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欠伸だよ

 十二月十九日。月曜日。

 月曜日は、洋介が来る日だ。

 僕は、直ぐに呼び鈴に答えられるように、玄関で待っていた。

 洋介はツンデレブームには乗らなかったものも、とんでもないサプライズを持ってきた。久しぶりに腹が痛くなるほど笑ったよ。

「おはよ……、は? くく。あははは!」

 彼はスポーツマンのような、でもスーツでも似合うような短髪になっていた。そして、見慣れたせいか、日本人的な顔のはずの洋介には、黒く染められた髪が凄く不自然に見える。

 トレードマークだった茶髪のロンゲはなくなっていた。

「会社にクレームが来てさ。お宅はヤクザを使ってセールスするのかってだってよ!」

 そういうクレームが来るって事は、闇の商売じゃないんだな。てっきり、いけないお薬とか売ってるのかと思ってた。

 洋介ゴメンよ。

 でも言葉にしてない偏見について、謝るのも変だと思ったので、心の中でしか謝れなかった。

「何のセールスなんですか?」

「化粧品だよ。自慢商品はイマタニークリームでして、四十代の奥様を中心に大変に人気になっております。一週間で実感できるアンチエイジング効果!! そうですね~。直人君の肌状態なら、十歳は若くなれますよ~」

「いやいやいや、僕は違うでしょ? 男だし、若いし!」

「知ってるよ! お前が興味持ってたから、実演して見せただけだろ~が! それに敬語だぞ!」

 年上の男に敬語を使うなと怒られた。変な気分だな。

「ゴメン。忘れてた」

「おいおい。この前も、一時間後にはベッドに潜り込んでたし、直ぐ忘れる奴だな。もう一つの宿題はやってるだろうな?」

「え? あったけ?」

「だから、ベッド禁止!」

「大丈夫。ちゃんと守ってるよ。 ベッドに潜るのは、寝る時だけ」

「この! おちょくってるな」

 洋介は、言葉と違って楽しそうに、僕の肩を小突いてくる。友達ってこんな感じだったかな。忘れちゃった。

 と言うか、元ヤンを隠さず自慢にする、そこのお前。結構マジで痛いよ。お前のは、小突くじゃない、僕の本気パンチ並だ。

 玄関で騒いでいると、母ちゃんが、五月蝿いから部屋に入れと催促してきた。

 本当は高校の友達と、こんな風にはしゃいでいる光景が見たかったんだろうな。

 洋介は、僕の部屋に入ると、はやる気持ちを抑えられない様子で、見えない剣で見えない敵と戦うようなジェスチャーをしながら、聞いてきた。

「ジョイステ3はどうよ。ヤバイべ?」

「うん。凄いキレイだね。ゲームだけの毎日になっちゃった。土曜日までだけど」

「廃人だ。オタクだ~!」

 洋介は、ムンクの叫びのポーズをとり、わざとらしい演技をしながら、言ってきた。

 先ほど、からかった仕返しだろうか? 今度は、洋介が僕をからかってくる。

 クラスメイトにも同じようにからかわれた時には、凄く嫌だったのに、、洋介が言うとそれほど嫌じゃなかった。

「いやいや。ちゃんと、勉強もしてるよ。弥生さんに英単語と漢字覚えろって言われちゃった」

 あ、強制されたみたいに言っちゃった。

 この場に居ない弥生さんに心の中で謝った。

 でも、この時僕は楽しい気分で、にやけながら不誠実に謝っていた。

 多分、その天罰なのだろう。

「ガリ勉よ! みんな逃げて~。キモイ~!」

 キモイ……。

 突然出てきた、例の言葉に、僕は準備できていなかった。

 視界が涙でかすむ。

 覚悟を決めて夜の闇に紛れて外に出る、スタンプラリーへ向かう時とは違う。

 油断していた僕の心に、キモイと言う言葉は、グサリと容赦なく刺さった。

 みんなは、こうして友達と遊びながら、この言葉に慣れていくのかな……。

 僕の停止命令を聞かずに、大粒の涙がいくつもこぼれ落ちてしまう。

「あはは。嘘だって。漢字の勉強なんて、偉いじゃん! 俺なんて、漢字が殆ど書けないから、書類書くのも、携帯電話を手放せないんだぜ? 辞書代わりにな!」

 そう言いながら、僕の背中を叩いた時に、洋介は泣いている事に気づいたらしい。

「ゴ、ゴメン。言い過ぎたよ……」

 洋介。違うんだ! 僕が悪いんだ! 

 だけど、言葉が出てこない。

「勉強するのは立派な事なんだ。流れで、からかったけどさ、俺には出来なかった凄い事をやっているんだ。本気で尊敬するよ」

 だから、違うんだよ。

「オタクも良いじゃん。俺だってゲームするし漫画も読むぞ。法に触れない趣味のどこが悪い! あ、からかったの俺か。ゴメンな……」

 なんとか、洋介に安心してもらわないと……。

 だけど、キモイと言う言葉に過剰反応する自分を打ち明けるのは、怖かった。

 こんな些細な事で悩む自分が、イレギュラーな存在なんだってことは、充分分かっていた。

 打ち解けたつもりでも、僕たちは、こんなにいびつな関係なんだ……。

 チグハグな友情なんだ。

 人間に戻れたつもりでも、僕はこんなにも変人なんだ。

 それでも、僕は洋介が好きだ!

 ゴメン洋介……。

 弱みを見せてゴメン。

 理由も話せなくてゴメン。

「ち、違う。大きな欠伸だよ。同時にまつ毛も目に入ったんだよ! しかも、ハエまで目に飛び込んできた!」

 無理のあるごまかしだったけど、洋介は意を汲んでくれた。

「ビックリさせるなよ。この野郎!」

 と肩を小突く。いや、マジでお前のは痛いんだって、違う涙が出そうだ。

 なんとか、明るい話題を作ろうとしてくれているのだと思う。洋介は僕の部屋を、顔の動きだけで探索し始めた。

 僕も、落ち着きを取り戻し始めた。だけど、涙は止まっても、鼻水の音が僕の部屋を駆け巡る。洋介、せっかく来てくれたのに、ゴメン……。

 洋介は、由紀ちゃんから借りた小説を見つけたようだ。

「あ、お前も、この小説読むんだ。前に流行ったよな。俺読んでね~けど凄い泣くってさ。泣くために残酷な話を望むんだぜ? 女って怖いよな」

 良くわからない持論を発表された。それに僕も苦手な悲しい物語だけど、人はそれを読む事で優しさや勇気を貰うんだよ。それに女は怖くない。由紀ちゃんは優しいに決まっているさ。兄貴のお前も優しいし。

 それにしても、彼らの情報ネットワークは良くわからないな。本を貸した事ぐらいは伝わっていそうだったけど。

「お前も読むって由紀さんの事? 由紀さんのだよ。借りたんだ」

「あ、なるほどね」

 会話が続かない。

 一度壊れた空気は、どこか重いままだった。

「ゲームでもするか~」

 という洋介の提案で、僕たちは逃げるようにゲームを起動し、レースゲームで対戦した。

 一時間もすれば、もう、鼻水を啜る音も聞こえなくなっていた。

 

 必要のなかった心配させてしまったけど、やっぱり洋介との時間は楽しかった。

 あっという間に、時刻は正午になった。

 初日の由紀ちゃんを除くと、彼らはお昼の時間に帰宅するのだ。

「あ、お昼の時間だ」

「もうそんな時間か……。そろそろ帰るかな」

 その時、盗み聞きしてたように、母ちゃんが現れた。

「これから、焼きうどん作るの。良かったら、お昼ご一緒しましょう」

「良いんッスか? 直人のお母様って、美人だから料理も上手そうだなって思っていたんですよ。でも、この歳になると、自分からお願いするわけにもいかないでしょ? いや~。今日の俺はラッキーボーイッスね! ありがたく頂きます!」

「あらあら、お上手ね~。そうだ。お菓子作りも得意なのよ! ケーキでも焼こうかしら」

「マジッスか? どうしよう。嬉しさで、意識が遠のきそうですよ~! 幸運すぎて、明日にでも僕の家に飛行機が落ちてきそうだな~」

 よくもまぁ、ぺらぺらとお世辞が出てくる。きっと、僕がこのスキルを身につけるには相当な修行が必要だろうなと思った。

「大げさね~。洋介さんって、お世辞上手だこと」

「えへへ。僕はその道のプロですから! 化粧品の営業やっているんですよ。マダムキラーッスよ!」

 母ちゃんは、その言葉を聞くと、一転して態度を変えた。

「でも、詰めが甘いのね」

 部屋のドアを強く締めて、出て行ってしまった。

 僕は洋介の背中を、慰めの意を込めてさすりながら、大爆笑してしまった。

 ちなみに、洋介のトークは見え透いたお世辞過ぎて直ぐに冗談だと分かったので、母ちゃんの怒った態度も悪乗りした演技だったらしい。ケーキを焼くのも冗談だったらしい。

 焼きうどんを食べてる時に、ケーキはどこかと聞いた僕が、二人にからかわれた。

 最近、我が家に笑顔が戻ってきている。


 帰るタイミングを失った洋介は、午後も一緒にゲームをしてくれた。

 その時にどうして月曜日に来てくれるのか聞いたけれど、休日は基本的にないらしい。

 というか、ムズカシイ話はよく分からなかったけれど、洋介は大きな会社に所属する、個人会社の社長らしい。

 そこで、休日は自分の裁量で作るのだそうだ。だから洋介は、お客さんの都合が良い土日は避けて、月曜日に休むらしい。

 僕には難しい話は分からなくとも、少なさそうな休日をわざわざ僕のために使ってくれていることぐらいは分かった。

 午前中に泣いてしまって心配かけたこともあり、僕はある決断をした。

 でも、例の如く、僕は思うだけで、決めるだけで、言葉に出来ないまま時間は過ぎ去っていく。

 

 結局、洋介は夕方まで一緒に遊んでくれた。

 まだ僕は伝えられずにいた。

「さてっと、明日の準備もあるし、今度こそ帰るわ」 

 という洋介の挨拶を聞いて、やっと僕は言葉にできた。

「ねぇ。あのさ……」

「うん? 何だ?」

「僕はもう大丈夫。無理に来なくてもいいよ。だけど……時々遊びに来て」

「は? 何の話?」

「だから、無理しないで。僕は大丈夫だから」

「あ~。そういうことか。そうか。俺ら派遣されたんだよな。忘れてたよ」

 それは、洋介らしい発言ではあった。でも僕には本音なのか、気を使わせたのかは、判断できなかった。

「もう、俺は友達のつもりだったわ。でも、月曜の昼間って暇なんだよ。みんな土日が休みだし。今後も、お互い暇だったら来ても良いよな?」

 もしかしたら、嘘なのかもしれない。

 それでも、義務じゃなくても来てくれているんだと言って貰えて、とても嬉しかった。

「も、もちろんだよ!」

 僕は洋介に惹かれている。

 相手も僕を認めてくれた。

 友達なんていらないと思ってたけど……。

 やっぱり良いものかも。

 そして、友情を育てるのに時間は要らないのかもしれない。

 愛情もそうなのかな。

 少なくても、僕の気持ちは三週間の間に大きく育ってしまった。

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