とあるご令嬢についての考察(sideマルティン)
やっぱり糖分が足りなすぎたので書き足しました。
私の婚約者である侯爵令嬢、ゾフィーはかわいい。
婚約をしたのは12歳くらいの時だったが、一目見たときから、月の女神が舞い降りたかのようなその姿に私は目を奪われた。
シルバーブロンドの髪はサラサラのストレートで、学校の時はハーフアップにしていることが多いが、お茶会や夜会では華やかに結われている。癖がなく、いつまででも撫でていたいくらい柔らかく艶やかだし、薄紫の瞳は綺麗なアーモンド型の目の中にはめ込まれた上質のアメジストのようで、いつまででもみていたくなる。
ときどき、恥ずかしがったり泣きそうになった時にうるうると潤んでいると、一気に色っぽくなるからわざとあの瞳を潤ませたくて、彼女を困らせてみる時もある。
性格は良くも悪くもあまり裏がなく、物言いは少しきつめだが、立派な私の婚約者であろうとして、幼い頃から努力してくれていた。王族に嫁ぐというのはそれなりに重責が多いが、それでも私を慕ってくれていると思っている。
だが、幼い頃から私という婚約者がいたためか、異性との付き合いが極端に制限されており、真面目すぎるが故に、どうやって私を異性として意識してもらうかが目下の課題だ。
ゾフィーと結婚するのは彼女が王立アカデミーを卒業してからになるが、私としてはそろそろ恋人としてのふれあいというか、そういうのを増やしていきたいと思っている。(そう思ってそろそろ3年くらい経つ)
ゾフィーは異性に対して免疫というか、社交界でも恋の駆け引きのようなものを全く経験していないので、最近ではもしかすると赤ん坊はキャベツ畑から来ると思っているのではないかと真剣に疑っている。それくらい純真なので、どこまで手を出していいものか考えあぐねている面もあるな。
ゾフィーが王立アカデミー後期課程3年になったとき、アカデミーに特例の編入生がきた。男爵家の庶子だそうだが、かなり優秀で特例で編入を認められたそうだ。母親が平民で、本人も少し前まで平民として暮らしていたため、貴族としての振る舞いがかなり危なっかしい。
濃い髪の色に薄い緑の瞳でなかなかかわいい顔をしているが、女神のごとき美しいゾフィーと比べてしまうとそれも霞んでしまうな。
そんな男爵令嬢が、なぜかゾフィーの周りをうろちょろしだした。
ゾフィーは王族に嫁ぐことが決まっているため、私と一緒で常に影の護衛がついているのだが、その報告によると、校内で幾度となく接触し親しくなっているらしい。
何か裏に思惑があるのかと、男爵令嬢を調べさせてもみたが、怪しいところはなかった(私に近づいて婚約者のすげ替えを狙うのは一般的なので、思惑のうちには入らない)。
思えば最初にゾフィーと男爵令嬢が会ったとき、ゾフィーは簡単に自分の名前を呼ぶ許可を与えていた。
私ですらゾフィーと呼ぶのに1年かかったのにだ。しかもまだ私のことをゾフィーは名前では呼んでくれない。
もやっとしたので、私の名前を呼んでくれるようにちょっとだけ強くお願いしてみたら、真っ赤になって恥ずかしがりながら名前を呼んでくれた。とても可愛かった。
そのうち、ゾフィーは男爵令嬢と2人でお茶会を頻繁にするようになった。
私だって滅多にゾフィーと2人でお茶会などしたことがない。何度かゾフィーに聞いてみたけれど、色よい返事をもらえなかったので、私のところに呼び寄せることにした。一応男爵令嬢をよび、私の側近の1人も入れて4人だった。
その後、何度か2人だけで王宮内のサロンやテラスでお茶を飲んだり、ゾフィーと男爵令嬢のお茶会に飛び入り参加したりした。
2人きりのお茶会では、兄の助言を元に、使用人達も距離を離して庭園内を散策した。王子妃教育のためにゾフィーが登城することはあっても、あまりゆっくり2人で過ごすことがなかったからだ。
「ゾフィー。」
「はい、殿下。」
いつもそうだが、彼女はすぐに私の名前を忘れてしまう。
「ゾフィー、殿下ではなかったよね?」
そういうと、ゾフィーは決まって困ったように眉を下げる。でも、頰が赤くなっているから、恥ずかしがってるのがまるわかりだ。
「…マルティン様…。」
私たちはいつだって、エスコートで手を触れることしかなくて、(しかも手を軽く乗せるくらい)いつまでも慣れないゾフィーに、この日は少しだけ触れてみたいと思った。
いつものように眉を下げた赤い頰をそっと片手で包んだ。
「マルティン様…?」
「ゾフィー…少しだけ…。」
そのまま親指を薔薇色の唇に添わせる。彼女の表情に嫌悪がないのを確認して手を置いた方と反対の頰にそっとキスをした。
唇を離してゾフィーをみると、アメジストの瞳を大きく開いて固まっている。その目を覗き込むと、ハッと気がついたようで、顔がみるみる赤くなった。
酸欠の魚のように口がパクパクしている。
今までの私たちにないくらい、顔が近い。
「いや…だった?」
そう聞くと、真っ赤な顔のまま、ふるふると顔を横に振った。
「かわいいね、ゾフィー…唇にしてもいいかい…?」
少しだけ調子に乗って聞いてみると、ゾフィーは視線をあちこち彷徨わせて考えてから、小さく首を縦にふった。
彼女の頰に手を置いたまま、反対の手で細い腰を抱き寄せ、彼女が目を閉じてから頰にしたのと同じくらいそっと、唇にキスをした。
今までで1番ゾフィーがかわいい。
ゾフィーの唇は想像通り、ふんわりと柔らかくてとてもいい香りがした。
あまりにも可愛くて、このまま何度も彼女にキスをしてしまった。
この日以来、ゾフィーと2人になると(もちろん影の護衛はいるが)、少しずつふれあいを増やすようになった。
深くキスをしてみたり、彼女の細い首筋に唇を這わせてみたりしているが、何回しても顔を真っ赤にして瞳を潤ませるのが可愛すぎて、ついつい一度で止まらなくなってしまう。恥ずかしがりながらも嫌がるそぶりはなく、うっとりとした顔で見られるとそのまま押し倒してしまいたくなって私も困った(やめる気は無い)。
それでも男爵令嬢がゾフィーの周りをうろちょろしているので、なかなか2人きりになれる機会も多くない。
男爵令嬢に少し釘を刺してみたが、あまり効果もなかったようで相変わらず2人でお茶会を頻繁に開くどころか、だんだんお茶会の規模が大きくなっていった。
だが、ゾフィーがぬいぐるみが好きでベッドでぬいぐるみと寝ているという情報が男爵令嬢からもたらされたのは僥倖だった。
すぐに特注で私と同じ色合いのクマのぬいぐるみを作って彼女に贈った。その時のゾフィーの満面の笑みはそのまま寝室に連れ去りたいくらい凶悪な可愛さだった。
もちろんもう少ししたら本物の私が彼女の隣に眠ることになるけど。
私の知らなかったゾフィーの情報を聞き出せるなら、多少うろちょろするくらいは大目に見よう。
最近はゾフィーも私を意識してくれるようになり、2人きりになると少しだけそわそわとした様子を見せるようになった。私はその期待に応えない男ではないので、今までより2人きりになれそうなところを選んで歩いたりしている。もちろん抱きしめてキスすることは忘れない。とろけてうるんだ瞳で見られると、ついつい激しいキスになりがちになってしまうが、それは彼女が悪いと思う。
キスが長くて苦しいと言われたけれど、私はゾフィーより一足早く卒業して、1年間離れ離れになるのでそれは仕方がない。そんなことを言う悪い唇をまた塞いでやった。
ゾフィーが卒業するまでの辛抱だ。卒業と同時に結婚するのだから。
ゾフィーのお茶会は、いつのまにか同世代の淑女のステータスの場となっていた。もともとゾフィーは面倒見がいいので、男爵令嬢を立派な淑女にした実績もあって女性たちに慕われているのだ。このお茶会に参加すると、最上級のマナーをもつレディとして認められるという噂になっている。
また、ゾフィーを慕う会とやらがゾフィーの知らないところで立ち上がっていた。多少の援助と引き換えに、彼女の情報を上納させているのはゾフィーには内緒だ。
王子妃としては、同世代であれ女性たちに大きな影響力を持つのは悪いことではない。いずれ兄嫁とともに、女性貴族のトップとなるからには、この会は彼女にとっても有益だ。しかし会長があの男爵令嬢なのは腹立たしいので、私が名誉会長で手を打った。
ゾフィーが身も心も私のものになるまであと1年。より艶やかに、色っぽくなっていく彼女が私はとても心配だ。だから今日も、時間が許す限り、彼女が私なしではいられなくなるように抱きしめてたくさんキスをする。