ぐ射抜くような瞳を見せていた姿しか思い浮かばない。だから、今の態度は想像がつかなかった。


 おかしなものを見たと言う思いが、涼を戸惑わせて言葉を発せなくしている。


「ぬしは……」


 濡れそぼった涼の頬に片手を添えていた。


「我をどう……」


 続く言葉が出てこない。


 ほむらは自分が、何を言おうとしていたのか気がつき、眼を見張って手を下ろしてしまった。


(なぜ、こうも心が騒ぐのだ……我は狂っておるのか……)


 七夕だけ存在。七夕だけの間柄であるはずなのに、人ではないはずなのに、ほむらはそれを惜しく思い始めている事に気がついてしまう。


 その事に、戸惑い、迷い始めていた。


(我は人にあらず。我は七夕だけの……存在……なぜ、われが……)


 胸が締め付けられる。

 苦しいと感じていた。


「ぬしよ。我はなぜ、こうも苦しいのであろう……」


 顔を上げて、涼を見るほむらの紅の瞳が濡れている。


 言葉が返せなかった。


 人にあらぬものが、揺るがない瞳を持つものが、こんな顔をするとは反則である。これでは、人そのものではないか。


 ほむらのこんな顔を見るのは、二度目だった。


 伸ばしかけた涼の手が止まる。


(二度……目?)



 知っていた。



 一度だけこんな顔を見た事があると、知っている。


 忘れていた事を、思い出したとは違う感覚だった。しいて言えば、覚えが無いのに知っていると言う事である。


(な、ぜ…)


「ぬしは、おかしな客人であるな……我がこのように感じるとは……」


 ほむらの声が、遠くに聞こえているようだった。


 固まってしまった涼に、ほむらは怪訝そうに首を傾げて見ている。そして、両肩に手をおいて、覗き込むように顔を近づけた。


「どうした?」


「俺は……何を忘れている……」


「涼?」


 身体が震えそうになる。


「俺は……何を知っている……」


 心臓を鷲掴みされるような恐怖が、知らないはずの事を知っている恐ろしさが、身体を硬直させかけた。

 こんな恐怖と恐ろしささえ、知っていたのである。


 思わず涼は、ほむらを抱きしめていた。


 砕けそうになる心を、ほむらに繋ぎとめて欲しかったのかもしれない。


「わっ、なっ……」


 突然の事にほむららしくなく、慌ててバタついてしまった。


「すまん……砕けそうだ……」


 涼の言葉から何かを感じたのか、ほむらはバタつかせていた手足を静め、涼の背に腕を回して抱きしめる。


「ぬしは砕けぬよ。ぬしは客人。七夕の結末を見定めねばならぬ」


 優しい声音で、ほむらは涼に語りかけていた。


「我がほむらであるように、ぬしは神野涼であろう。他の誰でもなく」


 その声音と言葉が、震える心が落ち着かせていく。同時に、腕の中にある女の身体を意識してしまった。


「すまん。もう大丈夫だ」


 離れようとする涼を、ほむらは離さずにじっと見つめる。真っ直ぐ揺るがずに射抜くような瞳は、ほむらそのものを現しているようだった。


「ぬしは、いずれわかるであろう。その時、どうするかはぬししだい。我はぬしがどう行動しても後悔はせぬ。ぬしが示すままにしよう」


 予言めいた事を言われても、理解できなければ意味はない。

 が、一つだけわかった事があった。



 いずれ、七夕の間に選択しなければならない時が来る。



 漠然とした不安が、涼の心に湧き上がって来た。


 それを気にし始めると、動けなくなると知ってる。だから涼は、不安を押し殺す事をせずに、内に秘めておく事にしていた。


「涼よ……」


 ふたたび、ほむらは涼の頬に片手を添える。


「我は人を喰らう人にあらぬもの……」


 呟くほむらに涼は、心臓が跳ねるのを感じた。それは恐怖からではないと知っていた。


「我は人にあらぬ。あらぬが……」


 困ったように、ほむらの紅の瞳が再び力を失っていた。


「我はぬしが、欲しいのだ」


 やると、言うべきではないとわかっていた。

 言うべき言葉は違う。


「俺が欲しいのなら、おまえの全てを差し出せ」


 ほむらの目が丸くなって行った。そして、ゆっくりと首を振る。


「それはできぬ。我は消滅する存在。ぬしと共に長くいられぬ」


「俺も同じだ。元々俺は、この地の者じゃない。七夕が終れば、この地を離れる。だから客人なんだろ」


「ぬしは、ヒドイな」


「どっちがだ。俺を振り回して、それで消えるか」


「我は七夕のみ存在しかあらぬ……」


 力のない言葉に、涼は言う。


「だから、何だ?」


「我は……」


 ほむらが涼に対して、好意と呼べるものを持ち始めているようだった。そして、涼もまたほむらに、好意以上のようなものを感じ始めている。


 肌を重ねて情が移ったとは違っていた。

 涼自身も信じられなかったが、自分の内に人にあらざるものに対して、恐怖を感じていない事が起因していると思える。


 知っていると言う事が恐いと思った事は、一度もいままで無かった、しかし、覚えがない事を知っている状況は、自分でも不自然だとわかっている。


 忘れたのか、それとも埋め込まれたのか、どちらにしろ涼はほむらや力のカケラが、どういう存在かを知っていた。

 確証は無かったが、ほぼ間違いが無いと思っている。それに知っている事は、それだけではなかった。



 自分の名が、何を示すのかも知っていた。



 それが七夕に対して有効なのかはわからないが、有効なら力のカケラが一つもなくてもどうにかなる。

 七夕に関して知らない事が多く、涼は自信が持てなかった。だからこそ、この状況が気に入らないのである。


 どうにかしたいと思っても、ほむらはほとんど何も知らないと言っても良かった。それ以外に七夕に関して知っている者にも、心当たりはないのである。


 残るは戦うと言う相手が現れるのを、待つしかないのかも知れなかった。


 話し合う余地があれば話し合えるが、話し合う余地がなければ戦うしかないと思っているし、その事は理解している。

 できれば、そんな事にならないようになって欲しいと思っている。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ