進化の脅威
俺が今倒したはずのトロールは、『進化の種』を入れた事によって蘇った。それも異形の姿となって。
…この感じ、前に病院で遭遇したあの偵察兵とまんまだ。あいつらが言ってた事は本当だったようだな。
『グオアアアアッ!!』
トロールは前よりも大きな声で叫ぶと、素手で俺に向かってパンチを繰り出す。俺は急いで剣を使い攻撃をしのぐ。
(ぐうっ…!こいつ、さっきよりスピードが速くなってる!?)
このトロール、進化の種を入れる前より明らかに動きが速くなっている。これが進化という奴なのか…!?
「ど、どうなっているの!?トロールってあんなに俊敏な魔物じゃなかったハズよ!」
「そうですよねっ!こんなの私たちが知ってるトロールじゃないです!」
クリム達もこのようなケースを見るのは初めてらしく、驚いた声を出していた。
「ね…ねえ、クリム姉ちゃん!早くナオちゃんを助けに行こうよ!」
「分かっているわよ!でも、ここだと狭くて上手く戦う事は出来ないわ。一旦森から出るわよ!」
俺たちはクリムの案に賛成し、この森から出る事にした。
「はあ、はあ…。皆、無事にここまで来れたみたいね」
「ああ、何とかな」
数分後、俺たちは奴から振り切り何とか森から脱出する事に成功する。途中ではぐれた人とかはいなく、全員無事だ。まずは一安心といった所か…。
「ナオトさん、あのトロールは?」
「分からない。…だけど、あいつがそう簡単に俺たちを逃がしてくれるとは思えないよ」
「そうね。皆、油断はしないで。あいつがいつ来てもいいように構えだけは取って頂戴」
俺たちは武器を構え、いつトロールが現れてもすぐ戦えるように準備をする。しばらくの間、周囲は不気味な静けさに包まれていた。
「…ナオト、向こうから何か音が聞こえてくるわ」
クリムが俺にそう呟く。耳を澄ますと、森の向こうから大きな足音らしきものが雄叫びと共に聞こえてくる。この音はまさか…。
『――グオオオオオッ!!』
次の瞬間、さっきのトロールが俺たちの目の前に現れる。予想していたとはいえ、ここまで俺たちを追っかけてきたのか。凄い執念だ。
トロールは俺たちを見つけると、今度は大の字になりながらジャンプをしてきた。
「皆、離れて!あいつに潰されるわよっ!」
俺たちは急いで奴から離れると、大きな衝撃音と共にトロールが落下してきた。幸い、攻撃は当たらなかったが――。
「きゃっ!」
「ミ、ミントっ!?」
落下してきた際に起こった衝撃波の影響で、ミントが向こうへと飛ばされてしまう。クリムはそれに気づき、急いで彼女の所へ駆け寄った。
トロールはゆっくりと起き上がり、こちらを睨みつけてくる。醜いがどこか間抜けな印象があったさっきまでとは異なり、殺気に満ち溢れた顔だ。
「た、ただでさえ恐ろしいトロールがあんな風になってしまうなんて…。これが進化の種の力なのでしょうか」
「ああ、間違いない。改めてこれは恐ろしい力だと分かったよ。あんなのが世界中にばら撒かれたら大変な事になるな」
「そうですねっ。騒ぎが広くなる前に早く倒してしまいましょう!」
ナラはそう言うと、背中から大剣を取り出してトロールに向かい走り出す。その途中で奴がナラに攻撃をしてくるも、彼女はそれをひらりとかわしていく。あんなに大きな武器を持っているにも関わらず凄い身のこなしだ。
その後、ナラはトロールの腕を狙い大剣を勢いよく振り下ろす。大剣は腕に見事命中し、瞬く間に腕が斬り落とされた。
「――よし、もう一本もっ!」
片方の腕を斬り落とした後、今度はもう片方の腕も大剣を使い斬り落とす。これで両腕とも無くなり、文字通りトロールは手が出せない状態になった。凄いぞ、ナラ!相変わらず凄い馬鹿力だ。
「どんなにトロールが凶暴化したとしても、両腕が無ければ何も出来ないはずです!」
ナラは俺に説明するように言う。これで形勢は逆転――かに思われた。
「う、嘘…」
「どうしたんだ、ナラ!?」
その時、俺とナラは信じられない光景を目にする。なんと、切断された箇所から紫色の血管らしきものがうねうねと飛び出し、それが地面に落ちた両腕にくっついたのだ。
血管にくっついた両腕はそれに引っ張られるように、トロールの所へと戻っていく。そしてロボットのように合体し、元通りになってしまった。
「そ、そんな…」
俺とナラはその光景を見て、ただ茫然とするしかなかった。トロールはそんな俺たちを見て嘲笑うように不気味な笑みを浮かべる。この程度の攻撃は効かないという事か。
「ま、まだこれくらいで諦める訳には行きませ――きゃあっ!?」
ナラがそう言いかけた瞬間、トロールの腕に握られ捕まってしまう。その後にトロールは彼女を掴んだ方の腕を上にあげ、同時に口を大きく開けた。まさか…あいつ、ナラを食うつもりか!?
「こ、こんな、ものっ…!」
ナラは苦しそうに声をあげながらも、トロールの腕から抜け出そうとする。しかし奴の握力の方が上だったのか、何も出来ず身動きが取れない状態になっていた。
…まずいぞ、このままでは彼女があいつに食われてしまう。こうなったらあれを使うしかない!俺は剣を構えると、目を閉じて念を込める。
「――はあっ!!」
俺は剣を勢いよく振り、ビームを放出させた。ビームは奴の胴体を貫く。
『ゴ…ゴゴ…オ?』
その瞬間、トロールの動きが止まりゆっくりと仰向けに倒れていく。倒れたと同時に身体から紫色の液体が一斉に飛び、元のトロールへと戻っていった。
「ナラーっ!」
俺はトロールが完全に倒れたのを察すると、真っ先にナラの所へ駆け寄る。ナラはまだ奴の腕に捕まったまんまだ。
「大丈夫か、ナラ?そいつの腕から抜け出せる?」
「も、問題ありませんっ。こんなのどうって事は――たあっ!」
ナラは掛け声をあげながらトロールの腕をほどき、そこから脱出する。
「ふぅ。やっと自由になれました」
「その様子だと大丈夫そうだな、ナラ。安心したよ」
「はい♪…あ、ナオトさん!お二人がこちらの方へ戻ってきましたよ」
後ろを振り返ると、クリムとミントがこちらに戻って来るのが見えた。ミント、結構遠くへ飛ばされたけど大丈夫なのかな?
「どうやら、あのトロールを倒せたみたいね。二人とも怪我はない?」
「ああ、俺たちは全然平気だ。それよりミントの方こそ大丈夫か?」
「うんっ、痛かったけどクリム姉ちゃんが魔法で治してくれたからもう大丈夫だよ!」
そうか、それは良かった。やっぱこういう時に魔術師がいてくれると本当に心強いな。…あっ、俺も魔法使えるか。
「しっかし、あの進化の種はとんでもない力を持っているわね。死んだ生物がイレギュラーになる瞬間を見るのは初めてだったけど、改めて奴等の恐ろしさを嫌というほど味わったわ」
「そうですね。あれが世界中にばら撒かれてしまったら、生態系のバランスが一気に崩れてしまいます」
「そ…そんなのあたし嫌だよっ!みんな、早く神父さんを探しに行こうよ!その人を見つけて話をすれば、何か手がかりが分かるかもしれないんだよね?」
「だけど、その人が今どこにいるのかも分からないわ。あたし達が今出来るのは、神父さんに関する情報をたくさん集める事だけよ。探すのはその後ね」
「た、大変そう…」
ミントの言う通り、神父の情報を集めるのは大変そうだ。しかし今の俺たちに出来る事はそれしかない。小さな事からコツコツと、という奴だな。
「と、それよりも今はギルドに戻って依頼を完了した事を報告するのが先よ。さっさと町へ戻るわよ、ナオト」
「ああ、そうだったな。じゃあ早く戻ろう」
「ナオトさん、これでBランクに昇級するんですね。何だか感慨深いなぁ」
俺はワープを使い、皆を連れて町へと戻っていった。神父の行方も気になるが、今は自分のギルドランクが上がるという事を素直に喜んだ方がいいだろう。