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採点いたしますわ——断罪された悪役令嬢は100点の皿を探し続ける  作者: 夜凪 蒼


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エピローグ「次のページは白紙」

銅鍋亭の朝は、出汁の匂いから始まる。


 夜明け前の薄闇に、鶏がらと香味野菜の湯気がほどけて、階段の隙間から2階まで上がってくる。これがわたくしの目覚ましだ。前世の目覚まし時計より、よほど確実で、よほど機嫌よく起きられる。


 階下に降りると、定位置に定員が揃っている。


 竈の前にマルセルさん。仕込み台にリュカさん。卓を拭くアガット。そして賄いの席で、もう何かを食べているニナさん。


「おはようございます、皆さま」


「おう」「おはよう」「おはようございます、お嬢様」「ふぁようございまふ」


 最後のは口に物を入れたまま喋らない。淑女教育はどこへ行きましたの。


 朝の味見が、わたくしの最初の仕事である。


 今日の出汁、よし。スープの塩、よし。リュカさんの朝の一皿——干し茸と卵の重ね焼き、85点。挑戦状だった朝ごはんは、いつの間にか、ただの美味しい日課になった。点数の上下より、毎朝この皿が出てくることのほうが、たぶんずっと贅沢なのだと、最近のわたくしは知っている。


「今日の市は」


「ロザリーさんとこに新豆が入る日ですわ。前菜候補の調査に参りますの」


 フルコース計画は、始動している。主菜候補、テリーヌ95点。スープ候補、女将の白。残る前菜と魚と甘味を求めて、王都味見役の台帳は毎日少しずつ太っていく。先は長い。長いのがいい。研究課題というものは、一生分あるのがいちばん幸せなのだ。


 開店前のひととき、扉の鈴が鳴った。


「ごめんよ。王都味見役どのは、こちらかい」


 入ってきたのは、見慣れない旅装の男の人だった。潮と香辛料の匂いがする外套。手にした書状には、見たことのない紋章——銀の皿に、交差した麦と葡萄。


「海向こうの、グルマンディア王国から参った。我が国の宮廷より、書状をお預かりしている」


 グルマンディア。


 大陸一の美食の国。香辛料航路の女王。料理人の聖地と呼ばれる国の名前くらいは、この世界の令嬢教育にも出てくる。


 書状を開くと、流麗な文字でこうあった。


『美食の国グルマンディアより、王都の「点付けの令嬢」どのへ。

 貴殿の舌の高名は、香辛料商の口づてに、海を越えて我が宮廷まで届いている。

 来たる春、我が国にて開かれる美食外交の宴に、貴国の王都味見役を賓客として招きたい。

 大陸中の料理人が皿を持ち寄る宴である。貴殿の点数とやらを、ぜひ我らの食卓で聞かせていただきたい』


 末尾には、もうひと筆。見覚えのある癖の字で、添え書きがあった。


『——国としては受けるつもりだ。返事は急がない。だが行くなら、外交の体裁上、護衛と監督が要る。心当たりは、ある。 J』


 Jって。署名になっていませんわよ、殿下。あと護衛と監督の心当たりが誰なのか、嫌というほど分かる文面はおやめくださいまし。


「クロエ様、クロエ様、それ、なんですの!?」


「海の向こうの、お招きですわ」


「海の向こう……海の向こうの、ごはん!!」


 ニナさんの目の輝きが、完全に食欲の輝きである。リュカさんが仕込みの手を止めて、こちらを見ていた。マルセルさんも、火加減を直すふりをして、耳だけこちらに向いている。


「……行くのか」とリュカさん。


「さあ、どうかしらね」


 わたくしは書状を畳んで、ノートの表紙裏——許状の隣に、挟んだ。


「大陸中の料理人が皿を持ち寄る宴。前菜候補も、魚候補も、見たことのない香辛料も、きっと山ほどありますわね。それに美食の国の宮廷料理が、何点なのか……正直、舌が疼きますわ」


「行く気じゃねえか」とマルセルさん。


「でも、春までは考えますの。だってこの店、定食がまだ79点ですもの。80点の宿題を置いて海は渡れませんわ」


「……ふん。なら当分、渡れねえな」


「あら、昨日より出汁が1点ぶん深くてよ、親方。案外、春までに追い出されるかもしれませんわね、わたくし」


 店中が笑った。マルセルさんの耳が赤いのは、竈の火のせいということにしておく。いつものことだ。


 開店の刻限。


 扉を開けると、朝の光と一緒に、一番客のジョフロワさんが入ってくる。「白いスープ、あるかの」。あります。今日も、明日も。


 行列が橋を渡ってくる。屋台の煙が上がり始める。市場の呼び込みが聞こえる。この町の、どこかの竈で、今日も誰かの皿が1点ずつ美味しくなっていく。


 卓の隅で、わたくしはノートを開いた。


 1ページ目には、断罪の夜のテリーヌ。87点。


 最新のページには、95点と、フルコースの設計図の書きかけ。


 そして、その次のページは——白紙。


 まだ何も書かれていない。100点の一皿も120点の食卓も、海の向こうの皿も、まだここにはない。あるのは白い紙だけ。


 でもね、知っていまして?


 白紙というのは、ノートの中でいちばん、いい匂いのするページなんですのよ。


「お嬢様」


 お茶を運んできたアガットが、湯気の向こうから、いつもの平坦な声で言った。


「また点をつけていますね」


「ええ」


 わたくしはペンを構えて、にっこり笑った。


「次のページは、まだ白紙ですもの。——さあ、今日の最初の一皿はどなたかしら?」

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