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1-18 タマキとナオ

 ナオが目を覚ました時。そこは静かな部屋だった。

 自分の身体には幾重にも包帯が巻かれ、清潔な白いシーツが掛けられており、そのどちらにも見覚えがある。

 ここは医務室だ。二回目だから間違い無い。前回と違う点は個室である事くらいだろうか。

 部屋の中には自分が横たわるベッドが一つ、椅子が二つ。ベッドサイドには小さなテーブルがあり、少しだけ開いた窓からは涼しい風が吹き込んでカーテンを揺らしている。

「えっと……」

 俺は何をしてたんだっけ?

 ナオは目を瞬かせて必死に記憶を辿る。

 そうだ、戦技披露会でムカつく金髪女を追い詰めて、それで……?

 そこから先が思い出せない。何がどうなった? タマキは? 試合は?

 首を捻り、あれこれと考えを巡らせるナオ……とその時、小さな音を立てて病室の入口が開いた。

「あ……タマキ」

「ナオ! 目が覚めたのか!」

 少しだけ開けた扉の隙間から、小さな身体を滑り込ませて来たのはタマキだった。彼女もナオと同じく患者用の貫頭衣を着ており、身体中包帯だらけ。松葉杖をついて片足を引き摺るように歩いている。

 結構酷い傷を負っているようではあったが、何故か彼女の表情は明るく朗らかで、ナオの不安は随分と軽減された。

「タマキ、良かった、安心した。無事だったんだな」

「お互い様だ……お前がこのまま目を覚まさなかったらどうしようかと思っていた」

 言って、タマキがナオの枕元へ腰かけた。ぎしり、とベッドが軋み、シーツに皺が寄る。

「今の状況、わかるか? 戦技披露会から、もう三日経っている。斯く言う私も昨日目が覚めた所なんだがな」

「三日……」

 そんなに眠っていたのか、夢も見なかった。心身ともに極限まで疲労していたのだろう。あの試合は、それだけ疲れる物だったという事だ。

 そういえば……とナオは口を開く。確か試合には勝った筈だ。けれど、その後はどうなった?

「なあタマキ、あの後……」

「ん? ああ、そうか。ナオも気を失ったらしいな」

 目を細めてナオの顔を見ていたタマキは、すぐ彼の聞きたい事を察したようだった。

「私も他人から聞き及んだ事ではあるが、順に話すとしよう」

 ベッドサイドのテーブルに置かれたコップへ水を注ぎながら、タマキがぽつぽつと語り始める。

 第二試合でマルグレィテを下し勝ち名乗りを受けた後、タマキとナオはぷつりと糸が切れた操り人形の如く、その場に倒れたらしい。そしすぐにて医務室へ運び込まれて治療を受け、目が覚めるまでずっと眠り続けていたようだ。

「その間に次の決勝戦、第三試合は終了。私たちの不戦敗だ。ま、ぐうすか寝てたからな……ほら、飲むか?」

 コップを差し出しつつ、可笑しそうに微笑するタマキ。決勝に出られなかったことを悔やんでいるかとも思われたが、そうでもないようだ。けれど今のナオになら彼女の気持ちが少しだけわかる気がする。

「表彰式も一昨日で、そちらも欠席だ。私としては……」

「出たかったのに?」

「いや。ナオの式典衣装を買う金が浮いて助かった」

 笑い合う二人。そこからもしばらく、あれはどうなっただの、どこいっただの、空白の期間を埋め合わせる作業が続く。

 戦技披露会、二人の最終成績は準優勝となった。表彰式にこそ出られなかったが、初出場でコレなのだから上々の好成績だと言える。

 ちなみにマルグレィテは武器を失った事が祟って三位決定戦で判定負け。表彰台を逃したとの事だった。

「へっ! ザマぁ!! 下らない真似ばっかりしやがるからだ!」

 小さなガッツポーズで喜びも露わなナオを、タマキは「他人の不幸をそんな風に言ってはダメだ」と窘める。しかし……。

「ンな事言ってるタマキだって悪い顔になってニヤけてるぞ?」

「えっ? あ、いやコレは……ざまぁ見ろとか、そういう事ではなくだな……」

 ナオの指摘を受け、緩んだ口角を慌ててグニグニ引っ張り誤魔化していたタマキ。けれど不意にトーンダウンしたかと思うと、病室の天井を見上げてぽつりと零した。

「ま……良いか。胸が空いたのも事実だしな」

 マルグレィテに対し、タマキなりに色々と思うところがあるようだ。

「……」

「…………」

 そこで話題が途切れた。

 喋る者が居なくなると、室内の静けさが際立つ。

 ゆっくりと流れ始める時間。関節の軋む音さえ聞こえる気がする。

 ナオは一つ、どうしてもタマキに聞いておかなければならない事があった。とても聞き辛いが大事な話……自分の、今後の事だ。

 戦技披露会が終わった以上、仮の鎧である自分はお役御免だ。タマキとの仮契約は打ち切られ、彼女は新たな金属鎧と契約する事になるのだろう。

 この数日の報酬として、ナオは結構な金銭を貰える事になっていた。第三区画で静かに暮らせば十数年は食うに困らないであろう、それ程の大金だ。

 けれどそれよりも、ナオには言いたい事がある。タマキを困らせるであろう事は容易に想像出来るが、それでも言いたい事。

 それを切り出そうと思っていた矢先にこの奇妙な静寂……なんとも間が悪い。

 聞くの、明日にしようかな?

 弱気の虫が首をもたげてきた、そんな時だった。

「なあ……ナオ、聞いて欲しい話があるんだ」

 タマキの声が重苦しい沈黙を破った。嫌な予感……ナオの鼓動が高鳴る。

「ほら、お前と会った時に話をしたろ? 報酬の事だ」

 やっぱり! 全く持って嫌な予感ほど良く当たる。

 緊張に震えるナオを余所に、タマキは視線を落としてボソボソと、言葉を一つ一つ繋げるように語る。

「お前には、世話になった……私は、そう思ってる。準優勝したし……色々、元気付けらた。ナオが居てくれて、良かったと……本当に思う」

 タマキの声は途切れ途切れで抑揚も少なく、まるで三文役者の棒読み台詞だ。その上、俯いて話すものだから聞き取り辛い事この上ない。

「私ばかりが頼ってしまって……お前に大怪我をさせてしまって……すまない。あと、そうだ、名前も。成り行きとはいえ、私が勝手に名前を……一生モノの事なのに……すまない……本当に」

 と、ここまで話して、タマキは顔を上げた。そこには無理に作ったような笑顔が張り付いている。

 彼女は声のトーンを上げ、明るい調子で言った。

「だからというワケでも無いのだが、報酬には少し色を付けさせてもらった! 当面の生活には困らないくらいにはなっていると思う。とりあえずはココで傷を癒して、それからゆっくり……い、家に……戻っ……」

「いらねぇ」

 ナオの一言が、タマキの声を遮る。瞬間、少女の顔に張り付いていたウソ臭い笑顔が剥がれ落ちた。その下に見えたのは不安。そして恐怖。

「タマキ、俺……金なんていらない。多目にくれるっても、嬉しく無い」

 ナオはそう言ってタマキの目を見た。彼女の目は大きく見開かれ、自分を真っ直ぐに見つめ返していた。まるで遠く、遥か彼方を見つめるような瞳だった。

「なぁ……やっぱ俺、ここに居ちゃあ迷惑か? 居ない方が助かる感じなのか? タマキの都合が悪いってのは、わかってるんだ。けど、俺……!」

「ちがっ……! 違うんだ、ナオ!!」

 今度はナオの言葉をタマキが遮った。彼女の声は唇と共に震え、顔面蒼白、今にも死にそうな顔をしている。

「わ、私はただ……お前が、お前を……っ! 幸せに……良かれと思って!!」

「何が違うってんだよ! 言ったろ!? 俺、お前が好きだ! だから頑張って……! タマキと居たくて、俺っ! なのに家に帰れってのか!? そんなの……!」

 ナオが半ば怒鳴るように食って掛かる。その剣幕に一瞬たじろぎ目を潤ませたタマキだったが、すぐさま立て直し、同じく泣き叫ぶような声で押し返す。

「私だって! 私っ……私だって、お前に居て欲しい! ここに! 私の傍に!……でもっ!!」

 タマキがナオの胸に手を置き、顔を寄せた。その目には涙が溜まり、唇は血が出そうな程に噛みしめられている。

「ここに居たらお前は傷付く。間違いなく……今よりも、もっと!」

 忌々しげに、タマキは震える声で吐き捨てる。

「気付いているんだろう? 出会った日の夜、マルグレィテ殿が私に何をしたか! そして私が戦技披露会でどのような目に合ったか、お前も見ただろう! 酷い事をすると思ったよな? でも、それが当たり前なんだ! まかり通る世界なんだココは!」

 胸へ置かれたタマキの手には包帯が巻かれ、血が滲んでいる。槍によって貫かれた傷だ。胸や両足にも同じような傷があるし、背中だって鞭打たれて酷い事になっている。

「わかるだろう? 平気でえげつない真似をする者は多い。それを許し、弱者を嘲笑う者も!」

 聖王騎士へと続く道は決して広くない。相手を傷付け蹴落とし、邪魔者を押し退けて進まなければならない修羅の道だ。

「私だってそうだ。邪魔者を打ち倒して来た……この手で、容赦なく! お前の事にしたって……利用した……自分の都合良く、聖王騎士を目指すのだと大義名分を傘に着て! だから……」

 ナオには、わかった。タマキの言いたい事が。

 少年は自らの胸に乗せられた小さな手に手を重ね、俯く少女の額に自らの額を寄せる。すると彼女も同じように額を寄せ、二人の頭がコツリとぶつかった。

「私……私も、ナオの事が好きだ。だから……嫌なんだ。きっとナオは……こんな私の為にでも、頑張ってくれる。それが怖い……! それを喜ぶ自分が……嫌だ!!」

 少女が強く目を閉じた。頬の曲線に沿って流れ落ちる涙――これと同じ涙を、彼女は何度流したのだろう?

「もう泣くな、タマキ」

 少年が、少女を優しく抱き寄せる。

「言っただろ? 俺を頼れって。いつでも、もたれ掛かってくれて構わない。お前の体重くらいなら平気だからさ」

 小さな肩、細い腰。それら全てをまとめてきつく抱きしめる。

「何があっても、俺がついてる。ずっと一緒だ」

「ナオ……!」

 少年の胸に顔を埋め、タマキが身体を震わせる。

「本当に……本当に良いのか? 私は……」

「何回も言わせんなよ、恥ずかしい。タマキの全部、なにもかも好きなんだ。ここが地獄の底だったとしても、どんな嫌な事があっても、お前だけは放したりしない。だから……」

 ゆっくりと顔を上げるタマキ。そのすぐ正面にナオの顔がある。

「俺……タマキと一緒に居て、いいか?」

 それに答える代りに、タマキはそっと目を閉じる。

「えっと……これはOKって事で良いのかな?」

「察しろ、バカ」

 微笑みと共にそう言って、タマキはナオの唇を塞いだのだった。

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