首輪
―七年後
はやり病が終息してしばらくした頃、レペンスの王太子がレイス家の工房を訪れた。
「これは?」
レイス家の保管庫で長年眠っていたその首飾りは王太子の目に留まった。
「ベリー夫人が断頭台に上がった時につけていたって言う首飾りですよ」
こう言ったものは今、レペンス王国をはじめ周辺諸国に流れている。
その多くをレイス家は回収し研究している。
「これがか」
数年前、ベリー夫人は王からの贈り物であるこの首飾りを取り戻そうとして、処刑された。
しばらく、レペンス王国が犯罪者をかくまっていたんじゃないかと言いがかりをつけた。
ただ、事実としてわかっているのはレペンスからロセウムに入ったことだけで、それまでどこで何をしていたかをわざわざ調べるつもりはなかったし、勝手にロセウムの人間に漁られるのも不愉快だったので、当然相手にしなかった。
その犯罪の内容もレペンス王国としては首を傾げざる得ない内容だったが。
その当時の革命急進派がベリー夫人を処刑した理由は『金持ちだから』だった。
学者や詩人までもが適当な理由を付けられて断頭台に送られた。
確かにこのアメジストの首飾りは美しい。
いくつもの涙滴型のアメジストが夫人の首回りを彩り、トップに連なっている大粒のアメジストが胸元で輝いていたことだろう。
だが、アメジスト自体はさほど高価なものではない。
ウズラの卵大のアメジストでさえ、革命派を支持したブルジョワのご夫人がたの方がよっぽど豪華なモノを身に着けている。
この首輪一つで傾国の妖婦と唄われた女性が命を落としたとは滑稽なことだ。
「これがいい」
「またですか? 趣味がいいとはいえませんが」
レペンス王国の王子はよくレイス家からいわくつきの宝飾品を買い取る。
「再度、持ち主に確認したら、お譲りいたしますよ」
「今の持ち主は誰なんだ?」
逃げて来た貴族の中には難民に紛れて入国した者もいて、そのまま行方をくらましたり、入国後の足取りどころか入国したかさえわからない者がいる。
レペンス国内での暗殺もまずいし、臨時政府の樹立など勝手にされたらたまったものではない。
手がかりがあるなら、把握しておいたほうがいい。いざという時はロセウムとの交渉材料にもなる。
「守秘義務です。無理に聞き出そうというならお譲りできません」
それはいつも通りの答えだった。
「これを渡すのはナイラ・タルジュだ。この首飾りの中に彼女の色を入れろ」
「黒の姫ですか。これはこれで十分美しい一品だと思いますが」
レイス家の男は渋い顔をする。
黒の姫は王太子と王太子妃の子息を救った愛妾だ。
敵に塩を送った慈愛の人と世間では噂されている。
「作り変えろ」
「……かしこまりました」
王子が帰ってしばらく経ったレイス家の工房。
レイス家の学者兼職人はその宝石をじっくり見つめた。
宝石の作り変えは珍しいことではない。
特別なデザインではないし、高価な宝石でもない。
だが、遠い未来の人々は『ロセウム革命』に歴史的価値を見出すかもしれない。
なにより―
「バラバラにするのはかわいそうだよな」
使われている宝石はすべて残して、一揃いとして仕立て直そう。
◇
「きれいなネックレス」
その首輪は愛妾の手に渡った。 ただ言葉とは裏腹にさほど喜んでいるようには見えない。
レイス家は十分すぎるほどに希望を叶えてくれた。
レイス家の者たちは妙な気を回したようで、金の鎖の繋ぎには王子の瞳の色であるサファイアの粒が新たに添えられている。
首飾りにたくさんぶら下がっていたアメジストの雫はそのまま、トップに使われていた二つの大きなアメジストは王子の希望通りほぼ同じ大きさの黒メノウに挿げ替えられていた。
一つは縞瑪瑙の年輪のような特性を生かしてカメオ細工が施されている。
髪にはオレンジの花飾り、胸にオレンジの花を抱いた乙女の横顔が闇の中から浮かびあがっているカメオだ。
その下に連なる瑪瑙は何の彫りもないつややかな黒瑪瑙。
彼らは王子の意のその先を汲み取り、挿げ替えたアメジストで揃いのイヤリングまで誂えた。周りには黒瑪瑙の粒とサファイアの粒がちりばめられている。
完成した首輪は元の首飾りを凌ぐ美しさだった。
彼女の虚栄心を満たすには十分すぎるほどの一品だ。本来なら。
どうも好みのデザインでは無かったのか、カメオ細工の精緻さが理解できなかったのか、もしくは十年近く待ったのに安い石が使わた首飾りを渡されたのが気に食わなかったのかもしれない。
本来の持ち主に合わせて作られた一点ものを無理に仕立て直したのだから気に入らないのも当然かもしれない。
だが、気に入る、気に入らないは大して問題にならない。
この首輪は寵愛の証だと勘違いしている者も多いが、実際は思い上がっている彼女達にいわくつきの首輪を使って優しく警告しているだけだ。
その首はいつでも切り落とされるのだという警告だ。
気づけば彼女は身を慎むだろうし、気づかなければいずれは切り捨てることになる。
――ただ、これは黒の姫ばかりへの戒めではありませんぞ。それを身に着けた貴婦人を裁いたのは王族ではなく、民衆です。お忘れめされませんように――
首輪を受け取ったときレイス家の職人が言った言葉がふと蘇った。
すぐ、「余計なことを申し上げました」と頭を下げたが。
「それをつけた君を見せてくれないか」
王太子はナイラ・タルジュに優しく囁いた。




