とあるご令嬢についての考察
かるーく読んで頂ければ幸いです。
皆さま御機嫌よう。
わたくし、ブロックドルフランツァウ侯爵家次女、ゾフィーと申します。
先日成人である16歳となりまして、王立アカデミー後期課程3年でございます。
王立アカデミーの後期課程は18歳で卒業となりますが、わたくしは卒業後、婚約者である我が国の第2王子であります、17歳になられるマルティン殿下と婚姻を結ぶことになっております。
幼い頃よりマルティン殿下の婚約者として殿下に恥をかかせぬよう、王族に嫁ぐべく相応の努力をしてまいりましたし、わたくしは自ら望んで殿下と婚約いたしました。
わたくしの姿としましては、白銀のくせのない髪、つり目ですが、薄い紫の瞳、肌は白く、我が国の上位貴族に多い薄い色彩をしております。その色や顔立ちも相まって、少々硬質な印象を与えるようでございますわ。
我が国では、庶民ほど濃い茶色や黒などの濃い色彩になります。逆に、貴族の中でも上位になるほど髪や瞳の色、肌の色は薄くなります。
マルティン殿下も王族に多い金色の緩やかなウェーブを描く髪、春のよく晴れた空のような青い瞳をお持ちで柔らかな物腰に穏やかな性格の、まさに王子様のような方でございます。
さて、後期課程3年生になりまして、我が学年には2年生にとある男爵家令嬢が転入してまいりました。母親が庶民で、彼女も元々は庶民として育ったとのことで、この度男爵家に引き取られると同時にその賢さにより、特例として編入が許されたそうです。
ですが、ここは国の王族から上位貴族の子息令嬢の通う名門王立アカデミーでございます。ほとんど平民の女が、少しばかり賢いからと大きな顔をさせてはなりませんね。
その男爵令嬢は、濃い茶色の髪と見た目だけであれば平民と見分けがつかないのですが、大きな薄い緑の丸い目の、愛らしい顔立ちをしているそうです。
そんな男爵令嬢は、新学期最初の登校日にマルティン殿下の前で転び、手を貸していただくなどという小賢しい真似をしたのでございます。
わたくしはたまたま殿下があの男爵令嬢に手を貸したところを少し離れたところから見ました。あれは絶対にわざとだと王族の婚約者として社交界で磨いてきた女の勘が警告しておりました。
わたくしは愛する殿下をあの女狐に奪われないよう、彼女を徹底的にいびることにいたしました。
機会は早速あちらからやってまいりました。
新学期から1週間ほど経って、あの男爵令嬢の方からわたくしが隣にいるにも関わらず、殿下に駆け寄って大きな声で話しかけてきたのでございます。
「マルティン様!私を覚えていらっしゃいますか?先日助けていただいた、アンネです!」
私はあまりにも不躾な彼女の態度に腹が立ち、殿下の前に出るといってやりました。
「そこのあなた。この方をどなたと心得ておりますの?我が国の第2王子であらせられる、マルティン殿下でございますよ!」
彼女は突然前に出てきたわたくしに驚いたようで、大きな目をさらに大きくしていました。構わずわたくしは続けます。
「あなた。わたくしは侯爵家令嬢、ゾフィー・ブロックドルフランツァウでございます。確か今年編入してきた男爵家令嬢でしたわね。
貴族の慣例として、身分が下のものから上の方に突然話しかけるなどしかも家名を名乗らず名前だけなど無礼にもほどがあります。その上、王族の方に対して貴族最下位の男爵家のものがお名前をお呼びするなどということはあってはなりません。
そんなことも教育されずこの王立アカデミーにいらしたの?」
いってやりましたわ。
すると生意気にも、この男爵令嬢はわたくしに口答えしてきたのです。
「では男爵家の私は皆さんをなんと呼べばいいんですか?」
「王族の方であれば陛下や殿下、高位貴族であれば、家名をお呼びし、親しくなってご本人の許しがあればお名前をお呼びするのです。
ですから、さっきの場合あなたは声をかけられるのを待つべきでした。もしどうしても話しかけたかったのであれば、礼をとったまま、『殿下、わたくしは男爵家令嬢アンネでございます。』と名乗り、許しが出たら顔を上げるのです!そんなこともわからないなんて、まったく!貴族の名折れですわ!」
往来ですので、少々人の足がとまりはじめ、数人がこちらを見ているようです。
「えと、ではマルティン様は殿下、あなたはブロッ…ぶるっく…?」
「ブロックドルフランツァウですわ!」
「ぶろっくど…すみません、もう一回お願いします!」
なんとこのわたくしを小馬鹿にして!周りにますます足を止める生徒が出てきてしまいました。
「もうゾフィーでよろしいですわ!」
「わー!ゾフィー様ありがとうございますー!次から気をつけます!殿下も失礼します!」
満面の笑みでそう軽くいうと、彼女はきた時と同じように走り去って行きました。なんとはしたないのでしょう。呆れてものも言えません。
「…ゾフィー?」
わたくしはハッと我に帰りました。殿下の御前でなんとはしたない事を!
「ゾフィー。私は殿下なのだけど…?」
それはよく存じておりますけど?
「ゾフィーは私の婚約者なのに、ずっと殿下と呼んでいるよ?」
なななななんということを可愛く首を傾げながらおっしゃるのでしょう!!まぁ、殿下は標準男性より大きめの立派な成人男性なのですが。
「で、殿下は殿下でございます!」
わたくしは顔に熱がこもるのを感じました。
「ゾフィーはいつマルティンと呼んでくれるの?私はいつでもいいよ」
ますます顔が熱くなってきました。
「ゾフィー、呼んで?」
周りの視線をとても感じます。
同時に殿下は期待を込めた目でこちらをごらんになっています。
「ま、マルティン様!もう迎えがきております!早く参りましょう!」
わたくしは恥ずかしさのあまり、淑女としてギリギリの速さでその場を立ち去るしかありませんでした。
ですが、あの女狐をいびってやりましたわ!
しばらくして、またわたくしは男爵令嬢アンネの目に余る光景を目撃いたしました。近くに誰もいない中、現騎士団団長の子息であるレオン様と隣同士ベンチに座り、親しげに話しをしていたのです。
レオン様には婚約者様がいらっしゃいます。婚約者でもない未婚の男女が、周りに人がいない場所で2人になるなどありえません。その上レオン様の婚約者はわたくしの友人でもあります。私は2人に近寄りました。
「ウェーバー男爵令嬢!」
2人は突然のわたくしの登場に驚いたようです。
「ウェーバー男爵令嬢。あなた、こんなところでどういうおつもり?」
彼女は訳がわからないという顔で首を傾げています。なんとあざとい女狐なのでしょう。
「どういうって?」
「人目のないところで、婚約者でもない未婚の男女が接近して座るなどとふしだらですわ!しかも、レオン様には婚約者がいらっしゃるのに!」
レオン様はその言葉に気まずそうに目をそらしました。
男爵令嬢は少し考えたような顔をしていましが、
「そうなんですね。すみません。婚約者さんがいたなんて知らなくて!」
とあっけらかんとわらって
「では今度また人目のあるところでお話しします。ゾフィー様、ありがとうございました。レオン様、また明日!」
と言って去って行きました。
またある時、カフェテリアで男爵令嬢にぶつかられ、紅茶をかけられたこともございました。幸いかかった紅茶の量は多くなかったのですが、勢いが良かったのでどうせまた淑女らしからず走っていたのでしょう。
「わー!ゾフィー様!!!すみませんすみません!熱くないですか?!」
慌てて男爵令嬢が紅茶のかかった部分をハンカチでふきはじめました。
「またあなたですの。なぜこんなところで人にぶつかるのですか!」
「すみません!お腹すいてて急いでて」
「それと、貴族であるあなたがそのような使用人のように制服をふかなくてよいのです。本当に貴族として恥ずかしくないのですか!男爵家でどのような教育をされているのです!」
ふと彼女は手を止めてポツリと言いました。
「それが…貴族になったのも最近ですし、家でもあまりマナーとか学んでいなくて…」
まったく。男爵家は貴族の末席としての矜持もないのでしょうか。子が子なら親も親ですね。
とりあえず彼女の手を体から離させ、わたくしは食事を諦めて侍女に着替えを用意させるべくカフェテリアをでました。
本当に腹立たしいので、侯爵家に来ていた家庭教師の紹介状を父の名で男爵家宛に送らせました。もちろん「うちの娘に迷惑をかけぬよう、娘の教育くらいきちんとやれ」という嫌味な手紙をつけてやりました。家庭教師には、それはそれは厳しく指導しなさいと言い添えておきました。
さらに、きちんとそれを身につけているか、時々わたくしがお茶会を開いてチェックし、いびってやろうという寸法でございます。
えぇ。茶会のたびにいびりぬいてやりましたとも。お茶の飲み方から会話の選び方まで徹底的に嫌味をいってやりました。ほとんど毎月ですわ!
それなのにあの男爵令嬢は!いつもニコニコしながらやってきて、わたくしのいびりをさも楽しそうにかわし、満面の笑みで帰っていくのです!
さすが図太い神経をしているのですわ。
しかもどこから聞いたのか、マルティン様から「私は君と毎月お茶会してもらってないよ?」などとこっそり言われたのです。心臓が止まるかと思いましたわ!
お茶会も半年ほど続けて、ようやっとアンネのマナーも形になってまいりました。
そして、とうとう痺れを切らしたマルティン様に、王宮でのお茶会に呼ばれました。気を使わなくていいようにと殿下とわたくし、アンネと人数合わせに呼ばれたであろう殿下の側近の1人であるアルノルト伯爵家のフィリップ様でした。まさかの王宮での茶会ということでしたが、アンネのマナーはギリギリ見られるものでようございました。
そうやって1年近くたったころ、なぜかアンネはすっかりわたくしのそばにはりつくようになっておりました。
どんなに嫌味を言っても怒っても全く堪えることなくわたくしのそばに寄ってくるのですわ。これが世にいう被虐嗜好というものでしょうか。なんと恐ろしい…
その上、わたくしとアンネのお茶会は何がどう広まったのか、最上級の淑女教育の場として、アカデミーの貴族令嬢がこぞって参加したがるものになってしまったのです。
マルティン様は、笑顔で「ゾフィーの人徳だよ」とおっしゃいますが、わたくしはただアンネをいじめてやろうと思ったのです!
全くアンネと出会ってから腹立たしいことが多くて困りますわ!!




