始末録2【ライラ】
「そろそろ君の名前を教えてくれるかな」
問う声は優しく、それでも目はしっかり私の目を見つめている。
ナイラに聞いて知っているはずだ。
けれど……私は少しためらいながら自分の名を告げた。
「……ライラ」
「目をつぶって」
散々、迷惑かけた後だ。ぶたれるのだろうか。
目を瞑ると首に何か……
「やっ」
何かひやっとしたものが首にあたった。
その驚きのまま、頬にやわらかいものが触れた。
ひゅー、ぴゅーと男性達の口笛や歓声が沸きあがった。
恐る恐る目を明けてみると、首にかけられていたのは、あの紫水晶の砂時計ペンダントだ。
ベリルシュタイン領を去るときもうレペンスに帰ってこないつもりで「機会があればレイに返しておいて」とルチルに頼んだのだ。
「けっ」
イリア様はあきれた顔でため息をついている。
「(にーちゃんノメノメ)」
「(おい、見えなかったぞ)」
「(もう一回やれ)」
ビールやワインを持ったおっさんらが何かわめいている。
どうでもいいが暑いのがさらに暑苦しくなった。
「これは、収まらないですね」
「ちょうどいい。今約束の秘密言うよ」
ああ、手品のことか。
あの、黒髪を一瞬で茶色の髪に変えたり、手も触れず、道具も使わず壁を壊したり、あの虹色の血の人を普通に戻したり。それが秘密だと思っていた。
歓声にまぎれるぎりぎりの声。
「ーーーー」
耳の奥が痛くなり、血の気が引いた。足元が一気に冷えた。
注文の品が次々運ばれてきた。
たこ・カニ・カキ、とりあえずウエストレペンスではなかなか食べられない物を選んだのだけれど、レイとイリアはたこの足を気持ち悪そうにつついたり、カニを見て「ひー」とか「そんなでっかいクモ食べるのか?」とか言っている。
あれは私を縛る言葉だ。聞き返すことも許されない。
だから私たち以外レペンス語を解する人のいないここで伝えたのだ。
私もさっきの言葉は聞かなかったことにして微笑んだ。
「その白いのイカですから」
ザリガニはレペンスでも料理に使われているので、レイたちも手をつけるが他はどれを食べていいのかわからないらしい。ここに並んでいるものは全部食べ物なんだけれど……。
イカは干からびた干しイカが高級品として流れてくるくらいだ。切られたふっくらとした身がイカだと気づかなかったのだろう。 二人はシーフードピラフのイカの部分だけ食べている。
無理して食べる必要がないが、そこまで私の故郷の味を毛嫌いされるのも悲しい。 磯の香りがおいしいのだが、もしかしたらそれが苦手なのかもしれない。
「ライムしぼって食べたら魚臭さマシですよ」
「食事が口に合わなくて。他の人が食べてるのを指差したり、「(おまかせ)」だけは覚えたんだけれど」
「あとは(上玉)と(売り飛ばす)な」
お任せを頼んだら、そりゃ自慢の魚料理出てきてしまう。
それにしても、上玉と売り飛ばすって何のことだろう?
「(串焼きとロールキャベツ追加で。あと小麦そぼろと豆のスープあります?魚なしで)」
海産物を食べてもらうのはあきらめて、彼らが知っている料理、もしくは知っている材料を使った料理を注文した。
二人はおいしそうに生牡蠣を食べる私を不思議そうに見つめる。
「それ、おいしいのか?」
レペンスでは運がよければ酢漬けが手に入ることがあるが、レイはこれが嫌いだ。
私も酢漬けはあまり好きではない。
「慣れないとお腹壊すから。とりあえずフライ頼むから(すみません。カキのフライ一皿)それ食べておいしかったら、食べて」
「結構がっつくなぁ」
「ちょっとはりきりすぎて注文し過ぎてしまったかも」
「なら、私もお相伴に預かろうかしら~」
「クーさん!? なんでこんなところに?」
「ちょっとやり残していたことがあってね~」
そう言って、彼女はレイとイリアの間に座った。
牡蠣のフライが運ばれてきた。一皿に五個。
クーさんができたてのフライにレモンをふりかけ、ぱくぱく食べる。
それをまねてレイたちも食べる。
「ん? けっこうおいしいな」
イリア様は最後の一つも手を伸ばそうとする。
「一つだけに!」
「さっき生牡蠣三つも食べたろうが」
そう言って、無慈悲に最後の一つを食べてしまった。二つ食べようと思っていたのに。もう一皿頼もう。
「金大丈夫か?」
「退職金が出たから帰りの旅費は十分ありますけれど」
ぽそぽそと金額を伝える。
「そんなに? 一ヶ月しか働いてなかったんだろう?」
いや半月ぐらいだ。
「退職金には、『御伽噺』の代金も入っているわ。死者を蘇らせる異邦人の膨大な知恵の書。十分な価値がある」
あの今にも背表紙が取れそうなぼろぼろな本ってそんなにすごかったんだ。
「知恵が載っていても、意味を理解し、その効果を立証して、それを役立てるまでにならないと」
「ヒコウキで世界が狭くなれば、病気が広まるのが速くなるって、何の呪文だよ。父も祖父も本当かどうかわからない話をよく書き留める気になったよな」
「一応確認しておくけれど、私たちが貰ったのって複製よね?」
「原本は厳重に保管しているし、完全な写本は数冊ある。あれについてはあなた方に差し上げる」
「そう、あソース付いているわよ」
振り向いたレイの口にクーさんが唇を押し当てーー
「なんで、避けないんですか!」
「(ねーちゃん。女は寛容じゃなきゃならねー)」
「(そういって四人目の嫁迎えた途端、他の三人から追い出されたんだろ。オメーが)」
「(おじょーちゃん。バルバスの女は男よりも強くないとな)」
「(略奪されたら、略奪し返すそれが正義!)」
酒を飲んでいるおっさんらに何かげらげら笑われているが、さっぱりわからない。どこに笑うところがあるというのだ。
「あっは。いい気味~」
クーさんはあろうことか、レイのカップを奪ってヤシ酒を飲んだ。それ間接――いや、考えないでおこう。
考えたら頭の血管が切れる。
「いきなり何なんですか?」
呆然としてたレイはやっと意識を取り戻し、不快そうにクーさんをにらみつけたが、当の彼女はどこ吹く風。
「私もルビアと同じで借金を返してもらったのよ。
あんなに尽くしたのに私を捨てるどころか、殺そうとした男へのね。ちょっとくらい恨み言言っても許されるでしょ」
人のこと言えないが、えっどーの仇をながーさきで討ったらだめでしょ。
クーさんはぷりぷりの海老の身を割るとと豪快に口に運ぶ。
後宮ではとても上品に食事を召し上がっていたはずなんだけれど。
「でね、私あなた達の国のコインを買い取りたいのだけれど、どう?」
「は? あんなことしておいて良く言う」
レイがつっけんどんに返すが、クーさんは気にも留めず、いつもの調子で話した。
「今ね。異国の硬貨を装飾品にするのが流行っているの~」
「……はあ」
「それと、ついでで、レースを買い取りたいわ~。 具体的には……」
三本指が上がった。
「これって、小さな家が建つくらいですよね?」
クーさんがこくりとうなずく。
「「借金している身でしょ(だろ)?」」
私とイリア様に突っ込まれてレイはしぶしぶ承諾するしかなかった。
「取引終了ね。後一日しっかり故郷を目に焼き付けなさい~」
レースとレペンス王国の貨幣を受け取り、代金を払ってくれたクーさんは用事は終わったとばかりに椅子から浮かしかけた。
それを引き止めたのはイリア様だった。
「それで、本当に用事は終わりか? 他にもっと我々に言うべきことがあるのでは?」
「やっぱり国の母としてはこれはそれなりに有効なものなの」
ヴェールからこぼれる銀の髪を一房引っ張る。
めったにお目にかかれない銀の髪と赤の瞳はそれだけで神秘的だ。
「イリアの手品が防がれた。君はドールなのだろう?」
「君が解放を望むのなら、俺は手段を知っている」
レイの問いも、イリア様の声も硬い。
やはり、それは簡単なことじゃないのだ。
ルビアを治したらしいアレス様は大丈夫だろうか?
「私はこのまま時が終わるのを待つからいいのよ。今ので」
そう言って、イリア様を見る。
「あなた達は何も言わず、私たちが終わるのをただ待つこともできた。
その気持ちだけもらっておくわ」
「俺達は子孫にこの問題を持ち越したくないだけだ」
「私が、居場所を把握しているのは、ルビアだけよ。他は稼動しているのか停止しているのか。それとも完全に壊されているのか。でも五体以上はいないわ」
そして、彼女は私に向き直った。
「セトを王宮から出してあげることはできないけれど、ルビアに手紙を渡したら、セト様の下に届くようにしておくわ。検閲は入るだろうけれど」
それだけ言うと彼女は立ち上がった。
「あ、ありがとうございます」
私も立ち上がって頭を下げる。
「さようなら、しあわせに」
彼女は私を抱き寄せ、そう告げるとレイとイリアに会釈して騒がしい食堂から出て行った。
ライラ……油断してたら、あっという間に増えていくよ。
ペンダント……書いたつもりになっていたのですが、前の話を確認したらすっかりそのエピソードを書くのを忘れていたという……。『王子【ライラ】(九月末)』と『事件【ライラ】』にわかりずらいですが、一文ほどちょろっと追加しました。
イリアさん……自分の嫁置いて、兄の新婚旅行のお供。
カキ……カキの酢漬け、食べたこともないのに悪く書いて申し訳ございません。
昔、カキ飯を食べる機会があったのですが、それがどうしても苦手でした。今となっては何がそんなに苦手だったのか覚えていないのですが……。
カキフライも昔は警戒して食べていたのですが、今は好きです。
酢の物は今でもちょっと苦手です。
沢蟹は、ヨーロッパ原産のはあまりいないようですので、内陸のレペンス王国には蟹はいない扱いにしました。(間違っていてもファンタジーということで、流していただけると)
明日、レペンスに帰る話をup。8/31ナイラさんが登場する予定です。




