35 特訓の成果
迫る魔物は三匹。狼型。
わたしの正面方向から真っ直ぐやってくる。
障害物の多い森の中ではあるけど、さすが狼というべきか、かなりのスピードだ。
ただ、わたしのほうが速い。
身体能力に物を言わせ、障害物も強引に振り払いながら、もめている人達の間に割り込んだ。
「なっ」
「……あら?」
勢いよく飛び込んできたわたしを見て、囲んでいた男達も囲まれていた女性も同じように驚く。
当然の反応ではあるけど、今はそれどころじゃない。
魔物が近づいてるのだ。
「魔物がこっちに来てます!」
大きな声でそう叫ぶ。
空覚で確認する限り男達は女性に強引に迫っていたみたいだけど、まだ何もしてないし、女性のほうは言わずもがな。魔物に襲われるのは阻止したい。
少なくともこれで奇襲をかけられることはなくなるはず。
わたしの声に訝しげな顔をした男達は辺りを見回しだした。
彼等はまあ、少しボロくて貧相とはいえ武器も皮鎧も着けているし自力でも対処はできるだろう。
問題は女性のほうだ。
木に背中をつけじっとわたしを見る栗毛の彼女は、まるでふらっと街に散歩に出ましたと言わんばかりの服装だった。武器の類も持っているように見えない。
なんでこんな森の中にいるのかは分からないけど、とりあえず彼女は逃がさないと。
わたしは女性のほうに近づく。
「おいガキ。魔物なんていないじゃねーか。つくならもっとマシな嘘をつけや」
え?
慌てて振り返ると同時、範囲を狭めた空覚で辺りを精査する。
…………いない。
ついさっきまでたしかにいた三匹が、どこにもいなくなっていた。
目で見ても木漏れ日が揺らめくばかりで見当たらない。
そんな。
消えた?
「俺達が警戒してる隙にそこの姉ちゃんを助けるつもりだったのか? ま、無駄だったが」
下卑た笑いを浮かべる男達は一様に剣を抜き、わたし達に突きつける。
「余計な手間かけさせやがって。責任とってもらわねえとな」
魔物が消えた以上わたしの言葉は信じてもらえず、むしろ相手をやる気にさせてしまったらしい。
……やだなぁ。
複数相手の特訓はまだしてないんだけどな。
それに魔物が消えた理由も分からないし、今は周りを警戒するのに全力だしたい。
まあ、男達にとってはそんなこと関係ないんだろうけどね。
気合い入れよう。
かばうように女性の前に立ち、男達と向き合う。
三人ともなかなか体が大きく顔も怖いので威圧感はあるけど……特訓中のカグヤの、圧倒的なそれとは比べものにならない。
【慧眼】で見ても注意すべきスキルなんかは見つからない。
一対一じゃないのが少し不安だけど、そこはスペック差でなんとかしよう。
「来る気か? 細腕の姉ちゃんとチビガキに何が出来るってんだ、あぁ?」
「大人しくしてたら痛い目を見ずに済むんだけどなぁ……」
「ま、それはそれで楽しそうだけどな!」
ぎゃはははと、汚い笑い声が響く。根拠もなく、わたし達を下に見た態度。
そのまま舐めててくれたらやりやすくはあるんだけど……はっきり言ってちょっとイラッとした。
チビなんて言うけどさ、ほんの少し前までは170あったんだぞ!
今でこそ150、もしかしたらないくらいだけど。
別に小さいことを気にする訳じゃないけど……。
一発はきついの喰らわせてやる。
「ねえ」
「あなたはそこでじっとしててください」
もしくは逃げるでも可。
話しかけてきた女性に一瞥もしないで言い捨てて、男達を睨む。
「後悔しないでよ?」
「は、状況理解してから言いやがれ」
睨まれたのが気にくわないのか、不機嫌になった右端の男が無造作に剣を振り下ろしてきた。
● ● ●
カグヤとの特訓を振り返る。
戦闘に意識が移ったのを反映して【多世界統合式魔導闘術】のスキルが発動する。
ある程度使えるようになったこのスキル、若干だけど体感時間を引きのばす効果もあるらしい。
間近を通る金属の光にちょっとひやっとしたものの、遅くなった振り下ろしを半身になって避ける。
……若干体が勝手に動かされる感覚。
どうやらまだまだ【多世界統合式魔導闘術】のスキルを完熟したとは言えないみたいだ。
カグヤに見せたらダメ出しされそうな動きではあったけれど、今はこれで十分。
「なっ!」
何も切れなかった己の剣に驚く男。
避けられるのは想定外だったらしい。
ふふ、小さいからって舐めてたらそうだろうね。
それに、体勢が崩れて隙だらけだ。
一歩踏み込む。
がら空きの胴体に、下から打ち上げるような掌底。
厚手の皮で出来た鎧がべこっとへこむ。
「くぺ」
変な音を漏らして一瞬男の体が浮かび上がった。
その手から剣がこぼれ落ち、あっさりと仰向けに倒れ込む。
とさり、思ったよりも軽い音がした。
「な……」
思わず漏れ出たような声を残して、静寂が訪れる。
みんなわたしが一撃で相手を気絶させたのが信じられないみたい。
ぽかんと口を開けている。
驚くくらいならもうこれで襲撃は止めてほしいな。
特訓もまだ終わってないし、あんまり戦うのは得意じゃない。
これで引いてくれればいいなと期待を込めて、残り二人を鋭く睨む。
「……っち。油断をついたくらいでいい気になるなよガキが!!」
一瞬怯んだように見えた二人。
言い聞かせるように叫ぶと同時に飛びかかってくる。
やっぱりそう上手くはいかないか……っと!
「らあっ!」
突き出された剣先を大きめに動いて回避。
その勢いのまま攻撃をくわえようと踏み込んだところで、急停止して跳び退る。
もう一人の剣が鼻先すれすれを通り過ぎていった。
……あぶなかった……。
「ち」
男は短く舌打ちして、振り上げた剣を切り返そうと――その前に急迫する。
転移で懐に飛び込んで、驚く男が声を上げる前に顎に拳を叩き込む。
男が白目を剥いて倒れこむのを見下ろした。
一呼吸、息を整えて。
あと一人……!
「はぁあっ……!」
叫び声。背後から。
同時に真横に振り切られた一閃をかがんでやり過ごす。
空覚で分かるとはいえ迫る攻撃を見ずに避けるのはなかなか怖かった。
男が息を呑む気配を感じる。
このくらい出来なきゃカグヤとの特訓は五分保たないよ?
「ぐっ」
振り仰げば悔しそうな顔の男が力任せに剣を叩き付けるところ。
横に跳びこむようにしてかわすついでに、足を絡ませ引き倒す。
「のわっ!?」
堪らず倒れ込む男。
慌てて地面に手をついて立ち上がろうとするけど、遅い。
「やあっ!」
その前に素早く立ち上がり、手頃な位置にきたその後頭部に回し蹴り。
少し下向きに力を加えた蹴りだったせいか、地面に叩き付けられる格好になった男はそのまま意識を失った。
● ● ●
「……やった」
暴れる心臓を意識しながらも薄く笑う。
わたしとしては結構うまくやれたと思う。
人前で使うなって言われてた転移は使っちゃったけど、初めての対人・複数戦闘でここまでやれたら上出来じゃないかな。
カグヤ相手の特訓じゃ掠りすらしなかったけどやっぱりわたしって強いんだよ。
今まではそう、活躍の機会がなかっただけ。
「あなた、強いのね」
後ろで見ていた女性が話しかけてくる。
その声は少し驚いてるように思えた。
正直に頷くのはなんとなく恥ずかしかったので頬を掻いて誤魔化しておく。
「危なくなったら助けようとは思っていたけど、驚いたわ。こんなあっさりと倒しちゃうなんて」
女性は微笑みながらわたしのほうへ歩いてくる。
その雰囲気は優しげなもので、だけどついさっきまで怖い男達に囲まれていた女性とは思えないような落ち着きぶりだった。
「けど」
もう女性は目の前だ。
女性としては高身長だろう彼女は自然とわたしを見下ろす形になる。
鋭い目だ。
男達に囲まれてたことが信じられないくらいには、力強い目だ。
その目に一瞬たじろいだ。
そして。
「ぎゃあっ!?」
ばっと後ろを振り向く。
それは悲鳴が聞こえたから――だけじゃない。
「ちょっと対処が甘いかしら」
一番最初に倒した男。
攻撃したのがお腹、しかも鎧の上からだったせいかすぐ目が覚めてたのは空覚で知ってた。
ただ今すぐ動けそうにもなかったから放っておいたんだけど。
その影、木漏れ日と一緒に揺れる彼の影から真っ黒い獣の上半身が生えていた。
噛み砕かれ不自然に曲がった右腕の下には短剣が落ちている。
こちらを見る獣の目は四つ。闇に溶けそうなほど暗い瞳が横に並んでいる。
ピンと立った耳はわたしのに似ていて、だけどもう少し鋭く。
口内に隠された牙はきっと赤く濡れている。
空覚で感じ取れなくなっていた狼の魔物が、今また突然現れた。
思わず身を固くするわたしの耳元にそっと囁くように女性が言う。
「警戒する必要はないわ。そこの男が短剣を投げつけようとしたのを阻止しただけだから。この子達はむやみに人を襲いはしないし」
「……なんでそう言えるんですか?」
きっぱりと断言する女性の言葉に、さすがに疑問が浮かんでくる。
空覚は狼に注意を向けたまま、目線は後ろの女性に向けた。
「だってそうするように調教したもの」
……調教?
さらなる疑問の声を上げる前に、女性が口を開いた。
「出ていらっしゃい」
その声を聞いて、残りのふたりの影からも同じ狼魔物が出てきた。
影がまるで泥沼にでもなったみたいに揺らめいて、中からぬっと出てくるのだ。
どろっとした雰囲気がどこかホラーっぽい。
「おいで」
駆け寄ってくる三匹。
正直ちょっと怖かったんだけど、わたしは彼らの眼中にないようだった。
目の前に立つわたしをスルーして後ろの女性に顔をすりつける。
こころなしかその顔は三匹とも喜んでいるようだった。
「ほら、危なくないでしょう?」
「そう、ですね」
人を見たら襲ってくると教わった魔物がまるで飼い犬みたいに女性にじゃれついてるのを見て、とりあえず肩の力は抜いておくことにした。
なんだかちょっと疲れた。
戦闘シーンまわりは、書くのすごい大変でした。迫力ある戦闘を書ける人、尊敬します。




