レースと別れとその他もろもろの始末録【ライラ】
レイとイリア様は地団太踏んだり、口喧嘩していたところ、王宮の衛兵にあっさり捕らえられた。
レイたちとはぎりぎり親族(?)という扱いで面会の間での格子越しの面会が叶った。
「えー適切な言葉が見つからないけれど……」
ごにょごにょぼそぼそと二人に説明する。似たような官職や罰がレペンスにないので、説明に手間取った。
「で、そういう罰を与えて、あなた方をこのハーレムに閉じ込めようとしているのです」
「決して、国家転覆を狙ったわけではなく」
「ただこいつを取り返したかっただけで……ほらお前もちゃんと訳してくれ」
「そう、ちょっと暑さで短気になって……」
レイとイリア様が青い顔で私に救いの手を求める。
「私はレペンス語をしゃべれましてよ。あなた方が王宮を壊すと言って、数が0になった途端、王宮が砂のように崩れたのです。 危うく多くの女官が死ぬところでした」
同席していたクーさんからはいつものふわふわした口調が完全に消え失せ、重みと冷徹さを備えた口調にすっかり様変わりしていた。
いや、けが人が出ないようにしたって、と小言でイリア様が反論する。
まあ、王宮の外壁がちょこっと崩れた程度で被害は無かったのだが……そもそも気づいている人も少なかったろうし。
「また同じことをされてはたまりません。騒ぎの原因となったライラにはここから出て行ってもらいます。 ところで、これを作って売ったのはあなた達かしら~」
「は、はい?」
私は一ヶ月もしないうちに失業。彼らはハーレムに就職……なんか頭痛が……、伯爵夫妻に申し訳が、もう倒れてもいいですか?
「(ファリダット、あなたレースに興味を持っていましたね)」
「(ええ)」
ファリダットは私の彼氏を見てみたいと言う理由でくっついて来てしまった。 クーさんはこの後宮のヌシらしいので、彼女の許可さえ得られれば、他からは文句も出ない。
「あのレースにはジェムリアの伝統的な柄が織り込まれていた。こっちではレース編みはちょっと廃れ気味だけれど、レペンスは上手に発展させたのね。私がいた頃にはここまで繊細な模様ではなかったわ」
クーさんは遠い何かを懐かしむように言う。
「当然、壊れた壁は直してもらうとして……」
「はい! 全力で直させてもらいます」
イリア様が即座に答える。
「では、三日の猶予を与えます。
最初の一日は城に残り、苦役を命じます。私たちにレペンスのレース編みを教えなさい。
あとの二日は好きにしていいけれど、四日目にまだこの国にいたら、本当にハーレムから一生出られなくします。 念を押しますが、あなたもですよ」
クーさんの厳しい声は私にも向けられた。
「はい」
◇
中庭で催し物の『レース編み講習会』が急遽行われた。 中庭を囲む回廊には寵姫、侍女たちが目の色を変えて本物の『男』を見物していた。
まあ、顔はそこそこ整っているし、髪はきらきら光っているし、お肌はそれこそ雪のように白いし、この国の人からしたら現実離れした『氷雪の王子様』といったところだろう。
ほんのちょっとだけ面白くない。
レイたちは二人とも珍獣扱いされて始終落ち着かない様子で、はたから見たら猛獣の中に放り込まれた兎だった。
私とクーさんは寵姫様がたの指導に当たっていたが、ほとんどの美姫は彼らの手元ではなく、顔を見ていた。
そんな中ファリダットは意外にも彼らの顔ではなく彼らの手元を目を凝らして見てレース編みを実践していた。
終わった後、ぐったりしているレイたちにちょっと意地悪して「気になった寵姫様はいた?」と聞いたけれど、
「ハーレムの女性達って怖い」「女のぎらぎらした目って怖い。俺は見世物じゃねー」
返ってきた答えは力がなかった。
彼らは、一旦王都の宿に泊まって、改めて迎えに来てくれることになった。
ここ放り出されて行くところも無いし、私を連れ帰られなければ、レイには借金だけが残ることになる。
私に選択肢はなかった。
◇
翌日、クーさんが壁面崩落をジンのいたずら(つまりは老朽化)で済ませてくれて、私たちは帰ることになった。
「本当にありがとうございます。ありがとうございます。ありがとうございます」
何度頭を下げても、下げ足りない。
「あちこちがたが来ていたけれど、修繕費出すの渋られていたのよ~。今回の件はちょうど良かったわ~。寵姫たちの気晴らしにもなったろうし。荷物の忘れ物はない~?」
やること無かったら、すぐ暗殺とかに走っちゃうのよね~、って笑顔で言うのやめてください。
「ちょっとまってて」
王子様がレペンス語で言い置いてどこかに行ったかと思うとすぐ戻ってきた。
「(忘れるところだった。これ、植物図鑑を失くしてしまったと言っていただろう)」
王子様から渡されたのはバルバス語の植物図鑑だった。
「私が持っていてもいいのですか?」
「ハい。ほんとたねもらったから。またあいたいです」
拙いながらもレペンス語で再会の約束を願う。
「ええ、また会いましょう」
私はセト様をぎゅっと抱きしめた。
王位を継がなかった王子は『黄金の鳥かご』と呼ばれる一角で、一生幽閉生活を送るそうだ。
そして、私はここを出たら、二度と入ることは叶わないだろう。
――私は、後宮の門を抜け、王宮の門から一歩を踏み出した。
◇
バルバス王都にある食堂兼宿屋。
後宮では時間がなかったから詳しくは聞けなかった。
食堂は騒がしい上、レペンス語を解する人は皆無。好きなだけ話ができる。
私は彼らがどうしてここに来たかを聞いた。 まあ、私が逃げたからなんだろうけれど。
「俺は海外視察で予算を通してもらえたけれど、レイのほうは随行員予算が下りなかったんだ。
父さんがお金出すわけないし、仕方がないから市議長から借りた」
ウエストレペンス市議長かぁ。一度ご挨拶したけれど、私の目の前で「せいぜい食い物にされないように気をつけるこったな」って忠告していた。たぶん姉の評判を私の評判と思っていたのだろう。
その後、一度も会う機会がなかったので、私の評価はそのままだと思っていた。
まさか、旅費を出してくれるとは。
「本当はベリルシュタインもタルジェも旅費、宿屋や通訳、全部手配するって申し出たのに、全部断ってしまったんだ。もらえるもんはもらっときゃいいのに」
「だから余計なこと言わなくていいって」
いや、そういうプライドいらないから。
「おかげで、移動中ずっと男二人でレース編みだよ」
魚介類はウエストレペンスでは川魚と小海老・ザリガニ・タニシなど淡水性の物が主だ。今のうちに食べておかないと。
それにしても、よほどここまでの道のりがつらかったのか、二人はすっかりやつれている。
対して私はと言うと……王子のおとぎ係以外何もすることがなかったので……ちょぴっと重くなったかも。
「で、ナイラは? 本当に埋めちゃったんですか?」
そりゃ、ちょっとは痛い目見たらいいとは思っていたけれど、死んでほしいってーー
心の底では思っていたかもしれないけれど、離れたいって思ったのも本当だけれども、本当に殺してしまうなんて……
「実際、ロセウムの市民革命とか見たら、貴族も慎重にならないと。昔のように「気に入らないから殺す」じゃ、民からの信は離れてしまう。 今の王はうまく国民をまとめているけれど、今の王太子が即位したらどうなるかわからない。そのときに市民に守ってもらうためには、俺達は常に良き領主、慈悲深き領主でなければならない。
だから脅すだけ脅して帰した。ま、最後にしぶとくなんか叫んでたけれど」
イリア様がナイラの処遇を説明してくれて、レイが言葉を継ぐ。
「パンなんとかが起こって、君とお姉さんに選ばれなかった人は死ぬとかなんとか」
我が姉ながら、はあ。すっごい負け惜しみ。
「しばらくはおとなしくしてくれればいいんだけれど。
どうしても罰したいって言うなら、毒入り菓子でも送るけれど?」
イリア様の物騒な言葉に私は慌てて首を振った。
「姉は体型に気を使ってます。使用人に分けられでもしたら、無駄な被害がでます。姉がご迷惑おかけして」
「どっちかっていうと姉より妹から被った迷惑のほうがでかいんだけれど。 なんでこんな遠くに逃げちゃうの?」
う。まさか借金してまで追ってくるとは思っていなかった。
「えー。詳細は省きますけれど取引の材料にされそうになったからで」
レイに迷惑かけたくなかったのは事実だが、ただただ騙していたことを隠したかったがために逃げた。今となっては全部ばれてしまったが。
イリア様が顔をしかめる。
「したよ。取引。君があそこで人質になろうがなろまいが、君の居場所だけでも十分取引材料になったってわけ」
姉から場所を聞き出したのだとばかり思っていたが……
レイが運ばれてきたヤシ酒で喉を潤し、続きを話した。
「あっちの事情も聞いた。決断下す前に、君の居場所教えてくれたものだから、彼らの望みを無視できなくて。父さんが話を付けてくれた。でも、たいしたこと無かったから」
伯爵にも多大な迷惑をかけてしまった。
ルチルが相当悩んでいる様子だったから、何か大きなリスクを課せられると勝手に勘違いしていた。良かった。
あの手品みたいな力で解決したのだろうか。でも、たぶん聞いても答えてくれないだろう。
「それはそうと、もうそろそろ君の名前を教えてくれる?」
ヤシ酒……ナツメヤシのお酒。
一応、この世界は宗教による禁酒はないか非常に緩いようです。
某映画とかぶっているような気がしないでもないですが、気にしない方向でお願いします。




