36 魔獣使い
一か月、たっちゃいましたね。
……遅れてごめんなさい!
もふもふ。
意外にも人懐っこく触り心地のいい毛並みの狼さんだった。
横に四つ並んだ真っ赤な眼とか鋭すぎる爪や牙を無視すればかわいく思えないこともない。
よく考えたら外見の怖さは【煉獄解放】で溢れ出してきた魔物とは比べるべくもないし。
じゃれつくように前足を乗せてくる狼をあしらいながらそんなことを思う。
「魔獣使い、でしたっけ」
「ええそう。珍しい職業でしょ?」
離れる気配のない狼をひっくり返してお腹をくすぐりながら問いかける。
視線の先の彼女――囲まれていた女性。レーシアさんと言う――は優しく微笑みながら栗色の長髪を揺らしていた。
うーん。
改めて見ても怖い狼を何匹も従えてるような人には見えないな。
犯罪疑惑のある冒険者の噂を確かめるために自分を囮にして罠を仕掛けるような猛者ではあるんだけど。
なんていうかすごいよね、犯罪者かもしれない冒険者の前にあえて無防備に現れて、手を出してくるようだったら待機させておいた狼たちに対処させ、手を出してこなくても会話から情報収集する、なんて作戦平気で実行しちゃうんだよ?
わたしが聞いた悲鳴は狼たちへの合図だったそうだし。森中響く悲鳴をあげたわりには落ち着いてると思ったけど演技だったならそれも当然のことで。魔物が出る森の中とは思えないくらい軽装だったのは油断を誘うためだったらしい。
まあ結局は乱入したわたしが作戦もなにもかもめちゃくちゃにしてしまったわけだけど。
自己紹介の後に事情を説明されて、実は邪魔をしてしまったんだろうかと思ったけど「助けられたのは事実だから気にしないで。むしろわたしがお礼をしなきゃいけないくらいだもの」なんて言われてしまった。
悪いことではないし特に問題はなさそうだからこのことはあまり気にしないでおこうと思う。
あ、ちなみに男たちは縛り上げたうえで狼たちが影の中に沈めてた。
殺したわけじゃなく隔離らしいけど、影の中にずぶずぶ沈んでいく男たちを見て少し怖かったのは内緒だ。
「それで、あなたはこれからどうするのかしら」
もう一匹近づいてきた狼もひっくり返して撫でまわしながらこれまでを振り返っているとレーシアさんのほうから話しかけてきた。
だらしなく舌を出す狼から顔を離し彼女のほうを向く。
「この森には薬草を探しに来たので、その続きですね」
「無理して敬語じゃなくていいのよ? 堅苦しいのは苦手だし。……でも、薬草ね」
わたしの返答を聞いたレーシアさんが敬語じゃなくていいと言ってくれる。
せっかくなのでそうすることにしよう。慣れない敬語を使ってるとぼろが出そうだからね。
「ねえ。よかったらわたしの知ってる薬草の群生地まで案内しましょうか?」
「え、いいの?」
「問題ないわ。さっき助けられたお礼ってことで、ね?」
今まで薬草はさんざん探して見つからなかったから場所を教えてもらえるのは素直にうれしい。
だから、優しく微笑むレーシアさんに頷いて言った。
「それなら遠慮なく。ありがとう!」
● ● ●
薬草の群生地は森の奥ということで、戦力の拡充が行われた。
具体的にはレーシアさんが狼たちをさらに呼び寄せた。
彼女の口笛を吹くと宙に魔法陣が浮かび、そこから数匹の狼が出てくる。
なんでも魔獣使いの職業スキルに使役獣を異空間で飼育するものがあって、そこから喚び出したとか。
出てきたのは最初からいた三匹と同じ【シャドウ・ハイドウルフ】という種族。
影の中に入り移動することができる【影渡】なんて種族スキルを持っている、なかなか強力な魔物だ。
この【影渡】が原因でわたしの【空覚】にも察知されずに消えたらしい。
影の中も【空間征服】すれば察知できるようにはなるけど、転移の手段程度にしかこのスキルを習熟できてないわたしには影の中なんて理解の及ばない空間を征服することはできない。
後で練習しようと思う。
喚び出された狼たちは周囲を探るように顔を動かした後、うれしそうにレーシアさんにじゃれついている。困った顔をしながらも一匹一匹相手をしていくレーシアさんは楽しそうだった。
なんとなく、うらやましい。
「……わたしも使役してみたいかも」
「うーん、魔物使い系の職業に就くか、契約系のスキルを習得したらできるかもしれないけれど。まあ、いくらか才能も必要ね」
「そっか……」
たしか【契約】スキルは持ってたはず。
才能のほうはやってみないと分からないけど、少し挑戦してみようかな。
わたしを乗せて運べるようなのを使役できたらこれからの旅にも役立つかもしれないし。
まあ、タイミングを見て、かな。
満足した顔の狼たちが散らばっていくのを見ながらまだ見ぬ使役獣に思いを馳せた。
散らばった狼の大半は視界に入らない位置まで先行して索敵。
残りはわたしたちの周りに。
わたしから見て、前を歩くレーシアさん、さらにその前に狼が一匹。左右に二匹。後ろに一匹。
加えて、わたしとレーシアさんそれぞれの影に一匹ずつ。
わたしがFランクで、森の奥に行くのが初めてだと言ったらこの形になった。
「えと、レーシアさんの守りが薄くないかな?」
「大丈夫よ。心配いらないわ」
肩越しに振り向いて不敵に微笑むレーシアさん。
なんだか自信のありそうな様子だけど……その根拠はどこから来るんだろう。
レーシアさんは今囮のための軽装で武器も持ってないし、魔獣使いっていう本人には戦闘力のなさそうな職業だ。初心者とはいえ男たち相手に戦えるところを示したわたしより、レーシアさんの守りに狼たちを回すべきだと思うんだけど。
それとも、意外とレーシアさん戦えたりするのかな。
うーん、悩んでてもしかたない。
場合によっては生死に関わるだろうし、レーシアさんの戦力確認しちゃおう。
せっかくのスキル、活用したいし。
【開架:叡智の書庫】より――【慧眼】発動。
―――――叡智の書庫:情報表示―――――
名前:レーシア
性別:女 年齢:26
種族:人族
職業:魔獣使いLV34
状態:通常
所属:冒険者ギルド(Bランク)
【特殊スキル】
完全犯罪
【種族スキル】
成長補正:技能
【職業スキル】
飼育小屋
魔獣使役
【通常スキル】
槍術LV1
短剣術LV2
闇魔法LV6
回復魔法LV3
魔力操作LV3
鑑定LV7
従属契約LV5
感知LV4
偽装LV8
無音LV7
不意打ちLV5
逃走LV3
騎乗LV3
野営LV5
【称号】
魔物の主
暗殺者
必要悪
千貌の掃除屋
「……ふわあっ!?」
思わず変な声を出してしまった。
レーシアさん、優しそうな様子とは裏腹に、ステータスがやばい。
全体的にすごくアウトローな感じがする。
特殊スキルを持ってるのにも驚いたけど、その内容もひどい。
変装、変声、開錠、尾行、拉致、強奪、暗殺、拘束、拷問その他もろもろ犯罪に役立ちそうな技能全てに多大な補正がかかるうえ、自身だけでなく共犯者の印象を操作したり、指紋や靴跡や魔力の痕跡みたいな証拠になりそうなものを消し去ったり、記憶を盗んだりなんて恐ろしいことができる。
直接的な戦闘力が低そうなのは予想通りだけど、それを補って余りあるスキル。
乱戦の中で自分だけ攻撃されないとか無傷で戦場の端から端まで歩くとかできそうな気がする。
「……何か視線を感じるのだけど」
思ってたのと違う結果にわたしが内心で戦慄していると、レーシアさんが訝しげな声をかけてきた。
「なっ、なんでもないよ?」
う、思いっきり声が上擦った。
いきなり話しかけられて動揺しちゃったとはいえこれはひどい。
昔から内心を隠すのは下手だったけど……。
「怪しいわね」
足を止めたレーシアさんから力強い視線を感じる。
普段は気にならないくらいだけど、レーシアさんわりと目が鋭いからそこそこ怖いよ。
正面から目を合わせることが出来ず目をそらす。
「何を見てたのかしら?」
どうしよう、あのステータス見た後だとレーシアさんの微笑みが酷薄なものに感じられる。被害妄想かな。こころなしか声も平坦な気がする。
と、とりあえず誤魔化さなきゃ……!
「え、えっと……そ、そう髪。レーシアさんの髪きれいな栗色だなって思って……」
だめだ。言えば言うほど深く嵌ってる。
なんだ髪って。髪がきれいだったらあんな声出すのか。
……もう少し嘘とか誤魔化しとか練習したほうがいいのかな。でもこれらを練習するってどうなんだろ。
内心の動揺が顔に出ているかどうかも分からないまま、レーシアさんの顔を盗み見ると、こころなしか驚いたような顔をして首をかしげていた。
「……。きれいな栗色?」
ちらりと自分の髪を一瞥した彼女が近づいてくる。
うん、やっぱりだめだったよ。当然か。
肩を落として到着を待つ。気分は判決待ちの囚人。
視線が落ち着かないわたしのすぐそばまで来た彼女は、被ったままだったわたしのフードを外した。
風が頬に当たる。
至近距離から見た彼女の眼は、心の奥底まで覗いてきそうだと思った。
見つめるうちに、なんだか自分が遠くなっていくような気がしていた。
「正面から褒められるのも悪くはないわね。……あなたもきれいな瞳をしているわ。とても神秘的な黄金色。何か不思議な力でも宿ってそうじゃない?」
見上げた彼女の顔に、さっき感じた酷薄さはどこにもなく、柔らかに微笑んでいた。
…………?
誤魔化せた?
さっきまでの緊張の反動か、妙にぴりぴりとする頭のまま、ぽつりと返す。
「……ありがとう。でも、目は普通だよ。きれいではあるけど……」
アーシュの神力のおかげで視覚的な状態異常も無効化できる分、いろいろ見えるようにはなっているけど。
わたしは魔眼スキルとか持ってないから目自体は普通の目のはずだ。たぶん。
そんな思いが、頭で考えるよりも先に口からこぼれ出た。
「ふぅん。目は、ねえ」
わたしの答えを受けてレーシアさんの口が動くのが見えたけど、聴力が良いはずのわたしの耳でも何を言ってるか分からない。聞こえない。
「思ったよりスキルの掛かりもいまいちだし……」
なんだか頭がぼんやりとする。
慣れない森の中を歩き回り、戦闘もこなしたりなんかしたから疲れてるのかな。
頭の奥のぴりぴりした感じを振り払うように軽く頭を振って深呼吸する。
うん、楽になった。
「……そういえば、配下に狼はたくさんいるけれど、狐はいなかったわね」
「?」
今度はレーシアさんの零した言葉を聞き取れたけど、どういう意味なのかは分からなかった。
途中の話を聞いてないんだから当然か。
「何の話?」
「気にしなくていいわ。それよりもうすぐ着くから、疲れてるかもしれないけど頑張って」
薄く笑みを浮かべたレーシアさんが励ましてくる。
レーシアさんから見てもわたしは疲れてるように見えるみたいだ。
ぼんやりとした感じはもうないけど、体力には注意しておいたほうがいいかもしれない。
だいぶ慣れたとはいえこの体になってからそんな経ってないわけだし。把握しきったとは言い切れない。
「じゃあ行きましょうか」
背中を向けて歩き出したレーシアさんを追いかける。
目的の群生地に着いたのは、それから五分後のことだった。
作中で魔獣使いさんが出てきましたが、この場合の〈魔獣〉は獣型の魔物、ってことです。
今話中に入れられませんでしたがどこかのタイミングで本文中にも載せたいと思います。




