プロローグ
小学生女児一人称視点での日記に挑んでみました。
続くものなら、今後の成長を追ってみたいと思っています。
「はい。烏丸ですけど……」
滅多に鳴ることのない家の電話が鳴った。
今日に限ってパパもママも遅くなるって言ってたのに……。
時計を見ると十二時を過ぎたところで、私もソファーで眠ってしまっていたみたい。
美里を見ると、スヤスヤとよく眠っている。
「こちら、長野県警の佐藤といいますが、ご家族の方はいらっしゃいますか?」
「ふぇっ?」
あまりの予想外な言葉に声が裏返ってしまった。
「あ、いえ、パパもママもいらっしゃいません……ぶふっ。今日は遅くなるって言って出かけました」
――何言ってるの私。
「他にご家族の方は……」
「妹がいるけど、寝てます」
「そう……お嬢ちゃんはいくつかな」
「十一歳です」
「近くに親戚の人とか知り合いはいない?」
「近くなら沙織伯母さんがいます。あ、ママのお姉ちゃんです」
「電話番号わかる?」
「はい……でも、勝手に教えていいのかわかりません」
「そうだね。じゃあ、その沙織伯母さんに僕へ電話するように伝えてくれないかな」
「今から……ですか?」
「ごめんね。夜遅くに悪いけど、大事な用件だからお願いできないかな」
電話番号をメモして、受話器を置くと足が震えだした。
ケーサツ? パパやママの携帯じゃなくて、どうして家の電話にかけてきたんだろう? 携帯番号を知らない人なのかな?
とりあえず、警察という言葉の威圧感に押されて、沙織伯母さんへ電話した。
伯母さんはとっくに眠っていたようだったけど、警察という言葉で目が覚めたみたいだった。私と一緒で声まで裏返っていた。いくつになっても同じだね。
十分後くらいに、沙織伯母さんから電話があって、「パパとママは帰ってこないから、もう寝なさい」と言われた。たぶん、そう言われる気がしていたから歯磨きもしてパジャマに着替えてましたよ。偉い? だってお姉ちゃんだもん。
「おやすみなさい」
電話で沙織伯母さんにあいさつすると、
「……うん」
とだけ答えた。
伯母さん、それあいさつじゃないし。
次の日は土曜日で学校は休みだったけど、七時には目が覚めた。いつもは寝坊するのが大好きなんだけど、休みの日にはなぜだか早起きなのよね。
美里は、寝る時とは位置が変わっているけど、まだ眠っていた。
パパとママはまだ帰ってないようだね。二人で深夜のデートに行って朝帰りするのもたまにはいいか……。
――ピンポーン――
誰だろう? こんな朝早くから……。パジャマのままでいいかな?
慌ててリビングに行き、インターホンを取る。
「はい」
「沙織よ……」
朝のあいさつもなしかな?
「おはよう! 沙織伯母さん」
元気よくあいさつしてドアを開けたけど、伯母さんは下を向いたままだ。よく見ると目の周りが真っ赤になってるし泣いていたのかな?
伯母さんの後ろには伯父さんも立っている。滅多に会う機会がないけど、伯父さんも疲れた顔をしているなあ。夫婦喧嘩でもしたのかな?
首を傾げていると、私が何も言わないのに二人して玄関に入ってきた。それだけじゃなくて勝手に靴を脱いでリビングに向かう。
ちょ、ちょっと……パパもママもいないんですけど……。
私が追っかけてリビングに入ると、沙織伯母さんは立ったまま私の肩を掴んで話し始めた。
「麻紀ちゃん。落ち着いて聞いてね」
痛い! 伯母さん痛いよ。力加減なし? そんな細い腕でこんなに力が強いなんてビックリです。伯母さんこそ落ち着いてよ。伯父さんみたいにソファーに座って話したら?
「あのね……パパとママが交通事故で死んだのよ」
えっと……「落ち着いて聞いてね」と言った後の言葉がこれ? オブラートに包まないの? 交通事故? パパ? ママ? 死んだのよ。死んだのよ。死んだのよ…………
それから後のことは、よく覚えてない。沙織伯母さんだけでなく、おじいちゃんやおばあちゃんや大勢の人もやってきて賑やかだった気もするし、ふとした時にパパの姿を探していたり、お皿の場所がわからなくて「ママ」と呼んでみたり……。
まだ二歳になっていない美里のことは誰かが構ってくれているな……と、安心したことだけは覚えている。お葬式の時も私と美里は別々の人と一緒にいたような気がする。
パパとママは、ママの実家がある長野県の山道で交通事故を起こして死んじゃったみたい。私が受けた電話は事故を知らせるものだったんだね。沙織伯母さんと伯父さんは、あんな時間から長野県まで行ってくれたということが、みんなの話を聞いていてわかった。
「今日から、御厨麻紀になるんだよ」
えっと……この人は確か、パパのお姉さんの旦那さんだ。遠くにいるみたいであまり会ったことはないけど見覚えがある。
「どうして? 私の名前は烏丸麻紀だよ」
涙が溢れそうになった。『ミクリヤ』なんて言いにくいし。
「あのね。もう烏丸のパパとママはいないの。麻紀ちゃんは私たちと暮らしましょ」
パパのお姉さんはしゃがみ込んで、私の目の高さで優しく言ってくれた。
お葬式の翌日には、御厨の伯父さんと伯母さんに連れられて学校に行き、すぐに転校の手続きが進められた。あと三日で春休みになるので、五年生の終わりまでは今の学校に通うことになった。それでも、あっという間に三日間が過ぎ、パパとママの初七日も終わって引っ越しまで、何をしていたのか覚えていない。クラスの仲良しとずっと泣いていた記憶もあるけど、いつの間にか荷造りもしていた。
「ここが今日から麻紀の部屋だ」
一足先に帰っていた御厨の伯父さんが、私のために部屋を用意してくれていた。古いけど手入れの行き届いた和風の大きな家の一部屋を使わせてくれるの? こんな広い部屋だったら美里がヨチヨチ歩きで動き回っても壁にぶつかる心配がないね。
「あれっ? 美里は?」
しまった! 今まで美里も一緒にいるものだと思っていたけど、よく考えたら東京の家を出る時から美里を見ていない。なんてこったい。新幹線とJRに五時間以上揺られていたせいで、ほとんど寝ていた。美里のことを忘れるなんて惚けすぎやん。
「美里ちゃんは別の親戚が育てることになったの。麻紀ちゃんは、今日から私たちの娘になるのよ」
「えっ……」
「すぐには無理だろうけど、僕たちを本当のお父さんやお母さんと思っておくれ。伯父さんの家には子どもがいないから、麻紀を本当の娘のように可愛がるつもりだ」
えっと……ちょい頭を整理しようか。つまり私と美里は、パパとママが死んだことによって別々の親戚に育てられることになったの? 沙織伯母さんは? あ、あそこには私より少し上の兄妹がいて、とても私たち姉妹までお世話になれないわ。家も狭いし……。
そうすると『御厨』という名前に本当に変わったんだ。――冗談じゃない! 大人の都合に振り回されるのは嫌よ……といっても、まだ子どもの私にはどうすることもできないね。……うん。わかったよ。
「私、今日から御厨麻紀って名前になるのね……」
いつかきっと大人になって、美里と一緒に暮らすんだ!
だって、ママと約束したんだもん。「美里は歳の離れた妹だけど、麻紀ちゃんのことを大好きだからずっと面倒見てあげてね」って……。
とりあえず波乱な幕開けです。
まだまだ未熟な麻紀ちゃんですが、成長をお楽しみください。