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トップバッター

 十二月四日。日曜日。

 日曜日の朝は、流石に人通りが少なかった。

 私は、引きこもり君の家に向かっていた。

 良く考えてみれば、私がトップバッターだと気がついたせいもあり、寝不足だった。

 彼の家は、私の家から歩いて二十分ほどの所にあり、ごくごく普通の一軒家といった感じだ。車庫だけの庭や、二階建ての家も普通で、白い壁紙も赤い屋根も普通だった。

 ふと二階を見てみると、一部屋だけカーテンが閉まっている。あれが、彼の部屋ね。

 呼び鈴を鳴らすと、お母様が出てきた。

 ちょっと小太りで、優しそうだけど逞しくもありそうで、いかにも『お母さん』って雰囲気の人だわ。

 お母様の案内で引きこもり君の部屋に入ると、カーテンが閉じられていて、朝なのに薄暗い空間が広がっていた。

 お母さんが電気を付ける。カーテンは開けられないのね。なんでだろう。

 そして、引きこもり君は、ベッドの上で私たちに背中を向けて寝ていた。

 あ、そうだ。挨拶しなくちゃ。

「はじめまして」

 自分でも情報不足だと思った。流石の口下手な私と言えども、失礼な挨拶だ。どことなく、彼の背中から『帰れ、近づくな』と言うオーラを感じたせいかもしれない。

 お母様が付け足してくれた。

「えっとね、斉藤由紀さんって言うの。直人君と同じ十七歳なんだって。それなのに、ボランティアに精を出すなんてえらいわね~」

 いえいえ。今日が二回目ですのよ。オホホホホ。

 なんて言えば場は明るくなったのかもしれないのに、褒められる事が苦手な私の口から出てきたのは一言だけだった。

「いえ」

 明るく話せない自分が嫌いになる。

 それから、長い沈黙が部屋を支配した。

 彼はずっとベッドの中で、私たちには背中しか見せてくれない。お母様がジェスチャーで椅子を薦めてくれた。

 私は勉強机から椅子を引き出し、彼の枕の隣に座る。近い方が安心するかなと思ったのだ。

 だけど、私も彼もずっと無言だ。

 どうしよう。

 私のイメージだと引きこもり君の部屋はパソコンやゲームが一杯あるのかと思ったけど、部屋を見渡してみても、何にも無い。

 この部屋にあるのは、ベッドと机とタンスだけだった。テレビすらないのね。

 二時間が経ちそうだった。どうすれば良いのかな?

 その時、彼は少し動いた。あまりの静けさに様子を伺いたくなったのだと思う。

 ゆっくり振り向いた彼は、お猿さんだった。髪も長くてもじゃもじゃ、髭も長くてもじゃもじゃ、歴史の教科書に載っている『何とか原人』みたい。

 え?

 さっきと違って、早送りボタンが押されたみたいに、そっぽを向いてしまう。

 そして、また重苦しい沈黙が部屋を支配する。

 遂に根負けしたお母様が退場した。

 そうよ。

 彼は、きっとお母様の前で話すのが恥ずかしいのだわ。

 私だって、お母さんの前だからこそ、言えない事ってあるもの。

 話しかけてみようかな。

 まずは、失敗した自己紹介をやり直そう。

「斉藤由紀です。ゴメンね。緊張するよね。お母さんが居ると。私もそうかもしれないわ」

 やっぱり、反応は無い。

 もしかしたら、聞いてないのかもしれない。寝ちゃったのかもしれない。ピクリともしてないもの。

 それからも、静寂の中、長い時間が経った。お母様が、昼食を持ってきてくれたけど、ジェスチャーで断ってしまった。

 別に、この部屋が静寂に包まれていても、喋ってはいけないルールなんか無いのに。

 むしろ、何か話さなくてはいけないんだわ。

 そうは思っても、なかなか言葉にすることが出来ない。

 結局、頭の中で趣味や好きな物を質問するだけだった。

 静かなだけではなく、身動き一つとらない彼を見て、やっぱり寝ちゃったのかもしれない、と思った。

 そう思うと、ちょっと強気になれた。

「顔見せて。自己紹介だけしてくれないかな。今日はそれで帰るよ」

 当然のように、何の反応も返ってこない。

 やっぱり、寝ちゃってるんだ。

 そう思い、今日は諦めようとした時、彼が動いた。ゆっくり起き上がり、こちらを振り向く。

「た、高橋 なお」

 彼は、最後まで言えずに困ってるみたいで、じっと私の顔を見つめていた。 

 昨日『札幌の輪』で見た資料を思い出し、情報を補完する。確か、高橋直人君だよね?

 私に心を開いてくれた。それは、小さな一歩なのだけれど、とても嬉しかった。

「斉藤由紀です。よろしくね」

 改めて自己紹介をした。でも、私が言い終わるや否や、彼は再び横になり、背中を向けてしまった。

 客観的に見ると、凄く失礼な事をされているのだけど、それでもやっぱり嬉しかった。

 私はそのまま部屋を出ることにした。

 同じ歳なのに、ちょっとお姉さん気分で、心の中で声をかける。

 直人君頑張ったね!

 お母様は、帰り際も丁寧に何度もお辞儀をしてくれた。

 来る時と違って、帰り道は足が軽かった。

 

 その夜、私が学校に行ってない事を、直人君に言わないでと、お兄ちゃんに釘をさしておいた。

 だけれども、言った後に後悔した。

 きっと、この男は聴かれてもいないのに、大げさにアピールするだろう。

 逆に不自然だわ。

 まぁ、いいか。

 なんとなく、直人君は私を軽蔑しない気がした。こんな、愚かな私を許してくれる気がした。

 ひとつ気になるのは、お兄ちゃんはカツラを持って行くつもりらしい。多分、勝負服のつもりで、明日はいかにもなヤンキーファッションで、直人君の家に行くのだろう。

 お兄ちゃんは、高校を中退して就職する事になったのだけれども、自分の信じるお洒落と、社会の許容範囲のズレに悩んでいた。

 そこで、初任給で買ったのが、あのカツラだった。

 度を過ぎたヤンキーファッションがお洒落だと思っている事も、カツラをしてまで維持ししょうとした事も、私には理解できない。

 それでも最近は、少し落ち着きを見せたと思ったのに、弥生先生との出会いが、彼の熱い想いを呼び覚ましてしまったらしかった。

 

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