真っ黒な独占欲
「リカリオ……聖女に私物で暖を与えてくれたことに礼を言う。後で洗って返させる。ただ、少し……なんと言うか。」
言葉を選びあぐねる。
何をどう伝えればいいのか、舌の上で形にならない。
聖女を気遣っているだけの隊員に、過剰な釘を刺すのは大人気ない。
だが、あの襟巻き――あれを人前で受け取り、首に巻く彼女の姿を見た瞬間、どうしても黙っていられなかった。
「衆目に、以前のような無用な誤解だけはさせないように頼む」
俺は結局、言葉を濁すようにそう告げた。
あの“赤と黒”の噂――聖女を巡るくだらない賭けや色めき立った話題が、再び広がるのは避けたい。
リカリオはアスティの直属だ。あの騒動を知らないはずがないから、伝わると思った。
だが、彼は一瞬なんのことか分からない顔をしたあと、あっけらかんと笑って破顔した。
「襟巻きのことなら、お嬢ちゃんの私物だそうですよ。私は儀式の間に預かってたのをお返ししただけです。ご本人にご確認くださればわかります」
「な……」
息が詰まる。
想定していなかった言葉だった。
あれが、彼女の私物?
だって、どう見ても男ものだ。布地も大きさも、彼女の細い肩には不釣り合いだった。
「私めが、お嬢ちゃんにご執心がどうかという事なら。どうかご心配なく。それこそダリオのような事はありませんよ」
さらりと名前を出されて、喉が詰まる。
軽い口調のまま、続く言葉にまた違う種類の苛立ちが湧く。
「今は立派なお姫さんでも、ガリガリの仔狸みたいな姿を見てきておりますからね……それに私は、殺し合えるほど強い女の方がよほどそそられます」
「やはり兵士は野蛮だ……そんなことは聞いていない」
思わず言い返した声が、いつもより少しだけ硬かった。
リカリオは苦笑まじりに手を上げ、肩を竦めて見せた。
「カイル様。あなたのお気に入りに手を出しませんからご安心を」
……お気に入り。
胸の奥で、何かが小さく弾けた。
どう思われてもいいと振る舞っていた。
皆に知られても構わないと、あえて隠そうともしなかった。
それでも――
こうして言葉にされると、まるで子供じみた嫉妬心を見透かされたようで、瞬間的に頭に血が上った。
喉まで何かが込み上げてきたが、結局、言葉にならなかった。
「……」
何も言えない。
リカリオは腕を組み、少し呆れたような目で俺を見た。
「貴方はね……それこそ。赤いのに走り抜けられないようにだけ気をつけていればよろしい。所詮、まだまだ小僧です」
淡々と告げ、まるで話はもう終わりだと言わんばかりに、彼は軽やかに騎士の礼をして背を向けた。
「それでは任務に戻ります」
その背中が遠ざかるのを、俺はただ黙って見送った。
胸の奥で何かがざらりと音を立てる。
悔しさでも、怒りでもなく――もっと鈍く、どうしようもないもの。
リカリオにそこまで聞けば、もう確信できた。
あの襟巻きは――セランのものだ。
あいつが、リシェリアに持たせていたのか。
この旅に出る前に、あの襟巻きを渡したのだろう。
まるで、見えないところでも彼女を包み込むように。
……胸の奥が、じくりと焼ける。
最近ようやく、城内ではそんなに二人でいる姿を見かけなくなっていた。
以前のように見せつけるように親しく並んで話す姿が目につかなくなって、正直、清々していた。
大樹の庭での作業も、作業面積が広くなったせいか以前ほど近くにいるわけでもない。
新しい第三者の作業人もいて二人きりなんてこともない。
俺の部屋から見える範囲では、きっちりと距離をあった。
あの降誕式を経て、セランもようやく身分の違いをわきまえるようになってくれたと思った。
……いや、思いたかっただけだ。
だが城を離れたとたん、またあいつの影が色濃くなった。
この旅の最中、リシェリアの言葉や仕草の端々に、過去の彼への情が滲む。
見えない糸が今も、彼女をあの男の方へと引き寄せている。
リシェリアの過去にこびりついて、俺の手の届かないところで生き続けている――その事実を、リカリオの一言で突きつけられた。
本当はわかっていた。
……リシェリアは少しも俺に靡いてない。
どれだけ傍で支え、導いてきても、彼女の心の芯は触れられていない。笑みの奥で、俺には届かぬ何かを思い続けている。
日課という名の雑談の義務をこなすことで、ようやく表層の会話はできるようになった。臆面もなく手を取り触れ続けたことで、警戒されない近しさも手に入れてきた。
それでも足りない。全然足りない。
心を掴めた手応えがない。
特に最近は、俺は彼女を公務の顔として整え、聖女として仕立て上げることにばかり意識を割いてきた。
政治的な見せ方に注力しすぎた。
人々の前で、聖女と祭祀官として完璧を保つ――それに満足しようとすらしていた。
でもそれだけでは、リシェリアは俺を見てくれない。
俺が得たのは、形だけの聖女の隣であって、彼女の心にはいかほども近づけてない。
リシェリアの心の前で、扉が開くのを待っているだけでは、だめだ。いる事にすら気付かれていない。
押し入ってでも、触れなければ。
彼女の祈りでも微笑みでもなく、もっと深く、触れた瞬間に逃げられないところへ――
あの銀の光が誰を映そうとも、俺を見ずに済ませることができないように。




