初めてのレクリエーション
更衣室からお兄ちゃんが戻ってきた。シルバーアクセサリーもはずしていた。一応社会に出ているだけあって、とりあえずの常識はあるらしい。それならば、最初からその格好で来なければ良いのに……。
しばらくすると、利用者さんたちが次々とやってくる。
一人で来る人、家族と来る人、職員らしき人と来る人。
私は勝手にそれぞれのドラマを想像する。
「おまたせ。さてと、それじゃ始めるからね。あ、一緒に前に出てきて。みんなに紹介するわ」
そう言って、私たちは食堂に招待された。
この部屋が、この施設で一番大きい場所なのだろう。丁度、学校の教室の四倍ぐらい程の食堂だった。
入り口は廊下沿いに二つあり、向かい壁には大きな窓があった。入り口から見て、左手側にはキッチンカウンターがあり、右手側には小さなステージもある。
私たちは、そのステージの上で、各々自己紹介をした。
「はじめまして。斉藤洋介です。元気には自信があります。根性も自信があります。必ず後悔させませんから、よろしくお願いします!」
お兄ちゃんは、面接の自己PRのように語りだす。しかも、凄く下手で嘘っぽい。
「斉藤由紀です。よろしくお願いします」
お兄ちゃんの自己紹介に、辛口の評価をつけたくせに、私は気の聞いたことを一つもも言えなかった。顔には、明らかな作り笑いを浮かべるので精一杯だった。
「やぁやぁ、お久しぶりの人も、初めましての人も居るね。みんなのアイドル、高科弥生さんがやって来たよ」
弥生先生は、大胆な挨拶をする。冗談にも聞こえない美貌と愛嬌があることを自覚しているだろうに、それでも嫌味に聞こえないから不思議ね。きっとあの微笑には、魔法がかかっているに違いない。
その後は、職員さんを除く、利用者さん九人と私たち三人で、ババヌキや真剣衰弱や七並べなど、普段だと馬鹿馬鹿しく思えるトランプゲームをやった。
でも、なんだか喜んでいるみんなと遊ぶと凄く楽しくて、いつしか、作り笑いは消えて、本当の笑顔になっていた。
一つ文句があるとすれば、十二人でやるにはトランプと言う選択肢は、大変厳しかった。
流石に食事介助は素人が出来ないらしく、お昼は見学していた。
そして、午後からは、最初の説明通り、グループごとに分かれた。
食堂に設置された長テーブルは五つあり、ひとつのテーブルに一グループが集まり遊ぶようだ。
私は、明子さんと一緒のグループになった。
午後の時間は、三人の利用者さんたちと遊ぶことになっている。
小柄なおばあちゃんはキクさん。
トランプの時に少し気まずそうにしていた、おじいさんがタケゾーさん。
とても若く見える女の人がシズカさんね。
私たちは折り紙をするみたいだ。そして、明子さんが尋ねてきた。
「由紀ちゃん、鶴は折れるかな?」
普通の人はどうなのかな。私に限って言えば、幼稚園の時より後に、折り紙をやった記憶が無いわ。
「すみません。ちょっと出来ないかも」
「あらあら、私は得意ですよ。教えてあげる」
キクさんが教えてくれるみたい。ありがとう!
「俺も忘れた。あんな物、大人がやる必要は無い」
トランプの時から少し不機嫌そうだったタケゾーさんが、不満そうに言った。
子ども扱いされるのが嫌なのかな。
「そう言わないでね!」
明子さんがなだめると、すぐに仕方が無いなと承諾した。もしかしたら、こう言うコミニケーションもあるのかもしれない。
「そうよ。おまえさん。器用な男の人ってステキだわ。私が教えてあげるから、一緒にやりましょう」
追い討ちをかけるように、シズカさんが声をかけると、タケゾーさんの機嫌も直ったみたい。
お兄ちゃんを見てみると、編み物をやっている様子だけど、どっちがボランティアなんだか、といった風景が広がっていた。お兄ちゃんは、丁寧に指導を受けていた。
人のことは言えなくて、私もお兄ちゃんと同じだった。
「まずは、ここを折るでしょ。そしてね、こう折ってと。最後に命を吹き込んであげるの。ほら! 生命の誕生よ」
完全に立場が逆転している。
その後も、色々な折り紙を教えてもらった。クワガタやヒマワリなんて、折り紙で出来るんだ。奥が深いのね。
気がつけば、もう十七時になっていた。
驚くほど時間はあっという間に過ぎていく。
それだけ、楽しかったのかな。
心配だったタケゾーさんも、楽しそうだった。
活動が終わると、みんなそれぞれに帰っていく。
家族の人が迎えに来てくれる人。
そして、一人で帰る人や、職員さんと帰る人。
なんだか、その光景を見ていると寂しい気持ちになった。家族が迎えに来ていない人の家には、誰か居るのかな。
お兄ちゃんも弥生さんに会いたいと言う下心から来たのに、凄く楽しかったみたいだ。
利用者さんの姿が見えなくなると、明子さんは嬉しそうにお礼を言ってきた。
「今日はありがとうね。やっぱり、若い人が多いと雰囲気が違うわね」
いえいえ、逆にお世話されてしまいました。それに、私は遊んでいただけだわ。
なんだか、申し訳ない気持ちになった。
「おや? 浮かない顔だね。由紀ちゃん。大丈夫さね。若い人と遊べるって事も十分に嬉しいのさ。ちゃんと、役目を果たしていたさ。ねぇ明子ちゃん」
「そうよ~。最初は元気ないから心配しちゃったけど。でも、凄く笑顔が良かったわ」
そうなんだ。私なんかでも、役に立てたのかな。
そして、明子さん右手を腰に当てて、左手の人差し指を左右に揺らし、満面の笑みで言った。
「それじゃ、楽しみの後は、やらなくちゃいけない事があります。あ・と・か・た・ず・け! 頑張りましょうね!」
「はい!」
やっと役に立てる瞬間が来た、と思うと自分の声とは思えない大きな返事をしてしまった。
片付けも順調に終わり、私たちも帰る時間だ。
言わなくちゃ。
えっと、どう言ったらいいのかな。
「それじゃ、今日はありがとうございました。いつでも、とは言えないけど。また、来てね」
明子さんが出口まで送ってくれる。言わなくちゃ!
「あの、一杯やりたいです。直ぐ来たいです」
私の視線は、明子さんの腰の辺りを見つめていて、焦りから出てきた言葉も文章になっていなかった。だけど、言いたい事は伝わったみたい。
「見かけによらず、積極的な娘なのね~」
「由紀ちゃんは、ギャップ萌えを目指してるのさ」
弥生先生は、冗談を言ったみたいで、お兄ちゃんは転びそうになるぐらい、腹を抱えて笑っていた。
「そうね。また、来週お願いできるかしら? ここは、毎日やってるんだけどね。正直な話、ボランティアの方を受け入れるのは土曜日だけなの。助かってるのは本当よ。新鮮な刺激は、私たちにも利用者さんにも良いことなの。でもね。やっぱり、少しの事が大きな事故につながるでしょ? だからね、いろいろ合ってね……」
明子さんは、私が傷つかないように言葉を考えているみたいで、少し言いずらそうだった。
大丈夫ですよ。言いたい事はわかりましたよ。でも、話の途中で割り込むのも良くないかな。どうしようかな。えっと。どうすればいいのかな?
「つまりさね。土曜日は、職員さんもボランティアさんも勢ぞろいなのさ。土曜だよ。全員集合さね!」
「あら、弥生先生っていくつなの? そうね。つまりは、そんな感じなの」
弥生先生の乱入で、明子さんも納得した様子だ。だけれども、私は逆に会話がわからなくなった。
でも、良かった。来週も来れるんだ。




