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第八話 孤独死

 おや、皆様、またお会いしましたね。幸せ案内人幸人です。

おやおや、皆様何だか浮かない顔をしていらっしゃいますね。何か、お困りですか? それでしたら、是非幸福館へお客様としていらしてください。お待ちしてますよ。

おやおや、もうお客様が来られましたね。


「幸人様~、お客様ですよ」


はい、分かりました。すぐ行きますよ。では、皆様、私はこれで。

皆様に幸あらんことを。

 一人のお婆さんが、幸福館の扉を開いた。名前は、坂本光枝。光枝は、腰を屈めゆっくりと薄暗い幸福館の中を歩いていると、黒猫と少女がいた。少女と黒猫は、光枝に近づき

「ようこそ、幸福館へ。私は、幸人様の助手の奈美といいます。あなたをこれから幸人様のいる部屋まで案内致しますので、着いて来てください」 と、奈美は言って光枝の歩くペースにあわせ、歩きだした。しばらくすると、一番奥の部屋に辿り着いた。奈美が

「ここに、幸人様がいらっしゃいます。どうぞ中へ」

と言われ、光枝は部屋の扉を開いた。部屋は、蝋燭の灯かりに照らされており、部屋中に霧のようなモヤが立ち込めていた。奈美が

「あちらに、幸人様がいらっしゃいます。お気をつけてお進み下さい」

と、光枝の手を取り、幸人の元へ案内した。光枝が、幸人の元まで行くと、奈美が

「幸人様、お客様をお連れ致しました」

と、幸人に告げる。幸人は、椅子から立ち上がり、光枝の元に来て

「初めまして、私は、この幸福館で、幸せ案内人をしています幸人と申します」

と、丁寧にお辞儀をした。光枝は、奈美に椅子へと誘導され、椅子に座ると幸人も向かい合って座り、水晶玉に手をかざす。すると水晶玉が光だして、幸人が

「あなたのお名前は、坂本光枝様でよろしいですか?」

「ええ、その通りですじゃ」

「では、坂本様、あなたの不幸を見させて頂きますので、こちらの水晶玉を見つめて下さい」

と、言われて光枝は、水晶玉を見つめた。すると、光枝は、意識が遠退いて行くのを感じて虚ろな瞳になった。それを確認した幸人は

「では、あなたの不幸を聞かせて頂きます」

と、言うと光枝は、虚ろ瞳のまま

「私はですなぁ~……」


 光枝は、旦那と早くに死に別れてからというもの一人暮らしをしていた。息子二人は、すでに結婚し、長男の芳雄は近くに住んでいるのだが、次男の武次郎は、遠くに住んでいる。

光枝は、腰が曲がっていて、歩くのも難しく、いつ転倒してもおかしくない状態だった。

長男の芳雄が、仕事帰りに毎日光枝の様子を見に行っていた。そんなある日に、芳雄が光枝の様子を見に行ったら、いつもなら何らかの返事をするのだが、この日に限ってはなかった。芳雄は、老人の一人暮らしと言ったら、孤独死が多くニュースにもあげられていたため、気になり家に入ると光枝は、リビングの床の上で倒れていた。芳雄は 「おい、母ちゃん、しっかりしろ。母ちゃん」

と、光枝の身体を揺さぶったりしたが、光枝の反応はなかった。芳雄は、すぐに、救急車を呼び光枝を搬送した。

病院に着いてから、直ぐに精密検査を行い、先生から

「右脳に脳梗塞がみられました。命には別状ありません。しかし、左半身に麻痺が残る可能性があります」

と、言われた。

芳雄は、寝ている光枝のところへ行き

「母ちゃん、とりあえず無事で良かった。心配したんだぞ」

と、寝ている光枝に言った。

芳雄は、家に帰ると芳雄の妻である加奈枝に

「なぁ、加奈枝。母ちゃんが、今日脳梗塞をおこしたんだ。それで、命には別状はないんだが、左半身に麻痺が残るらしいんだよ。でな、麻痺になったら、ろくに歩けなくなるかもしれない。だから、母ちゃんをこの家で見ないか?」

と、夕御飯を食べながら 言った。加奈枝は

「ちょっと待ってよ。お母さんは、脳梗塞をおこして大変なのは分かるけど、うちにだって子供が二人いるのよ。子供にもこれからお金もかかるっていうのに……」

「それは分かる。でも、ほっとけないだろ」

「あなたは、いつも口ばっかりじゃないの。子供の世話も私に任せっきりだし、お母さんの介護も私に押しつけるのが目に見えてるわよ」

「母ちゃんについては、ワシも協力するから」

「ちょっと、考えさせて下さい」

と、言って加奈枝は腰を上げて行ったしまった。 それから毎日、芳雄は、加奈枝に説得を試みるが平行線を辿った。

 三ヶ月が過ぎ、光枝は退院を迎えた。芳雄は、光枝を迎えに行き、光枝の家に着いた。

光枝は、杖を片手におぼつかない足取りで何とか歩くが、時折ふらつき倒れそうになる、芳雄は、光枝の麻痺側に立ち、光枝の歩行介助しながら家の中へ入った。光枝は

「芳雄、悪かったなぁ心配かけて。私は、大丈夫だから心配しなさんな」 「母ちゃん、ワシ等と一緒に住まないか? 今の状態の母ちゃんを一人にはされられないから」

「何言ってる、私が芳雄の家に厄介になったら、加奈枝にも迷惑じゃろうて、私は大丈夫じゃ」

「母ちゃんまで、そんな事言って。まぁ、今日は帰るけど、また明日顔出すよ」

「分かった、分かった」 芳雄は、その日も加奈枝に説得を試みるも平行線。次第に、夫婦仲も悪くなる一方だった。

それからも毎日のように、芳雄は光枝の家に行って光枝の様子をうかがった。芳雄が、帰ろうとした時、光枝が

「芳雄、あんたぁ最近浮かない顔をしてるよ。まさか、私の事で加奈枝さんと喧嘩してんのかい」「まぁ、少しな。あいつなかなか、納得してくれなくてよ」

「バカタレ、私は一人でも大丈夫と言ったろ。私の事で、あんた等夫婦がいがみ合ってどうする」 と、光枝は怪訝な表情で言った。

芳雄が、帰った後、窓越しに座り

「全く、芳雄は心配性じゃな。私のせいで、芳雄等夫婦が喧嘩するとは……わたしゃ、死んだほうがよかったかのぅ~」

と、一人で悩んでいた。 光枝が、窓越しから外を眺めていると、光枝の前に一匹の黒猫が現れた。 「おや、可愛い黒猫じゃねぇ。何しに来たんだい。うちには、残念ながらあんたのご飯はないよ」 と、黒猫に話しかけた。 黒猫は

「ニャー、ニャー」

と光枝の方を向いて鳴いた。その時、近くで

「ジルマ、ジルマ~、何処行ったの」

と、少女の声が響いた。黒猫は、少女の元へ戻り再び、今度は少女を連れて光枝の前に来た。

「この黒猫は、あんたの猫かい?」

と、光枝は少女に尋ねると

「うん。そうなの。この子ジルマって名前なんだよ。可愛いでしょ」

と、少女は、ジルマの頭を撫でながら言った。

少女は、光枝の顔を見て 「お婆さん、何か辛い事か、不幸な事があった? 暗い表情してるよ」

「あぁ、実は少しねぇ」 「そっか、じゃ、私がいいところに案内してあげるよ。そこに行けば不幸な事なんて忘れられるから、着いて来て」

と、言って少女は歩きだした。光枝は

「そこは、近いのかい。あんまり歩けないから遠くは無理なんだよ」

「すぐ、そこだよ。大丈夫。さぁ、早く行こ」

と、少女は光枝の手を取り光枝のペースにあわせ再び歩きだした。

しばらく行くと少女は大きな館の前で止まった。 「お婆さん、ここだよ。中に入って」

と、言われ光枝は、幸福館の扉を開いた。


光枝は、虚ろな瞳まま全てを語った。幸人が、指を鳴らすと、虚ろ瞳だった光枝の瞳が元に戻り、光枝も正気に戻った。

正気に戻った光枝に幸人が

「あなたの不幸を聞かせて頂きました。あなたは、脳梗塞をおこしてしまい、身体が不自由なのですね。それで息子夫婦が引き取る、引き取らないで喧嘩をしている。そう言う訳なのですね」

「はい、その通りですじゃ、私の為に息子夫婦が、喧嘩しているのを聞いたら、私は、あの時に死んだ方が、私も幸せじゃったし、息子夫婦もいがみ合わないでよかったと思うのですじゃ」

「そうですか、分かりました。あなたを幸せにさせて頂きます。その変わり、幸せになる代償として、あなたの一番大切な物を対価として頂くようになりますが構いませんか?」

「一番大切な物ですかい? つまり、命って事ですかな?」

「いえいえ、人によっては様々ですよ。あなたが、どのような幸せを望むかに寄って対価を頂きます」

「はぁ~、そうですか? 分かりました。対価を払います」

と光枝は言った。幸人は「もう一度聞きますが、あなたの幸せとはなんですか?」

「私は、息子夫婦が私の為に喧嘩をしてほしくないんですよ。だから、私は、居なくなったほうがいい。私は、随分長く生きましたし、幸せもたくさんもらいましたから」 「そうですか、分かりました。では、対価を頂きますね」

と、幸人は言って光枝の前に立った。そして、光枝の前に手を伸ばす。すると、幸人の手が光だした。しばらくすると光が消えて、幸人が

「これで、対価を頂きました。対価を頂いたので、あなたはこれで幸せになれるでしょう。ですが、私に対価を払った事を誰かに言ったらたちまち不幸になりますので、お気をつけください」

「分かりました。気をつけますよ」

幸人は、再び光枝の額に人差し指を付けておまじないを書いた。

「では、全て終わりました。光枝様に幸あらんことを」

光枝の目の前が白くなってゆく。そして、光枝は気を失った。


 目を覚ました光枝の前の幸福館は消えていた。 光枝は、不思議に思いながらも、家路に着いた。帰っている最中に頭痛が激しくて仕方なかったが、何とか家についた。

家に着いてからも、頭痛は激しくなるばかりだった。もうすぐ芳雄が来る時間な為、芳雄の好物の筑前煮を作ろうとキッチンに行こうとした時、頭に鈍器のような物で殴られたような激しい痛みとともに倒れてしまった。

芳雄が、光枝の家に着いたのは、光枝が倒れて三十分過ぎていた。倒れた光枝を見つけて、芳雄は光枝に声をかけ、身体を揺さぶったが反応はない。すぐに、救急車を呼び搬送され、精密検査を行い、すぐ手術になった。 手術室から先生が出てきたのは、手術開始から三時間後だった。先生は

「くも膜下出血を発症され、手は尽くしましたが、午後十時三十分ご臨終です」

と、芳雄に言って頭を下げた。

「そ……そうですか……先生ありがとうございました」

と、言って光枝のところへ行き、泣き崩れた。

「ごめん、ごめんな母ちゃん」

その後、しめやかに光枝の葬儀が行われた。

光枝は、亡くなった後、魂だけが、幸福館に訪れて幸人に

「ありがとうございました。これで幸せになれます」

と、お礼を告げて、対価の棚へと入っていった。


 おや、皆様、いらしてましたか?

この度は、自分を犠牲にしてまでも、息子夫婦の幸せを願う母親の思いに私も感動いたしました。 皆様だったらどうしますか?

おや、もう時間ですね。 では、私は、紅茶でも飲んで一休み致します。

では、この辺で。皆様に幸あらんことを。

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