20.Side Story4:「金色の懐中時計」
戦争が終わり新しい時代が生まれようとした頃、慎太郎は母を亡くした。
母は、慎太郎が予科練に入ることに猛烈に反対した。しかし、時代はそうではなかった。
娘4人に囲まれた慎太郎は上から2番目。母は唯一の男の子として、慎太郎を大事に育てた。しかし、時代は男児を戦争に差し出すことを望んだ。慎太郎も、自分は母を守るために生まれ、そのために死ぬのだと思っていた。
予科練とは海軍飛行予科練習生のことで、当時は日本全国にあり、慎太郎の住む大分県杵築市に隣接する宇佐市の宇佐海軍航空隊でも受け入れが行われていた。宇佐海軍航空隊は、もともとは、艦上爆撃機・艦上攻撃機の搭乗員と偵察員の訓練を行うことを目的としたものだったが、戦況の悪化とともに特攻隊員を育てる組織へと変容した。その中で予科練の練習生も短期間で特攻隊員としての教育を受け、特攻部隊へ組み込まれていった。
6月に17歳の誕生日を迎えた慎太郎は、すぐに志願し、宇佐の予科練に入隊した。
その年の3月、アメリカ軍空母の艦載機が大分市や宇佐市に爆弾を落としていった。それからは早かった。4月、5月にはB-29の編隊が襲来し、通常爆弾や焼夷弾を投下していった。杵築市からも、別府湾を隔てた対岸にある大分市が、まるで夕焼けのように赤く燃え上がり、その様子が夜通し見えていた。
そのうえ、艦載機のグラマンが、日出市や杵築市にも機銃掃射を行ない数人の死者が出たという話も聞こえてきた。
このままでは、いずれ自分の家族も空から殺されてしまう。慎太郎はそう思った。そうして、母を守るために予科練へ入ったのだ。
父は左目の視力がほとんどなかった。慎太郎が物心ついたときからそうであったため、その原因が生まれつきのものなのか、事故や病気によるものなのか聞いたことはなかった。だが、おかげで招集を免れていた。父がいて家族全員が一つ屋根の下で暮らしていることが奇跡のような時代だった。
母は、慎太郎が子供の頃から山菜採りや、きのこ採集、海岸での潮干狩りなどによく連れて行ってくれた。何が食べられ、何が美味しく、何が食べられないのか、母から全て教わった。そのような自然のことだけでなく、母は、俳句や詩などにも詳しかった。慎太郎に、時に切なく、時に滑稽な作者の心情が込められた作品について語って聞かせてくれた。そういう時の、穏やかな母の声が好きだった。
慎太郎の家族は、海を隔てて、燃え上がる大分市の明かりを見ていた。この戦争の行方を否応なく理解することになった。そして、日本の若い飛行機乗りたちに、どんな運命が待っているのか、それも知っていた。
そんな中での慎太郎の予科練への志願である。「母さんや家族を守るためだったら、命は惜しくないんだよ」と説得したときの、母の大粒の涙が忘れられなかった。
予科練では特乙飛という短期育成コースを志願し、早ければ6ヶ月後にはアメリカの航空母艦を目指して飛ぶことになる。飛行機の操縦もままならぬ素人同然の自分でも精神力と守りたいものさえあれば戦果を挙げられると思い込んでいた。思い込みながら訓練を受けていた8月、突然戦争が終わった。
父は仕事を探すために、杵築という田舎町から少しでも賑やかな街へ出ようと考えた。そこで、まだ焼け野原だった大分市ではなく、戦争被害のなかった別府市に家族全員で移り住むことに決め、そこで仕事を見つけた。
慎太郎も、教員免許を取得するために旧制高等学校へ進むことにした。母のように、言葉や自然を通して人の心に語りかける人にはなれないかもしれない。だが、すこしでも母のような在り方に近づきたいと思ったのだ。
慎太郎の旧制高校への進学が決まった時、母が町の時計屋で小さな懐中時計を買ってきた。金色の塗装が施された懐中時計である。
「予科練に行ったときにはどうなるかと思ったけれど、お前が戦地に征くこともなく、こうして進学してくれて嬉しいよ」
そのお祝いだと言いながら、その金色の懐中時計を慎太郎の手に握らせた。
「もう、死ぬための時間はいらないんだよ。これからは、生きるための時間を刻みなさい」
それから数年後、旧制高等学校は大学へと統合された。国も慎太郎も新しい時代を迎えようとしていた時、母が結核で亡くなった。
戦争は母の命を奪わなかったけれど、病は容赦なく母の命を奪っていった。
慎太郎は自分を責めた。
目の前に突きつけられた刃にのみ気を取られ、ゆっくりと近づいてくる病魔に気づくことができなかった。
慎太郎の家は、農家や漁師の親族に恵まれていたおかげで、後年語られるような深刻な食糧難には陥らなかった。それでも、食卓が満ち足りていたとは言いがたく、日々の食事は質素なものだった。
母はいつも「これも食べなさい」と言って、自分のおかずを慎太郎に差し出した。慎太郎がそれを美味しそうに食べると、母は満足そうな穏やかな笑みを浮かべていた。
母が少し痩せたのではないかと慎太郎が気づいたときには、すでに手遅れだった。
慎太郎は、自らの無分別さを呪った。
もっと母の栄養状態を気遣っていれば、結核を患うこともなかったかもしれない。
母の死は、大切なものの喪失と、人生の選択における深い後悔という、慎太郎自身も驚くほどの苦しみと衝撃をもたらした。
戦争さえ終わらなければ、自分が先に逝けたのだ。
そうすれば、こんな思いを味わうこともなかったのだ。
あるいは、もっと早く予科練に志願していれば……。
慎太郎にとっての母を守ることとは、母を先に失う悲しみから逃げることでもあったのだ。
慎太郎が結婚相手として選んだのは、同じ教員仲間であった。
慎太郎より6つ年下の、気が強く、細かい気配りが苦手な女性だ。
二度と母を失ったときのような気持ちを味わいたくない、そういった思いから、自分より長生きするだろう若い相手が良いと考えていた。
もう一つ、自分の情が深すぎる気質を、子供に引き継がせないようにとも考えた。子供には自分のように、悲しみが苦しみに変わるほどの強い感受性を持って欲しくないと願ったのだ。
人に感情移入しすぎない性格の相手であれば、自分の気質も薄まるのではないか。
そういった意味で、最適な伴侶だと思えた。
結婚後しばらくして、妻の職場に近いという理由から、別府を離れて国東で借家暮らしを始めた。
ほどなくして、娘と息子が誕生した。 その後、妻が以前から希望していた別府の高校への異動が叶い、息子が中学校に進学するタイミングで、別府の実家へ戻ることができたのだ。
今、息子は、高校一年生になる。子供の頃はもっと明るかったのだが、いつの頃からか、常に沈んだ空気を纏うようになった。もしかすると、自分の気質を受け継いでしまったのかもしれない。
ある日、慎太郎が庭に出ていたときに、ちょうど出かける息子とすれ違った。その時も、愁いにまで昇華しきれていない沈んだ表情をしていた。
「秀、お前は人生が楽しくないのか?じゃあ、もう死んでもいいんじゃないか?」
何だ、この言葉は?
慎太郎は自分の口から出て来た言葉が信じられなかった。
これは、母を失ったときに自分自身に向かって叫んでいたことではないか。
「親が、子供に言うセリフじゃないね」
驚いた表情もせず、秀はそう言うと続けた。
「そんな選択は、まだしないよ。こう見えて、未来に希望を持っていないわけじゃない」
「そうか。悪かった。つい、お前の覇気の無さにひどい言葉が出てしまった」
「いいよ。父さんにはそう見えてるんだろ?」
「いいや、昔の俺と似た雰囲気を感じたせいだろうな。すまん。お詫びにこれをやろう」
そう言うと、慎太郎はポケットから金色の懐中時計を出して、秀に差し出した。
「お前。腕時計をしょっちゅう無くすだろう?」
「そうだね。外食したりすると、店の中で外しちゃう癖があって、そのまま忘れちゃうんだ」
「これなら、首から鎖をかけて本体はポケットに入れておけばいい。外さないで済む」
「レトロな割に、派手な色だね」
「いつか、お前が何かと向き合うことになる時間があるかもしれない。それを計るために使うといい」
「抽象的だね。でも、不思議と心に響いたかな。ありがとう」
秀は懐中時計を受け取ると、無表情に出かけていった。
秀の後ろ姿を見送りながら、慎太郎は、まだ理解できないでいた、
なぜ、あんな言葉が自分の口から出てきたのだろう。
なぜ、母からもらった懐中時計をあんなにも自然に渡してしまったのだろう。
おそらく、遠い昔に不思議で特別な経験をしたような、おぼろげな残像のせいだ。
秀もまた自分と同じような、何かに直面するときが来るという無意識の予感のせいだ。 そのための手引として、あの時計を託したのではないだろうか。
ふと、慎太郎は庭に咲いた小さな花に目を留めた。 母がよく名前を教えてくれた花だった。 懐中時計を渡されたときの母の手の感触が、まだ残っている。
「生きる時間を、渡したんだな」
そう思った。
そうして、もう一度口に出してみた。
「いつか、お前が何かと向き合うことになる時間があるかもしれない。それを計るために使うといい」
目が潤んでくる。
その理由は思い出せない。




