第四十話 ある人間の国の真実の愛の話➁
「王太子の名は、アルカス・リ・マリアベル。当時の王と王妃の一人息子だった。彼の祖父にあたる先王の庶子が多すぎていろいろ問題があったから、父王は側妃を娶らず、その結果、子供は彼だけだった。それが後々、問題となるのだけど」
確実な王位継承者であるアルカスの婚約者は、キーゼ侯爵家の末娘、コマレッタ・マ・キーゼ。物語では『悪役令嬢』となる役を担っている。
でもって、平民娘の名は、ガーシャ・フィーガ。平民でも元竜人である彼らは、先祖がその昔与えられていた加護名を姓として使っているのだそうな。
「王太子と平民娘──はっきり言って接点がない二人だけど、ガーシャは治癒のスキル持ちで、A級冒険者の娘だったんだよね。珍しい魔物素材の献上の際、王妃が冒険者の家族に興味を持って、その話の流れで父親が娘の話をしたんだ。人間の治癒スキル持ちは珍しい。実際、王宮の御典医は、加護人や小獣人ばかりだったらしいからね」
竜人時代には多かった治療系スキルは、加護が無くなった途端に、希少となった。いや、それだけじゃなくて、魔力の低下やスキル数の減少──それらが複合した結果、ウルドラム大陸NO.1の最弱種に転落してしまった。
どんだけ弱体化したのかと言うと──例えば、竜人のHP平均値(成人済)は、3000〜4000。MPは、2000〜3000ほどだと言われている。
それが人間に至っては、HPは、800〜1500、MPは、600〜1000程度しかない。
オレっちたち小獣人のHPが、1000〜2000、MPが、1500〜2500だから、それ以下となる。
さらに、追い討ちをかけるように、大陸一番の短命でもあるのだ。
人間の高位神官などは、ごく稀に200歳前後まで生きることもあるが、大半の者の平均寿命は、約150歳。竜人であった頃の三分の一以下でしかない。
「ガーシャは冒険者志望だった。彼の国のパーティーの治癒役は他国からの加護種がほとんどで、常に不足していたからね。でも、王妃は本人の意向を無視して、御典医メンバーに入れてしまった。そして、王太子が無謀にも馬魔獣に乗ろうとして、案の定振り落とされて怪我をした時、治療したのは彼女だった」
⋯⋯ザマァどころか、なんか違う。冒険者志望で、無理矢理、王家の医療チームに入れられ、運命の出会いとやらが、馬魔獣に乗ろうとしたバカ王子の治療からなんて──ホントに、ハッピーエンドの恋愛話なのか?
物語の熱心なファンであるカナリア女子の微妙な顔が、オレっちの心とシンクロする。
「ガーシャの治療を受けた王太子はね、真実の愛とやらに目覚めた。心配して駆けつけた婚約者、コマレッタ嬢にその場で婚約破棄を告げると、王と王妃に会い『彼女を正妃にしたい。彼女は、僕の運命の女性なんだ!』と言って、ごねた。これにはさすがの王妃も反対した。ガーシャは平民だ。側妃にさえなれない」
だよね。ガチガチの身分制度だもん。とはいえ、マリアベル王家の始まりは賢者様のニセ夫からだから、何が偉いのかはさっぱり解らんが。
「コマレッタ嬢との婚約破棄は決定済。しかも、王太子がしつこい。そこで、王も考えた。ガーシャを高位貴族の養女にすれば、体裁は整う。異母妹が嫁いだ公爵家にでも頼んでみるか、とね。結局、唯一人の我が子だから、王も甘いんだよね」
馬鹿な子ほど可愛い⋯ってやつね。でもそこはぶん殴ってでも、正気に返らせるべきでは?
「王妃は、最後まで反対していたらしいよ。彼女は、誰よりも我が息子のことを理解していたからね」
⋯⋯なんか含みのある言い方でんな。
「ガーシャがアルカス王子に対してどう思っていたのかは分からないけど、結婚して、やがて二人の間に王女が生まれた。ここまでが物語の話だね」
コマレッタ嬢はフツーに婚約破棄されただけで悪役令嬢になってないが、王子の恋愛暴走だけは、ストーリー通りだな。
「五年後、アルカス王子は、先王の病による急逝によって、王となった。それからさらに五年後、彼は再び、真実の愛に目覚めた。ビックリだよね」
キュ!?再び⋯だと!?
「相手は、さる伯爵家のご令嬢。デビュタントしたての少女だった。フザケてるよね」
モブラン先生にしては、辛辣な言い方。共感できるけど。
「つまり、一回目の真実の愛は、邪魔になったということだ。結婚して十年の間に王女しかできなかったこともあるけど、その間、側妃を二人娶って王子も生まれている。ただ今回は、彼的に真の真実の愛だから、王妃として娶りたかった──らしい」
では、ガーシャはどうなったのか。
めっちゃ粗くてツッコミどころ満載の『王妃の不貞』とやらで断罪されたという。とことんカスだな、この男。
ただ、よくある断頭台行きではなく、竜神聖教会の修道女にされたのだとか。竜神聖教会ってナニ?ああ、竜神殿とは対立してるから、教会なのね。
「冤罪とはいえ、相手は王だからね。罪が軽減されたのは、前王妃⋯皇太后が王を説得したからだ。彼女はこうなることを恐れていた。アルカスは、何事にも熱しやすくて冷めやすい。その上、色事にも弱かった。あと、夢中でやっていたことに飽きると、その間の記憶が抜けたように無関心になることが多く、皇太后は、ガーシャの行く末を予見していたのかもしれない」
なるほど。ダンナ王とは違い、息子の内面を正確に把握していたんだな。でも、そもそも貴女が御典医なんぞにしなければ、ガーシャは不幸にならなかったのでは?
しっかし、この男、カスはカスでも、サイコパスならぬサイコカスだったのか!
「でも、さすがの皇太后でも、その後のことは予見できてなかったけどね。二回目の真実の愛の相手である伯爵令嬢には、すでにメギラド侯爵家の長男という婚約者がいた。そして、かつての婚約者の家だったキーゼ侯爵家。さらには廃妃となったガーシャの養父となっていたジルガ公爵、最低限の公務しかしない王に不満だった大臣たち、何よりも平民の娘が王妃になったことで支持していた国民が、激怒した。こうなると、時流を読む貴族たちの行動は速い」
ここでやっとこさ、ザマァですか!
「アルカス王は強制退位の上、離宮へと隔離された。罰として、側妃たちとは強制離婚。実際は、側妃たちの救済措置だね。王女と王子は皇太后の預かりとなり、先王の異母弟の一人が、新たなる王となった。⋯現実って残酷だよね」
真実の愛の物語ではなく、あるカスの色欲暴走記⋯の方が、正しいと思う。もしくは真実の愛の二連発物語。
カナリア女子の目は死んでいた。もうあの物語に心ときめくことは無いだろう。
ところで、気がついた事がある。この隣国の本の記述──細か過ぎない?未だに国交がないだけあって、配慮なしのボロカス史。多分、互いの醜聞は、当事国じゃない方の本を見た方が正しいんだろうな。
☆ オマケ ☆
ガーシャのその後ですが、アルカス先王による冤罪が暴かれ、皇太后宮で王女と再会した後、前王妃として王家の直轄地で王女と共に暮らし、王女が嫁ぐと、竜神聖教会で治癒のボランティアを始め、亡くなるまで大勢の人々を治療しました。
アルカスのことは、彼の見目の良い外見や自分への熱心さから好意を持ち、庶民には辛い貴族社会にも堪えてきました。月日が経つにつれ、浮気性なアルカスへの愛情は薄れ、身に覚えのない不貞の言い掛かりをつけられた時には、愕然とした一方、どこかホッとしたような気持ちもありました。
実は彼女、治癒スキルだけではなく、速暗記のスキルも持っていたので、王妃教育はあっという間に終了しています。ただ、ダンスに関しては、体が思うように動かず大変だったようです。
アルカスのその後。伯爵令嬢とは婚姻できず、王位も追われ、側妃たちとも逢えず、二人の使用人と大勢の兵士に監視され、独り寂しく余生を送りました。怠惰で色恋に弱く、飽きっぽい──物語の王子とは真逆ですが、現実はこんなもんです。独りザマァ達成。