メスガキ探偵、大いなる初陣……?
ふたを開ければ真相はこんなものでして。
結論から言えば、ジュリーの推理は大当たりだった。
警察に話すのもばかばかしく、外れていたら土下座をして詫びようと思いながら「たいまい軒」へ向かったジュリーの指摘に、いい歳をした店主はボロボロと大粒の涙をこぼし始めたのだ。
「ほんの出来心だったんです! たたき売りのレトルトカレーをリメイクしたらこれが大うけして……カレー専業に変えたら、あの男に目をつけられてしまって……どうかお許しを……」
空っぽとはいえ、大鍋の中へ鼻水やら涙やらをこぼして泣き叫ぶ大人の顔はあまり気持ちのいいものではない。だが、とうのジュリーはそんなことなど気にも留めず、
「あんたのせいで、あたしのお気に入りのお店はトバッチリ食ってるのよ! どうしてくれんの、このヒキョウモノー!」
と、ホームズルックの裾をひるがえし、店主の膝裏へ執拗にけりを入れている。これで反撃してこないあたり、店主もさして悪人ではないような気はしたが、殺人未遂という手前、なんとなく止める気にはなれなかった。
「――考えてみれば、子供って僕らよりは舌が敏感だもんなぁ」
「好き嫌いも、裏返せば味覚の繊細さが成せるワザですからね。ある意味、ジュリーさんでなければ解けない謎だったのかもしれないや……」
事件解決から数日後、ふたたびジュリーの家へ遊びに来ていた僕と舞江は、よく冷えた部屋の中で、上物のアイスコーヒーを片手に姪の感覚の鋭さ――この場合は味覚の鋭さ、になるのだろうが――について話しあっていた。店主が自首してほどなく、昏睡状態にあったブログの管理人もどうにか意識を取り戻したのだが、その証言が一言一句、ジュリーや店主のそれとまるまる同じだったことに、僕たちは「子供とは侮れないものだ」と、すっかり感心していたのだ。
「マイさんの言った通り、金一封に表彰状も出たもんな――びっくりしたよ」
先日、犯人逮捕の功労者として警察から表彰を受けたことについて触れると、舞江はでしたねえ、と感心しきりに答える。
「『お手柄小学生 カレーブロガー事件犯人逮捕に協力』なんて、あんな見出しが今どき出るとは思わなかったですよ」
「『きっかけはカレーの味付けから 綾瀬樹里ちゃん、解決への道を語る』なんて見出しもつくとは思わなかったな……」
「――すごかったでしょ? あたしの名前が載ってたんだから」
子供特有のカン高い声に振り返ると、数分前に自分の部屋へいったはずのジュリーがドアにもたれて、勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。
「おやあ、ジュリーさんよくお似合いで……名探偵ぶりに拍車がかかりましたね」
舞江がほめるものだから、ジュリーもますます鼻を高くして、
「でしょでしょ? 実はねえ、この前の金一封で、ママに新しい生地で買ってもらったんだ! 今の生地だと、暑くなってきたら着にくいし……色違い作ってもらうんだ~」
「ナニ、色違い……暑くなってきたら!?」
これでもジュリーの叔父ではあるから、頭はそれなりにまわるつもりだった。
「まさか、その格好で往来を闊歩するのか……」
「あったりぃ! この街の怪事件はこの樹里さま率いる『綾瀬探偵局』がずばり解いちゃうんだから! ちゃんと探偵らしい格好にしないと、サマにならないでしょ?」
そこへすかさず、樹里はだーかーら、と付け加える。もう何を言われても驚かないつもりでいたが、現実はそう甘くなかった。
「啓太はともかく、ノリスケはもうちょっと、助手らしくマシな恰好しなさい! イモくさい学ラン、早くどうにかしないとジュースぶっかけるわよ!」
「それだけはやめてくれぇ――」
オーバーに驚くと、ジュリーはひとしきり僕をいじって満足したのか、のど乾いた~、と言って台所の方へかけていった。
「――やれやれ、とんだメスガキ探偵のご誕生だぜ」
「ははは、メスガキ探偵、かぁ。さしずめ僕らは、ジュリーさん率いる『メスガキ探偵局』の局員ってところですかな?」
「やかましいやつだな……」
「へへ、とかなんとか言って、結局カレーのご相伴についてくるんだから、時任氏も相当な変人ですよ」
「うむう」
舞江の指摘に奇妙な声を返してしまった。というのも、濡れ衣の晴れたカレー大王が今日から営業を再開し、目下、姉貴がそこの持ち帰りを引き取りに出かけているのであるが……。
「不思議なもんで、何を食べたい……と考えると、カレーが出てきちまうんだよな。ちょっとした洗脳だぜこりゃ……」
苦行に慣れてしまったのがよかったのか、悪かったのか。こればかりはジュリーにもわからないだろう。
「まあ、ひとまず待ちましょ……」
それ以上の追及は止し、運ばれてくる銘店の味をボンヤリ想像しながら、僕はふたたびストローへ口をつけたのだった。
初出……同人誌「探偵春秋」第五号(令和四年九月二六日 文学フリマ大阪にて頒布)