五の②
青木と小川は、飛行機、電車、バス等、あらゆる交通機関という交通機関を駆使し、一日半を費やした果てに、ようやくパラダイス島に行き着くことのできるフェリーが出ている港にまでやってきたのだった。
二人は、だいぶんくたびれた様子である。フェリーのチケットを買いに来た、見るからにやつれた小川を、受付は気の毒そうに眺めた。
ところで、ここまで手紙に書かれていた道順を素直に守ってきたはずである。しかし、パラダイス島と書かれた標識は一向に見当たらない。フェリーのチケットには「For fish island」と記されている。
「『魚島』ですかね、青木さん」
青木はベンチでぐったりとしていた。
「とりあえず、泊まるところでも探しましょう」
青木の返事はない。小川が行こうとしても、ベンチにとどまったまま、ちっとも動かない。
小川はしかたなく、青木の腕を無理矢理引っ張っていった。
「おい、待て! 待ってくれ!」
「早く、行きますよ?」
「何で……お前はそんなに元気なんだ」
青木は息荒く、途切れ途切れに話した。
「僕だってしんどいですよ。でも、早く泊まるところを探さないと……」
「ああ、若いっていいな」
青木はそのままズルズルと、小川に引っ張られていった。
幸い小川は「HOTEL」の標識を港の近くに見つけていた。現地語が特別できるわけでもないが、何となく街の雰囲気は掴めてきたところだった。
一方の青木は、見知らぬ土地に警戒心満載で、さっきからキョロキョロ辺りを見回している。
「この辺、治安悪そうだな」
「そうなんですかねぇ、全然暗いですけど」
「暗いからだろうが! 何言ってんだ」
「まあ、ネオン満開の街が治安悪いってイメージなんで」
「そういうものなのか?」
小川もなんだか、だんだん心細くなってきた。二人は、いつも並んで歩く時よりもずっと近づき、身を寄せ合った。海風が少し冷たい。
見知らぬ土地の見知らぬ道では、すれ違う人全員が怪しく思えてくる。そんな時に後ろから肩を叩かれれば、大抵の人は驚いて体を震わせるだろう。ではただでさえ小心者の青木の場合、どうなるか。答えは——走って逃げ出す、だ。
「あなた達、日本人?」
「あっ、」
取り残された小川が応対する。見ると、帽子をかぶって、のぞく金髪をカールさせた、白人の青年のようだ。
「オー、泊まっていきなさい。うちのホテルに」
青年が後ろを指差したその方向には「HOTEL~Paradise」という看板の文字が、ほとんど沈んだ太陽の陰にはなっているが、ぎりぎりみとめられた。どうやら見落としてしまっていたようだ。
「日本語、お上手ですね」
「アー、コホン。……本当は普通に喋れるんですけどね」
青年は先刻までのぎこちない喋り方を一変させ流暢に日本語を話し、笑顔を見せた。小川が困惑した表情をしていると、青年は遠くから様子を見守る青木を大声で呼んだ。
「こちらへー! ミスター青木!」
「な、何で青木さんの名前を?」
「オー、そうか、言ってなかったか」
青年は帽子のつばを下げ、横にぐるりん、と回すと得意げに言った。
「リンさんに頼まれてね!」
「えっ?」
「おい、どういうことだ」
青木はいつの間にか小川の隣で、一緒になって青年のことを不思議そうに見つめている。
「僕、『デスティニー』の職員」
「『デスティニー』の?」
「そう、リンさんに二人の日本人を泊めてあげるよう頼まれたの。信じられないなら、ほら」
青年は身分証明書を差し出した。氏名の欄には『James Plain』と記され、確かに『Destiny』の文字も二、三箇所に見受けられる。
「ジェームス・プレインさん、ですか?」
小川は薄暗い中、紙を目一杯近づけて見る。
「あー、本名はね。普段は『プリズム』って、呼ばれることが多いけど」
「えっ、『プリズム』……ですか?」
「ニックネームってやつさ」
「どこからそんなニックネームが?」
「さあ? リンさんに聞いてみてよ」
青年——プリズムは、自分の腕時計に目を移した。
「そろそろ行こう。あれが通る頃だ」
「あれって……」
「何、気にすることないよ。君たちは知らなくて良いことさ。さっ」
プリズムは合図して、ホテルの方へ足を向けた。青木と小川はお互いの様子をうかがうと、同時に一歩踏み出した。そうする以外に選択肢はないのだ。
ホテルの中は、新しくはなくとも、清掃が行き届いているようだった。ロビーにはまばらに人がいた。他にも客がいるらしい。この人たちも明日のフェリーに乗るのだろうか、と青木は考えた。
エレベーターで三階へ上がると、薄暗い廊下が両端へ伸びている。
「僕ら、お金足りますかね……」
小川は財布の中身を確認した。
「ああ、料金は僕がもつよ。今回は、ね」
「ええ、いいんですかー! じゃ遠慮なくぅ」
小川と青木は空いている部屋に躊躇なく入っていこうとした。
「ああ、だめ。部屋は決まってるの。……当然だよね?」
案内されたのは、閑散とした部屋であった。奥に窓がある以外は二人用ベッドが一つ、ポツンと置いてある。
「ほう、居心地は良さそうだ」
青木は満足げにため息ついた。
「じゃ、シャワーは向こうにありますから、ゆっくりくつろいでくださいねぇ」
二人は一刻も早く潤いに触れたくて、プリズムの指差した方向へと直行した。