とあるご令嬢についての考察(sideヒロイン)
私ことアンネには前世の記憶とやらがある。子どもの頃から、知らないはずの知識や景色が思い浮かんだり、夢に見たりすることがあった。はっきりと思い出したのは14歳になって、お母さんが亡くなった時だった。
この世界、生前好きだった「私だけの王子様を探して」っていうベタなタイトルのアプリゲームだ…!
私は前世、日本という国に住んでいた。家族は両親と年の離れたお兄ちゃんの4人家族。どうやって死んだのかはよく覚えていないし、思い出せない。きっと思い出すことを無意識に拒否しているんだろう。思い出す必要もないしね。
そんな私には高校生になったところまでははっきり記憶がある。高校に入って自分のスマホを買ってもらい、友達と夜遅くまで無料アプリで話をしたり、動画を撮ったり、アプリゲームをやっていた。その中の1つが「私だけの王子様を探して」。
普通の家庭の普通の高校生だったので、ゲームに課金なんてできるわけなく、それでも仲の良い友達ワイワイ楽しんでいた。
ヒロインはアンネ・ウェーバー。14歳で母親と死に別れるが、その後男爵家の令嬢であることがわかり引き取られる。父親は男爵家当主だけど、多情な人で後継の正妻との子以外に、庶子が私の他にも何人かいるらしい。私は政略の駒になれる女であったこと、可愛い顔とその賢さを買われて引き取られる。そして、王立アカデミーに編入し、様々な男性と恋をしていくのだ。
確か攻略対象は全部で5人。
第1王子のフェリクス
第2王子のマルティン
騎士団団長の息子のレオン
公爵家嫡男のアンドレアス
アカデミー教師のルドルフ
王子2人のどちらかのルートに入ると、ヒロインがついたほうが王となる。俺様系第1王子の場合はそのまま王につき、穏やかで正統派の第2王子の場合は政変が起こる。
レオンは堅物という感じで、彼と結ばれると悪役令嬢の断罪を経て、将来の騎士団団長の妻となる。
チャラ男の公爵家嫡男アンドレアスのルートだと、国を揺るがすほどの陰謀に巻き込まれる。
アカデミー教師のルドルフと結ばれるには駆け落ちすることになる。
私のイチオシはレオンだった。茶色の短く切った髪に精悍な顔つき。まさに騎士様!といった感じだし、ルートに入ると不器用ながらも一生懸命愛を伝えてくるのだ。ちょっとお兄ちゃんに似てるなと思うところもあって。
でも、この手の転生ものにつきものなのは、ヒロインがざまぁされるやつだ。他の転生者がいて話が変わっていたり、悪役令嬢が幸せになったりするのだ。
私はこの世界をよく見極めなければならないと思った。どこまでがゲームの世界と同じで、どこからが違う要素なのか。
母が亡くなってしばらくすると、男爵家の遣いだという人がやってきて、男爵家に引き取られることになった。
父も継母も、私には無関心で特に構われたり、酷くいじめられることはなかった。嫡男の異母兄は成人していて、今は領地の方にいるらしく会ったことはない。ここまではゲームと大差ないように見えた。アプリゲームなのでそこまで細かく家族についても言及されていなかったしね。
そしてアカデミーの試験を受けさせられ、無事に合格したため、後期課程2年に編入することになった。
後期課程は日本でいう中高をまとめたようなところで、8歳から前期課程、14歳から後期課程になり、18歳での卒業後、成績優秀者は希望すればその先で学問を学べるらしい。
全寮制だけど、貴族の付き合いもあるから、平日は寮、土日はタウンハウスを持てるような貴族なら実家に帰ら感じで、学校内は平等という観点から、王族であっても寮に入ることになっている。
とりあえず、舞台は整ったみたい。
まずは試しにシナリオ通り、新学期初日に第2王子の前で転んでみることにした。
特に問題なく手を貸してもらって、しばらくしてから自分から王子に話しかけに行った。
「マルティン様!私を覚えていらっしゃいますか?先日助けていただいた、アンネです!」
第一印象は大事だから、一応元気にはきはきとを心がけて挨拶してみた。
シナリオ通りであれば、王族である自分に物怖じしないヒロインに興味を示すっていうところなんだけど。
すると、マルティン様の後ろにいた人が前に出てきた。
あ、マルティンルートの悪役令嬢だ!
ゾフィーなんとかって長い名前すぎて目が滑ってたからファミリーネームわからないけど。ブリックパックみたいな名前だったような…
この人は銀髪の背中まである髪をハーフアップにしていた。つり目のちょっときつい感じの顔の令嬢で、マルティンの近くに出てきた平民上がりのヒロインを散々イジメ、最後は公衆の面前で断罪されるのだ。
「そこのあなた。この方をどなたと心得ておりますの?我が国の第2王子であらせられる、マルティン殿下でございますよ!」
おぉ。なんか水戸◯門っぽい。
「あなた。わたくしは侯爵家令嬢、ゾフィー・ブロックドルフランツァウでございます。確か今年編入してきた男爵家令嬢でしたわね。
貴族の慣例として、身分が下のものから上の方に突然話しかけるなどしかも家名を名乗らず名前だけなど無礼にもほどがあります。その上、王族の方に対して貴族最下位の男爵家のものがお名前をお呼びするなどということはあってはなりません。
そんなことも教育されずこの王立アカデミーにいらしたの?」
すごい長いことを原稿もなしに言った。
そうなのか!貴族の決まりか!確かに前世はともかく今の私は一応貴族だ。郷に入っては郷に従えね。
しかし男爵家では私には全く興味を持っていないようなので、貴族のマナーは全然わからない。
「では男爵家の私は皆さんをなんと呼べばいいんですか?」
わからないので聞いてみた。他に教えてくれる人もいないし。
「王族の方であれば陛下や殿下、高位貴族であれば、家名をお呼びし、親しくなってご本人の許しがあればお名前をお呼びするのです。
ですから、さっきの場合あなたは声をかけられるのを待つべきでした。もしどうしても話しかけたかったのであれば、礼をとったまま、『殿下、わたくしはウェーバー男爵家令嬢アンネでございます。』と名乗り、許しが出たら顔を上げるのです!そんなこともわからないなんて、まったく!貴族の名折れですわ!」
そうなのか!そういえば、相手は王族なんだから不敬罪っていうのもあるよね。そして悪役令嬢さんの説明はとても丁寧だ。口調はきつめだけど、言ってることはわかりやすいし丁寧な説明。
さらには、何度聞いても私が全く家名を言えないのをみかねて、名前で呼ぶ許可をくれた。ちょっとこの悪役令嬢もとい、ゾフィー様、いい人すぎない?!悪役令嬢になってないよ!
ここでわかったのは、ゲームになかった悪役令嬢とのエンカウントのタイミングがずれていたこと、ゾフィー様からの指摘は今回特に云われなきことではなかったことかな。
そんなわけで、もう少し様子を見ながら、私は適当に勉強もがんばりつつ、前世でできなかった分、いろいろな友達をつくって青春を謳歌することにきめた。
さすが秀才設定のヒロインだけあって、自分で言うのもなんだけど、勉強がすごくできるようになってる。そもそも前世の高校も進学校ではあったけど、中堅校でそこまで偏差値の高いところではなかったし、語学は特に苦手だったんだけれど、今の自分は授業さえ真面目に聞いていれば頭がどんどん吸い込んでいく感じだ。それに知識を吸収していくのが楽しい。語学もやればやるだけできるようになっていく。
その後、ゲームの知識を参考にしつつ、周りの貴族令嬢の振る舞いを見習いつつ、私のイチオシキャラであるレオン様との距離を縮めていこうとしていた。
ある放課後、レオン様とベンチでたわいもない話をしていたのだけれど、そこにゾフィー様があらわれた。
あれ?レオンルートだとゾフィー様は悪役令嬢としては出てこないはず…?
そう思っていたら、婚約者のある異性と2人きりになるなという注意だった。
そういえば、レオンルートの悪役令嬢はレオン様の婚約者だった。そして、その悪役令嬢の実家が黒幕なのだ。
婚約者…。
レオン様をみると、気まずそうにゾフィー様から視線を外していた。あ、この人は自覚ありだ。これはダメなやつ。浮気よくない。
よくよく考えたら、婚約者差し置いて他の女と恋仲になった挙句、婚約者の断罪っておかしいよね。ゲームだったからあんまり深く考えなかったけど、婚約者からしたら、同じ学校内で堂々と浮気されたらそりゃ嫌がらせの1つもしたくなるよね…。
うん。ないわ。
なんだか頭が冷えた気がして、早々にレオン様と別れて寮に帰った。
前世の私はゲームとして捉えていたから決められたルートの決められた選択肢の中でしか動けなかったけれど、現実としてはそんなに都合のいいことだけではない。ヒロインだからといって、あまりにも非常識に振舞うべきではない。
もちろん好みのタイプとしてはレオン様だけど、婚約者持ちの人にちょっかいを出すのはいただけないわ。やられて嫌なことはやらない。これ大事。
しかもレオン様の様子を見るに、私と2人になるのはマズイのをわかってたかんじ。
うん。レオン様ないわ。
自分がヒロインだからとか、ゲームの中だからというのは捨てよう。
とりあえず、一旦恋愛は置いておいて、学園生活を楽しく送ることに重点を置いていたんだけど…
やってしまった…
カフェでゾフィー様に紅茶をかけてしまった…いやこれは完全に私が悪い。カフェが混んでて、お腹も空いてて、トレーを持ったまま、小走りで席を取りに行ったんだけど、その途中でゾフィー様にぶつかったのだ。あったなこのイベント…それで怒らせて平手打ちをくらうやつだ…
平手打ちが来るかと思いきや、怒られただけで済んだ。まぁ、私が悪いんだけど。
しかもその後、なんだかよくわからないが、ゾフィー様の家からうちの父に話があったようで、上位貴族につくような家庭教師からマナーを教わるようになった。しかも定期的にゾフィー様のお茶会にも呼ばれる。だいたいが2人かせいぜい数人でのお茶会だけど。
父は、私がゾフィー様と仲良くなったと思ったらしい。第2王子の婚約者であるゾフィー様と親しくしていれば、私が第2王子の目に留まり、うまくいけばゾフィー様を蹴落とせると思っている。というか、そういう指示をされた。まぁゾフィー様とはたしかに仲良くなった。
言い方がきついけど、ゾフィー様は悪い人じゃない。ゾフィーさまのおかげで、私もちゃんとマナーを学べているし、お茶会で注意されることもあるけれど、罵倒されたり手をあげられることもないし、できていればちゃんと評価してくれる。
社交界での噂やちょっとしたお話も面白いし、なによりゾフィー様自身がとっても可愛い。ツンツンしているくせにちょっとした時にデレてくれたりとか、実は可愛いものが好きで、大きなクマのぬいぐるみと一緒に寝ていたりとか、暗い部屋が怖くて、夜は枕元のあかりを消さないとか、甘いものに目がなくて大好きなのだけれど、マルティン様が大好きで彼の前ではマナー優先でほとんど食べないとか。
校内に紛れ込んだネコを構い倒した後、恥ずかしそうに「今のは内緒になさって」と口止めしてきたり。いやほんとにマジで可愛い。顔と口調で遠巻きにされがちだけど、めちゃめちゃ可愛い。
父には第2王子妃を狙うよう言われたけど、私は婚約者がいる人にちょっかいかけたいとは思わないし、第一マルティン様は結構ゾフィー様の方が好きだと思う。ゲームの中では、政略としての婚約だから愛情はないっていう設定だったけど、この世界のマルティン様は見ていてわかりやすいくらいにゾフィー様に甘い表情をしている。
私が最近ゾフィー様に目をかけてもらっていることに関して、マルティン様から牽制されたこともある。
ゲームとは逆だわ。
曰く、「私はゾフィーからそんなに何度もお茶に呼ばれたことがない」と。そして時折お茶会に乱入してくるようになった。
ゾフィー様が私の所に来ると、じとりとした目でみてくるし。
これはこれでなんかちょっと優越感を感じるね。
多分マルティン様より私の方がゾフィー様の可愛いところをたくさん知ってる。
こっそり、ゾフィー様がクマのぬいぐるみと寝ていることを教えたら、ゾフィー様くらいの身長の大きなクマのぬいぐるみを寮の部屋用にプレゼントしたらしい。しかもぬいぐるみの色がマルティン様の髪と同じ色で、クマの目の色も彼の瞳の色だったらしい。ゾフィー様と一緒に寝たいってか?とちょっと呆れてしまった。でも、嬉しそうに頬を染めながら話してくれたゾフィー様はとっても可愛らしかった。
それはともかく、おかげで私の貴族としての振る舞いもだいぶ形になり、それににつれて、校内の女子たちがゾフィー様と私のお茶会に来たがるようになった。聴かれるたびに、ゾフィー様のおかげでマナーがどんどん向上してると私が話したからなんだけど。
そうやってお茶会の人数が増え、ゾフィー様の魅力が女子たちに広まるにつれ、マルティン様の眉間にシワができることが多くなった。(もちろんあからさまではないけど、いつもゾフィー様の近くにいる私にはわかってしまった)
自分だけがゾフィー様の可愛さを知っていればいいのにって感じだね。
時々ゾフィー様に何か言って困らせているようだった。彼女はいつも照れたように反応していたので、悪いことではないみたいだけどね。
それでも、将来の王子妃としては、同世代の女性に憧れられるのは悪いことではないということで、我慢してるのだろう。
そうして、1年もする頃には私はすっかりゾフィー様の可愛さに心酔してしまった。というか、ゾフィー様を愛でる女子の会みたいなのまで出来上がってしまった(つくったのは私)。
アカデミーに入って1番良かったことは彼女に出会えたことだとさえ思う。
結婚に関しては、貴族である以上自分の思いだけではままならないとはおもうしね。ゲームと違って、選択肢は攻略対象だけではないし。とはいえ、いつも私とテストで上位を争っている、伯爵家のルーカス様とは悪くない関係だと思う。彼は明確に私に好意を寄せてくれているみたいだし、私も前向きに考えていこうと思っている。
そんなわけで、ヒロインに転生しましたが、悪役令嬢の取り巻きになりました(笑)
ツンデ令嬢のゾフィーちゃんでした。
本人は悪ぶっているつもりですが、周りには微笑ましく見えるという…つもりで書きました。




