【書籍版二巻発売記念 幕 間】 味は異なものヘンなもの? 5.マンド(その3)
マンドは考えていた――たった一人で辺境に暮らしているというこの健気な子供を、大人として何か手助けしてやれる事は無いのかと。
自分に何ができるだろうか。自分は料理人であるからして、やはり料理か食材の面でなら、助けてやれる事もあるだろう。
そこで再びマンドは考える。商都ローレンセンに住まう自分が、辺境塩辛山に住まうユーリを援助できる事と言えば……
「塩辛山で不足しているものですか? それは何と言っても海産物ですね」
「海産物かぁ……」
ちなみにマンドは魚と決めてかかっているが、ユーリの方は――海産魚は無論としてその他に――昆布や鰹節、スルメや干しダコ、海老・蟹・貝類なども考えていた。前世日本人であるユーリにとっては、特に出汁の素としての重要性は無視できないものがあった。
斯様に両者のイメージには食い違いがあったが、〝海産物が不足〟という状況そのものに相違は無いため、両者がその齟齬に気付く事は無い。いつもの事である。
「そいつぁここでも有り触れてるってわけじゃねぇな。まぁ、塩辛山に較べりゃ別だが」
ここ商都ローレンセンとて、別に海に面しているわけではない。海産物は沿岸地方からの輸入に頼っているのだが、そろそろ積雪が厳しくなる時期とて、その輸送にも滞りが見えてきているのであった。
「本格的に輸送が再開される来年の三月までは、こっちでも状況は似たようなもんだな」
「そうなんですね。三月かぁ……」
この時ふとマンドの脳裏には、ローレンセンで開かれる「春の大市」の事が浮かんできたのであったが、
(……待てよ? 春の大市と言やぁ……こりゃひょっとすると……)
何やら思案の種を拾ったらしいマンドであったが、これは自分一人の裁量には余るとして、主人アドンと相談する事を決める。それまでは口を噤んでいるべきだろう。
「……マンドさん?」
「ん? あぁいや、すまねぇな。……海産物以外でって事になると、何があんだ?」
「それはやっぱり野菜とか果物とか……あとは調味料ですね。どれも量はともかく、種類が不足していますから」
「なるほどなぁ……」
言うまでも無いが……ユーリの言う〝種類が不足〟云々は、飽くまで二十一世紀日本の状況を基準にしている。飽食日本で前世を過ごしたユーリにしてみれば、世界各地の食材が思う儘に手に入らない状況は〝不足〟以外の何物でもなかったのだが……重ねて言うが、それはこちらの世界のスタンダードではない。
ユーリもその事には――漠然と――気付いており、仕方のない事と半ば諦めてはいたので、この場ではただ愚痴を零しただけのつもりであったが……そういう裏事情までマンドに忖度できよう筈が無い。
(……そう言やこれまでにも、肉類の不足について零した事は無かったな。塩辛山で魔獣を狩ってんなら当然か。けど、野菜と果物か……市場でしこたま買い漁ってたって、エトのやつも言ってたっけな)
とは言っても――と、マンドは更に考える。ユーリは市場で色々買い込んでいたそうだが……あまり多くの種類は手に入らなかったのではないか?
最前もユーリと話していたのだが、案外市場では生鮮な葉物野菜――レタスなど――は売っていない。苦労して運んで来ても直ぐに萎びてしまうため、売り物にならないのである。市場で普段売っているのは、日保ちが見込める穀物や豆類、根菜くらいだ。
買う方だってそれは承知しているから、家族で食べる分くらいは自分で栽培しているのが普通である。ハーブの類もそれは同じで、自家消費用のハーブくらいは自宅で栽培している家が多い。
ユーリが置かれている状況を考えれば、できれば塩辛山で栽培できるように苗や種を渡してやりたいところなのだが……生憎と野菜にしろハーブにしろ、苗や種が売買されるのは大市の時くらいである。
この状況でマンドにできる事と言えば……
「なぁユーリ、ものは相談だけどよ」




