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窓恋  作者: 宇奈月 香
番外編 ~SS~
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ある日の夕食

サイト「CHOCO FLAG」拍手お礼画面です。


 理子の家で夕飯を食べるのが日常になり出したこの頃。

 洋食よりも和食を好む理子が作った今夜のメニューは、あじの開き、ほうれん草の白和え、野菜炒め、こんにゃくのきんぴらと、修司の好きな大根とねぎの味噌汁。

 成人男子としてはがっつり肉を所望したいところだけれど、こういうメニューも悪くない。

 なにより理子が修司の体を思いやって作ってくれたものだと思えば、文句などあるはずもなかった。


「いただきます」


 隣に理子が座るのを待って、ふたりで手を合わす。早くこの生活が当たり前になれば良いのにと願わずにはいられないほど、くすぐったい毎日。

 長い髪を顔の横でくるりとまとめた理子からは、いつも優しい香りがする。

 周りからはいつ籍を入れるんだとせっつかれることも多くなってきた。

 修司とて何も考えていないわけじゃない。その為の準備だってもうできている。

 4月生まれの彼女の誕生石で作った婚約指輪。断わられることは100%あり得ないけれど、それでも万が一というものは存在する。

 なにしろ、相手は理子だ。彼女は時々思いもよらない事をしだす人だから。

 真顔で何かを悩んでいた時だ。理由を尋ねれば、


「黒ヤギさんからお手紙もらったんだけど、白ヤギさんは読まずに食べたんだって。どうしよう?」


 と、完全に向こうの世界へ遊びに行っている時がある。

 運悪くそのノリに当たってしまったら、まず修司には太刀打ちできない。あの時だって、言葉が見つからず結局絶句したのだ。

 渡すタイミングは十分見極めなければ。

 そんな修司の葛藤も知らず、理子はアジばかりを食べながら、テレビに夢中になっていた。

 実家に居た時から、テレビをつけながら食事を取っていたという理子は、今でも食事中にテレビをつけたがる。それ自体に異論はないけれど、せめて番組はニュースにしてほしいものだ。

 理子が世間に疎いのは、情報を入れようとしないせいだろう。

 そのくせ二次元の情報はやたら詳しい。画面では激しいスパーリングの真っ最中だ。

 アニメ番組をこよなく愛する理子は、現在このボクシングアニメに夢中だ。主人公が繰り出されたパンチを避けると、理子の体も同じ方向に振れる。


(いや、理子じゃないから)


 まるで自分が打たれているような動作に、何度突っ込みたくなる衝動を堪えたことか。さっきからアジばかり突いているのは、意識がテレビに集中しているせいだ。

 

(まるで子どもだな)


 少しずつ修司にも甘えた顔を見せてくれるようになると、実はとてもさびしがり屋だと言う事を知った。つぶらな瞳で何度も修司の気持ちを聞きたがる。

 以前の修司なら鬱陶しいと思っただろう。重い女だと、気持ちが冷めてしまっていたかもしれない。

 けれど、彼女だけは別だった。

 そんな理子の存在は少しも煙たくない。むしろ愛しさが増している自分は、完全に彼女にハマってる。

 

「あ、この味付け美味いよ。俺、好きだ」


 口に入れた野菜炒めの味付けに呟くと。


「イク?」


 と、間髪置かず理子が聞き返してきた。修司の方が戸惑ったほど、理子の言葉は衝撃的だった。


「……は?」

「……えっ、あっ!や、あのっ、違うの!」


(イクほど好きか?そう聞かれたよな?)


 あの理子がそんな過激な発言をしたことに唖然としていると、やっと現実に帰って来た理子が自分の発言に顔を真っ赤にさせた。


「違う、違うよ!ほら、いまテレビで反撃するのに“そろそろ”て言ってたでしょっ。だから!」

「だから、行く?」


 真顔で尋ねると、トマトみたいに赤面した理子が、項垂れるように頷いた。

 余程、自分の言った発言が恥ずかしかったのだろう。手のひらと甲で交互に顔の火照りを冷ましている。

 修司はたっぷりとそんな理子を見つめた後、


「ぶっ!!」


 箸を置いて腹を抱えた。膝の上でまどろんでいたシュウが何事かと薄目を開けるのも構わず、床を叩いて悶絶する。


 やばい、完全に入った。


 偶然が生んだ、会話。とんでもなく卑猥で、この上なく可愛らしい。

 それを素でやってしまう理子が可愛い。慌ててうろたえる姿が、また笑いを誘う。

 まったく本人も無意識だったのだろう。どうしてそんなことを言ったのか分からないと、戸惑っている。

 

「く……っ!ははははっ!!」


 テーブルに肘をついて、そこに顔を押しつけてみるが、こみ上げる笑いは治まりそうにない。


「も…、もう!そんなに笑わなくてもいいでしょっ!」

「ご、めんっ!で、でもっ。まって、もう少し……っ!」


 本気で腹筋が切れそうだ。

 いつまでも笑う事を止めない修司に、ぷっと頬を膨らます理子を見遣り、やっぱりこの子だと改めて実感する。

 こんなびっくり箱のような子、どこにもいない。

 一緒に歩いていけば、きっと幸せな時間を作れるはずだ。


(結婚、しような)


 爆笑を噛み殺しながら、修司はまだ言えぬ言葉を胸の内で囁いた。





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