22.使いの者
学生寮が目の前に見えてきた。
「明日電話するね」
澪は笑顔でそう言うと、小さく手を振りながら学生寮の扉へと向かった。澪のベージュのコートが揺れ、ほんのりと故郷の香りを運んできた。
僕は、今来た道を逆に吉祥寺に向かって歩く。人通りは多い。でも、もう僕は孤独ではなかった。
そのとき、ふと前方に視線を感じた。
〈それ〉は、金髪を風になびかせながらそこに居た。まるでその周囲だけ雨が止んでいるかのように、〈それ〉は、金髪を風になびかせながらそこに居た。微笑みを浮かべながら、人の間を滑る様に、まるで人という物質を通り抜けるかのように、〈それ〉は近づいてきた。
〈それ〉は、肩まで届く金髪で青い瞳を持った褐色の肌の美しい顔立ちをしていた。男性にも女性にも見える。人間の美しい要素だけを集めて形にすると、ちょうど〈それ〉のように見えるのではないだろうか。
〈それ〉の身に着けた衣装は、全身がゆったりとした乳白色のもので、手首と足首の部分はバンドで締められている。生地は麻のようにも思えたが、もっと柔らかな素材で出来ているように見えた。首の部分は詰襟のようで、腰には幅の広い帯のようなほかの部分よりは多少茶色がかったベルトをしている。靴はトウシューズのような形をしており、やはり乳白色だった。
〈それ〉の持つ色彩の中で、一番鮮やかなのは吸い込まれるような青い瞳だった。
〈それ〉は大学生の僕の中にいた現在の僕をまっすぐ見ているように感じた。
それだけだった。
そのとき、空間が揺らいだ。
時を刻む音が止まった。
僕は会社へ向かう電車に乗る。内ポケットからくるみの懐中時計を出して文字盤を見る。6時を指している。
登場が早すぎないか……。つい、苦笑いが出る。
さっきの〈あれ〉こそが、山崎の言っていた“浮世離れした格好の人間”、中川冬美の言う“使いの人”なのだろう。
だとすれば、想像していたとおり僕にも同じ結末が用意されていることになる。
『思い出せ』
また、誰かがそう囁いているような気がした。




