第九話
「これより、紅白戦を行う。ここからは魔法を使ってもいいので、各自、フェアプレーの精神で試合を行ってくれ」
試験官にそう言われて、先攻チームに入った俺はベンチの方へと引き上げる。
ここまで、走力は十八人中六位。肩は二位と中々な数字だった。
あとはこの紅白戦で出来る限りの成績を上げることだけだ。
「おい」
呼ばれて振り返ると、金色の髪をした少年がいた。かなりの美形だ。
「今までは良くもやってくれやがったが、ここからはそうはいかないからな」
「……?」
「今日、ベルモント家はウェインリッチに屈することになるのだ……ふふふ」
誰だこの子。
何だか勝ち誇りながら、グラブを嵌めて、金髪の少年はマウンドへと向かう。敵ピッチャーなのか。
「シガー・ウェインリッチ君だよ」
と、俺の隣にいた子が呆れて教えてくれる。
「面識ないの? 名門同士だから、知ってると思ってた」
「いや……知らないな」
そもそも俺は、これまで家から殆ど出ずに過ごしたのだ。知るわけがない。
「ほら、あそこで談笑してるし」
少年が指さしたのは、フェンスの外。あの恥ずかしい応援団だ。そこには父親のボヌスと、先ほどの少年に似た、美形で金色の髪をした人が話をしている。
「……いや、俺はあの人たちは知らないし、分からない」
「君、ベルモントを名乗っていなかったけ? さっき、君が出てきたとき拍手してたじゃん」
「……」
正直、あの応援団は勘弁してほしい。
ズバ―ン!
先攻側チームはその音で、皆が皆、同じ方向を向いた。
ピッチャーの投げた球は、凄まじい速度でキャッチャーミットに収まったのだった。キャッチャーをやっている子は、試験官に相談している。
ほどなくして、試験官がキャッチャーを務めることとなった。
一体どういうことなのか、あの金髪の少年が放った球で、どういうことか分かった。
魔法を使う時に放たれる、魔力光が少年より生じられる。
ズバ―ン!
「うわあ……」
とため息を零すチームメイト。
これは驚いた。あの剛速球の魔法だ。キャッチャーをやっていた子は、ミットで受けても痛いから試験官に相談したのだった。
「えっと、あの子って、かなり魔力が高いのか?」
「そりゃそーだよ。パーシモン有数の名門だし」
へー……凄いなあ。
人それぞれで魔法に対する向き不向きがあり、攻撃する魔法が得意な人もいれば、回復魔法が得意な人間もいる。
飛翔の魔法や、身体強化などもそうで、万能に魔法を使える人間はいない。
特に、投手が扱う魔法は、結構な難度で、殆どの人が出来ないのだという。
故に、こういった球を放てるということは、一般的に魔力の高さを示しているのだ。
っと、二番バッターだから、ネクストバッターサークルに行かないと。
「ッッットライーク! アウトー!」
一番打者は三球三振に仕留められる。すごすごと退く一番打者に代わり、俺はバッターボックスに立つ。
ぺこりと審判にお辞儀。
実に九年ぶり――この世界は一年十四か月だから、もっとか――の打席だ。
金髪の少年が、振りかぶって第一球。魔力光。
ズバーン!
「ッットライーク!」
間近で見ると、とんでもない理不尽なストレートだ。
ほとんど手投げの状態で、こんなにも速いのだから。
まあ……でも……
あの父親が見ているのだ。可哀想だけれども、手抜きは出来ない。悪いね、えっと……何君だっけ……
第二球。
再び魔力光。
魔法は、同時に複数は使えないというルールがある。
速いストレートの魔法と、変化球の魔法は組み合わせられない。速い球で、凄まじく曲がってくる球は来ないということだ。
だから、俺は、あの剛速球に狙い球を絞っていた。
変化球の魔法はその人の球速に依存している。ならば、剛速球の魔法の方が打ち取りやすいと普通は思うだろうからだ。
この世界でも同様に、前にはじき返せない球というのは存在しない。どんなに速い球であろうと、タイミングよく、バットを振り切って真芯で当てれば、ボールは飛んでいくのだ。
投げた瞬間に、右足に体重移動。一瞬のタメの後、左足を踏み出し、体重を左方向に移動させながら腰から肩、そして手の順で回転させる。グリップをしっかり握りしめ、ボールをたたく。
カッーーーーーーーン!
快音が鳴り響いた。一瞬遅れて、手首から腕にかけてじーんと痺れてくる。出来過ぎにも程がある、会心の当たり。
ぽーんと高く舞い上がった打球は左中間のフェンスを越え、ベルモント家の紋章が入ったパラソルに直撃した。
「あ」
やばい。怒られるかな……
塁上を周りながら、その心配ばかりをしていた。