最終話 どうだ、明るくなったろう
闇金は町の番兵たちによって拘束された。凍てつく紙幣を破られた彼にもはや力は残っていなかった。
彼が率いていた100人のならず者たちもソフィアらに敗れ、全員捕縛された。
後日、彼らはまとめて王都に護送されることになった。
闇金ことヤミノフの罪はあまりに重い。放火犯や山賊、テロ組織を扇動し、ついには直接成金の命を狙った。余罪も無数にある。裁判を受け、おそらくはその命をもって罪を償うこととなる。
成金は自身の負傷を押して、護送車に乗せられる闇金の元に向かった。
闇金は手枷をつけられ、あちこちに包帯を巻き、すっかり憔悴しきった表情だった。
事実上の死地に向かう宿敵かつ親友にかける言葉など見つからなかったが――
「ナリウス……」
「ヤミノフ……!」
なんと向こうから話しかけてきた。
「俺は最後まで……お前に勝てなかったな」
「ヤミノフ……」
「だが、最後に全力でお前と戦えて……楽しかった。悔いはない……」
うっすらとだが笑みを浮かべる。
金の魔力に取りつかれ、世の中を嫌悪し、魔道に堕ちたヤミノフであったが、人生の最後にかつて持っていた明るさを取り戻せたのかもしれない。
王都に向け走り出した馬車を、成金はいつまでも見送っていた。
「さらばだろう……我が友」
***
事件のほとぼりも冷めた頃、ある日の夜、成金は邸宅に町の人々を呼んだ。
打倒闇金は彼らの援軍や声援があってこそのものであり、お礼をしたいと考えたのだ。
成金は食堂を始めとした家の大部分をパーティー会場とし、料理人を雇い、酒や料理を振舞った。パーティーといっても形式ばった堅苦しいものではなく、気軽に来て好きなように飲み食いして、好きな時に帰っていいという風なものだった。
この開放的な形式は大成功し、大勢の町民が訪れてくれた。
成金は好きなように来て、用意された料理を食べる人々を見て、満足そうに微笑んでいる。
「みんな来てくれて嬉しいだろう」
歩いてみんなと挨拶する。
「おお、トーマス君、すっかり歩けるようになったろう」
トーマスが母親とやってきていた。かつて歩けなかった彼だが、今ではすっかり健康を取り戻している。
「うん、今ではみんなとかけっこやボール遊びだってできるんだ!」
「それはよかったろう」
トーマスの母も成金に頭を下げる。
「成金さんのおかげです」
「いやいや、母親思いのトーマス君だからこそできたことだろう」
事実、成金が紙幣の雪を降らせて立ち上がれたのは、トーマスが母を思ったからに他ならない。
ガツガツと肉料理を食べるトーマスを見て、成金は「よく噛んだ方がいいだろう」と笑いかけた。
パン屋の娘メイリも来ていた。今日出した料理のうち、パンは彼女のものを使用している。
「パンをご注文して頂いてありがとうございました!」
「パンはどこの店にするかと決める時、君のところ以外考えられなかったろう。おかげでみんな率先してパンを食べてくれているだろう。大量注文に応えてくれて感謝だろう」
メイリのパンは相変わらずの評判で、出せばすぐ売り切れる状態。
成金の「買ったお客に金を渡す」作戦が功を奏した。
「これからもお得意様でいて下さいね、成金さん」
「もちろんだろう」
成金はうなずいた。
切り分けられたケーキを頬張っているのは、ウェイトレスのシンシア。
レストランでの“ハイエナ”のリー事件で知り合った彼女だが、今ではすっかり顔馴染みだ。
「シンシア君、こんばんはだろう」
「成金さん!」
「先ほどレストランの支配人にも会ったろう。君にも会えて嬉しいだろう」
「こちらこそ……こんな素敵なパーティーを開いて下さって……」
「これからもあのレストランは贔屓にするだろう。だからよろしく頼むだろう」
「はいっ!」
シンシアとの顔合わせを終えると、銭湯経営者マットを始めとした銭湯仲間達がはしゃいでいる。
「成金さ~ん!」
「また一緒に銭湯行きましょう!」
「イェーイ!」
成金は「もちろんだろう」とうなずいた。
パーティーには町長も来てくれた。
「町長、お越し下さりありがとうだろう」
「礼を言うのはこちらだよ。あなたのおかげでマルカの町もずいぶん名が上がった。この町に引っ越してくる人も増えた」
成金のおかげで町興しができたと町長は笑った。
「ところで、どうだね。次期町長選に立候補してみないか?」
成金はこれには手を振った。
「色々と忙しくて……遠慮しておくだろう」
「そうか……。成金さんならトップ当選間違いなしなのにな」
町長は残念がった。
会場の一角には、老師ルドとその弟子ギルダー、そしてギルダーの恋人ルビアも来ていた。
「成金殿! ワシらは本当にお世話になった!」
ルドが大声で感謝を述べる。
「その節は本当にご迷惑をおかけしました」
頭を下げるギルダーに、成金は「この間は助けられたからおあいこだろう」と笑い返す。
寝たきりだったルビアもリハビリを無事済ませ、美しさと健康を取り戻した。
「祖父と私の……夫がお世話になりました」
「夫!? 君たち結婚したのかろう?」
ギルダーは照れ臭そうにうなずいた。ルビアが退院したら即結婚したらしい。
「まったく呆れたものじゃ。しかし、こちらとしてもギルダーがもらってくれるのなら安心じゃ」
「ええ、二度とルビアを危険な目にはあわせません!」
そう宣言するギルダーは、闘技大会決勝で戦った頃とは桁違いといっていいほどの覇気がみなぎっていた。
もはやかつての悲劇を繰り返すことはなさそうだ。
そしてもちろん、会場には令嬢ソフィア・ドラクマもいた。番兵ダイムと一緒に酒を飲んでいる。
「ソフィア君、来てくれたろう」
「ええ、もちろんですわ。それにしてもずいぶん素朴なパーティーですのね」
「あまり派手なのは好きじゃないだろう」
「ふふっ、あなたらしいですわ」
上品にワインを嗜むソフィアには一流貴族の風格が漂っている。金を悪用するという点においては闇金と同じ道を歩んでいた彼女だが、成金に敗れたことでその道を歩まずに済んだ。
「放火事件、温泉、陛下護衛、そして闇金の件と、君には幾度も世話になったろう」
これを聞くとソフィアは顔を赤らめる。
「だから言ったでしょう! 私のライバルであるあなたが、他の誰かに倒されたくなかっただけですわ!」
ダイムがクスリと笑う。
「ホント、ソフィア様って分かりやすいですよね」
「うるさいですわ!」
コインがダイムの尻に炸裂する。
「ぎゃんっ!」
悲鳴を上げるダイムに、成金も話しかける。
「ダイム君、君も立派になったろう。今やマルカの町の番兵の顔といってもいいだろう」
「ありがとうございます。成金さんのおかげで、俺は自分の仕事に誇りを持てました。これからもマルカの町を守り続けます!」
「心強いだろう」
成金は嬉しそうに微笑む。ここでソフィアが――
「ああ、そうそう。あなたのメイドのローザさんが捜してましたわよ」
「私をだろう? ありがとう、すぐに向かうだろう」
邸宅内を捜し回ると、ローザがいた。
クローネ王国では魔力で明かりを灯す魔力灯が普及しており、成金邸の明かりもそれで賄っているのだが、その大本といえる装置の調子が悪いとのこと。
「旦那様、少し装置を調べたいので、“お願いできます”でしょうか?」
ローザの頼みを成金は二つ返事で引き受けた。
「任せるだろう」
装置を調べるということはその間魔力灯は機能しなくなるということである。
今は夜なので、邸内は真っ暗になってしまう。
ところが成金もローザも全く慌てていなかった。
まもなく装置が取り外され、邸内はもちろん、パーティー会場が真っ暗になる。
だが、誰一人として慌てる者はいない。
皆がこれから起こることを知っているからだ。
暗闇の中、ソフィアがつぶやく。
「あら、真っ暗ですわね。足元のお靴も見えないぐらいですわ」
すると、ぱぁっと辺りが明るくなった。
成金が紙幣を燃やし、その光を明かりにしたのだ。魔力灯よりも穏やかで、優しい光である。パーティー会場はたちまち明るくなった。
彼はもちろん、この決め台詞を忘れない。
「どうだ、明るくなったろう」
クローネ王国のマルカという町に、一人の大富豪が住んでいた。
その大富豪は自身の持つ紙幣を惜しげもなく使い、時には燃やし、人々に明るさを届け続けた。彼と関わり、助けられた者は、皆が幸せになったという。
彼の名はナリウス・キングマネー。白い髪と白い口髭を携え、常に黒いスーツを着用し、穏やかな笑顔を欠かさない紳士である。
人々は尊敬を込めて、彼のことをこう呼ぶ。
“成金”と――
おわり
成金おじさんの物語、完結となります。
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