第七十八話 後悔するよりずっといい
「エイベルにボビン、メロスにヒンガー」
「こっちの女の子たちは、左からセーラ、ニジー、リリアン──他にもいるけど、それはまた今度」
アランは欠席。まあいたとしても、どーせ寝てるだけだが。
「よろしくね〜」
「分からないことがあれば、何でも訊いてね!」
「う、うん⋯よ、よろしく」
オレっちは、アレイムに親しいクラスメートの紹介をした。アレイムはオドオドしながらも皆と挨拶を交わし、少しホッとしたような表情を浮かべた。
クラスレベルが上がるということは、見知った顔との別れと新顔との出会いだ。特に親しい友人と同時期に上がれない者は、不安だと思う。
「アレイム、食堂に行こうぜ!」
基礎学科の四時間目が終わり、オレっちはアレイムに声を掛けた。
「⋯⋯うん」
アレイムの顔が少し引きつったのは、多分、無料メニューしか頼めないからだろう。
そこは心配ご無用!!
「これは、進級祝いってことで!」
オレっちは、アレイムの無料メニュー──ご飯と味噌汁だけのトレーの上に、玉子焼きと鳥魔獣の唐揚げを一皿づつ置いた。
「えっ!?そ、そんな、いいよ!」
「祝いだから!⋯⋯あっ、もしかして、玉子焼きと唐揚げは嫌いなのか!?」
しまった!好き嫌いを聞くのを忘れてた!玉子焼きと唐揚げは万人受けだとは思うが、世の中、食の好みは千差万別だからな!
「う、ううん⋯す、好きだよ」
「そっか。よかった!」
「タロス〜今日は〜うどんとの組み合わせなんだ〜珍しいね〜?」
「え~と⋯⋯なんとなく?」
エイベルの言う通り、オレっちの本日のランチメニューは、無料ご飯+素うどん。
オレっちの最近の昼食用予算は、大体、200〜500ベルビー。
オカズ持参の時もあるので、その時々でかーちゃんからもらう金額が違う。今日はオカズ無しなので500ベルビーを渡された。
アレイムにおごった玉子焼きは100ベルビー、鳥魔獣の唐揚げは200ベルビーなので、残りは200ベルビー。この金額だと、選べるメニューは少ない。その中で一番腹が膨れそうだったのが、200ベルビーの素うどんだったのだ。
炭水化物+炭水化物。前世ではよくあった組み合わせだけど。
「⋯⋯ボクの時は⋯進級祝いなんて⋯無かったのに⋯⋯」
向かいの席のヒンガーがブツブツとなんか言っているが、スルーした。お前は最初から牛魔獣丼(特盛・500ベルビー)頼める金持ちだから、必要ないだろ。
「学科は決めた?」
「⋯⋯ううん。まだなんだ⋯⋯」
「じゃあ、見学してみる?オレ、付き合うよ?」
エイベルたちは先に専門学科へと向かったが、オレっちはアレイムが気になるので、今日はダンス学科を休んでもいいと思っていた。レキュー先生も本業でしばらく来れないらしいし。
「⋯⋯早く家に帰らないといけないんだ。弟や妹の世話があるから⋯⋯」
異母弟と異母妹の世話までさせとんのか、あの後妻!!その上、ご飯まで食べさせないとは──許せん、絶対、許せん!!
力無く去るアレイムの神キノコ背を見送りながら、オレっちは決心した。
たとえ強引だとか他人への干渉が過ぎるとか言われても、スピード解決してみせると。何か起こった後で後悔するよりは、その方がいい──これも前世で学んだことだ。迷うな、タロス!!
◇◇◇◇◇
「かーちゃん、ちょっと訊きたいことがあるんだけど」
オレっちはご飯を椀に盛りながら、かーちゃんに話しかけた。
「なーに?」
かーちゃんは具だくさんの味噌汁を汁碗に入れながら、返事をする。
「獣神殿の保護施設って、どーやったら入れるもんなの?」
「⋯⋯」
コーン!カコーン!バシャ!!
かーちゃんが手に持っていたオタマと汁椀が、床に落下した。
「か、かーちゃん!?」
「タ、タロスは保護施設に入りたいの!?どうして!?」
涙目になったかーちゃんが、オレっちの頬袋を両手で挟んだ。そのまま上下左右にユサユサと振る。
「ち、違ッ⋯ボレじゃなぐで──」
めっちゃ、話しにくい!揺さんといて!!
「編入してきたエリンの子がいるんだけど、その子の背中に生えてるキノコが幾つか無くなってるんだ」
正確には、尻尾の方に生えてる小さいのだけど。
「昼食だって無料メニューだけだし、元気ないし⋯⋯だから、きっと何かあると思うんだ」
クズ実父とゴミ継母のコンビに搾取されてるんだよっ!!──って、叫びたいけど、それを言うと芋づる式に『なんで知ってるの?』ってことになるので、ガマン、ガマン。
「秋の大祭の時もケガをしたって誤魔化してたけど──本人が望んでキノコを採ったとは思えなくてさ」
「──母さんに任せなさい、タロス!」
再びかーちゃんに、頬袋を揺らされた。
「ギブュ!?」
かーちゃんが燃えていた。オレっちの頬をユサユサしながら。
「母さんの知り合いに頼んでみるわ!保護施設の職員さんだから調べてくれると思う!でも、それじゃあ時間がかかるから、その子を私と会わせて欲しいの。多分、自分から積極的に言えないと思うから!!」
「う、うん⋯⋯じゃあ、明日にでも連れてくるよ」
「私も明日は、仕事を早退させて頂くわ。幸い、重要な予定はないし!」
この展開は、予想してなかった。かーちゃんの反応がここまでスゴいとは。
前に視たステータス画面でかーちゃんが保護施設育ちってのは知ってたけど、この勢いは何だろう??
それはともかく、道は開けた。いや、強引に開通させたというべきか。
とにかく、決戦は明日!アレイムのことはかーちゃんに託す!それはけっして、丸投げではない!
⋯⋯でも、なんか心配だな。嫌な予感がする。
◇◇◇◇◇
「えー、突然だが皆に伝えておく事がある。昨日、編入してきたアレイム君が、突然、休学する事になった」
⋯⋯。
教壇に立つモブラン先生の姿が、なぜか遠くに見えた。
しかし、次の瞬間、オレっちは席から立ち上がり、自分の頬袋をパアンと両手で張った。隣の席のエイベルが、驚いている。
「ど、どうしたの〜、タロス〜!?」
「⋯⋯タロス君?」
突然席を立ち、頬を張る奇行種──ではなく、おかしなオレっちの行動に、クラスの皆が⋯アランまで、目を丸くしている。
「モブラン先生、アレイムの家はどこですか!?」