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三回目の日曜日

 十二月十八日。日曜日。

 弥生さんが家に来てくれた次の日は、特別で特殊な意味がある。

 今日は由紀ちゃんが来る……。

 僕は緊張にも、こんなに嬉しい緊張がある事を知った。

 早く来ないかな。

 部屋の中を擬似散歩してみるも、落ち着かないや。

 由紀ちゃんとは、今日で会うのが三回目になる。だけど、二回とも何も会話しなかった。僕は壁ばかり見つめていた。

 今日は絶対に会話するんだ!

 僕が心の中で決意を叫んだと同時に、家の呼び鈴が鳴った。

 僕は走って玄関まで迎えに行った。由紀ちゃんは、僕が出た事に少し驚いているようだった。

 だけど、直ぐに輝かしい笑顔で、挨拶してくれた。

「おはよう」

「おはよう」

 そして僕は、他の二人にしたように自分の部屋まで案内し、椅子を差し出した。

「椅子。どうぞ」

「ありがとう」

 短い言葉。でも、顔をチラリと確認すると、太陽の笑顔は健在だった。僕の闇ですら照らしてくれそうだ。

 由紀ちゃんは何か言いたそうに、僕の髪の毛をちらちらと見るけれど、何も言わなかった。

 僕の方から『髪の毛切ったんだ!』と言うのも気恥ずかかったので、僕は宿題のアンケート用紙を差し出した。

「宿題です」

「やってくれたんだね」

 しばらく読みふけっている由紀ちゃんを見ていると、ラブレターを読んでもらっているような感覚に陥った。

 僕はとことんロートル人間だ。

 でも、僕は最近の告白事情を知らない。

 ラブレターでの告白は今も確かに行われていて、もしかしたらずっと未来まで行われているのかな。

 そう思った所で、そのアンケート用紙がラブレターではない事を僕は思い出した。

 宿題のアンケートを見ている由紀ちゃんが、少し困惑した表情で尋ねてきた。

「ゲーム、楽しくなかった?」

 洋介のゲームを指差していた。

 きっと、好きなゲームとかの欄に『無い』と書いたからだろう。

「あっ! 違うよ。貰った当日にアンケートやったから。今は、ゲームばかりの生活になっちゃった」

「それも困るかも」

 また、笑った!

「でも、寝てるより良いかもね」

「いや、やっぱ、駄目だよ。弥生さんから勉強の宿題も貰ったよ。単語と漢字の暗記だけど」

 実は、ゲームにハマりすぎて、他の事をやりたくない気分にもなったけど。

 この、美しい女神二人の前では、格好つけたい。

 だって男の子だもん。

「そうなんだ」

 大した事をして無いのに、自分の事のように嬉しそうに笑ってくれる。

 始めて向かい合って見た彼女は、僕の心を痛めつける。

 だけど、それは嬉しい気持ちにさせてくれる。

 そう言えば、最初に見た時の怯えた印象は薄れた気がする。

 由紀ちゃんとの時間は、当然のように殆どが無音の世界だった。

 だけど、それも心地よい。

「あの。これ」

 正午ちょっと前に、由紀ちゃんが恥ずかしそうに差し出したのは小説だった。

「男の子の趣味に合うか、わからないけど……」

 何だって良い。苦手な恋愛小説だって! 由紀ちゃんとの共通の趣味が欲しい! そう思った。

「絶対見るよ」

「うん!」

「あ、そろそろ帰るね」

「うん。さようなら」

「さようなら」

 僕は彼女を見送った。部屋からの見送りじゃない、玄関までの見送り。

 少しずつだけど、僕の世界は部屋だけから確実に広がっている。玄関、リビング、そして夜の公園と……。

部屋に戻ると、机の上に見慣れぬ紙があった。

 前回の宿題と同じ、手作りアンケートの紙だ。でも、それには、由紀ちゃんの答えが書いてある。

 僕は、何度も何度もそのアンケートの紙を読んだ。

 その時の、にやけた顔は誰にも見せる事はできない。

 

 さてと、まずは暗記だな。幸せな余韻に浸りながらも、やるべきことはやろうと奮起する。

 一日に十個の暗記だ。実は、最初の日の昨日は、三十個ほど覚えたのだが、それ以降が全然頭に入らなかった。集中力が切れたせいか? それとも、脳の容量は決まっているのか?

 まぁ、二日分フライングしたから余裕だろ。

 そう思っていたけれど、大きな勘違いだったようだ。

 覚えた事の殆どを忘れていた。

 復習から始めなくてはいけなくて、えらく手間がかかった。

 えっと、中学三年生の夏から数えてと……。僕は指を折りながら、カレンダーを見て考える。

 二年半か……。

 脳を、感情を、出来る限り動かさないようにしていた、ツケは大きいのかもしれない。

 十四時過ぎから始めて、英単語十個、漢字十個を覚えた頃には夕方になっていた。

 スタンプラリーまでには時間があるけど、今日はゲームなんてしない。

 由紀ちゃんが貸してくれた小説を読むんだ!

 小説の中身は、やっぱり恋愛ものだった。

 僕が引きこもりを始める少し前に流行ったやつだ。そして、僕が苦手なもう一つの属性の、悲しいお話でもある。死が決定している女の子と、それでも愛する男の子のお話だ。

 苦手な種類の話なのに、思ったより熱中して読めた。

 主人公たちに、由紀ちゃんと僕を重ねたのは、墓場まで持っていかなくてはいけない事実だ。

 気がつけば、時計は十八時五十分を指している。

 スタンプラリーに行く準備しなくちゃ。流石に二日連続で遅刻するわけにはいかない。

 今日はスムーズに外に出られた。と言っても、二回程、玄関とトイレを往復した。それでも昨日に比べれば格段の進歩だ。

 やっぱり、今日もすれ違いざま、キモイと呟かれるのだが、覚悟を決めていれば耐えられた。

 それも、この先に弥生さんが待っていてくれるるからだと思う。

 約束のの時間より五分ほど早く着いたけど、弥生さんはすでに待っていた。昨日と同じく、ブランコの柵に座っていた。

 間に合ったんだから、大丈夫。謝らなくていいさ。

 自分に言い訳しながら、話しかける。

「こんばんは。ごめんなさい。待たせましたか?」

「ううん。今来たところさ」

 僕と弥生さんは、ドラマのようなベタな問答をした。

「ほ、本当に待ってないんだからね」

 弥生さんのツンデレもどきは、成長していた。ツンデレの定義が、『仲が悪いはずなのに、時々みせる優しい態度』とするならば、誰にでも優しであろう弥生さんは、永遠にツンデレになれない人だ。

 だけど、ツンデレの定義を『照れ隠しするさま』まで広げれば、先ほどの発言は及第点なのかな。でも、弥生さんの照れている素振りなんて、僕には想像できないけど。

 いや、日本人の若者だもの。雰囲気で言葉を使っても良いじゃない! と言い訳をして、こっそりツンデレ免許皆伝を進呈した。

「スタンプカードです」

 僕は、大学ノートに日記を書いたスタンプカードを手渡した。

 何故か、先ほどの僕の想いとは裏腹に、弥生さんが照れているような気がした。

「ほいほい」

 弥生さんはノートを受け取ると、スラスラと何かを書き込んでいる。

 僕はその様子を眺めながら、今日の日記に、由紀ちゃんに小説を借りた事と暗記に苦戦している事を書いたんだよな~と思い出していた。 

「うん。今日もよく出来ました。エライ子ですね~」

 とノートを返してもらう時には、いつもの赤ちゃんをあやすような褒め方をされた。

 僕は素直に嬉しくて、お礼を言った。

「ありがとう」

 そういえば、目を見て会話できるようになって来た。

 彼女たち三人だけ、なんて限定オプション付きだけどね。

 そして気づいたのだが、褒める時に『赤ん坊言葉』になるらしくて、これは照れ隠しなのかも、それならば天然でツンデレ出来てない? なんて思っていた。

 思ったけれど、もちろん僕は余計な事を言わずに早速コメントを見せせてもらった。



 ----------

 

(大丈夫。みんな、そうなの。

 自分でビックリするほど忘れちゃうのよ。

 だから、暗記は覚える事も大事だけど、それよりも復習が大事です。

 単純だけど、これポイント。

 みんな一度で完璧になんて覚えられないよ。

 だから覚えられなくても落ち込まずに、しかっり復習するんだよ!

 そうそう、小説良かったね。

 私も、それ見たよ。

 本当に、お、面白いんだからね。私も泣いちゃったんだからね!)


 ----------




 何故か、弥生さんはツンデレブームらしい。スタンプカードのコメントでも、演じようと頑張っていた。

 僕はこっそり、ツンデレ免許皆伝を取り消した。

 僕は、心の底から『このブームは他の2人に飛び火しませんように。特に洋介には』と祈らずにはいられなかった。

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