第4話 暗殺者の正体
最後に現れたのは最も序列が高い青藍妃だった。
洗練された女性というのがトラベラーの第一印象だった。
青藍妃は足音を立てるのすらはしたないと言わんばかりに、静かに歩いている。
序列一位の妃は自信に満ちていた。自分こそが最も皇帝の寵愛を受け、跡継ぎを生むのにふさわしいいう自負がその所作から伝わってくる。
他の妃たちが「ごきげんよう」と青藍妃に挨拶する。
「ごきげんよう」
青藍妃はきちんと挨拶するものの、それが終わったら目を合わせようともしなかった。文字通り眼中にない様子だった。
「ごきげんよう、青藍様」
「……ええ、ごきげんよう」
青藍妃は紅玉妃にだけは目を合わせた。
「龍神様のお成りです」
社の侍女が高らかに告げる。
春花が現れ、その場にいる全員が跪く。
「ああ、別にそんなかしこまらんでええ。楽にせよ」
神として崇拝される春花の表情に、僅かな寂しさが宿っていた。
「今日は遠慮なく楽しんでくれ」
春花がそう言うと茶会が始まった。
妃たち近況を語り始める。
『トラベラー』
春花から呪術念話が届いた。
『呪術の結果が出ましたか?』
『背筋がヒヤリとするくらいの強烈な殺意を、青藍が紅玉に向けておる』
トラベラーは青藍妃を見る。彼女はその苛烈な感情を完璧に隠していた。
「お前らが鋼治の小僧に嫁いでからだいぶ経つが、どこまで進展しておるんじゃ?」
春花の問いかけに、まず雪華妃が答える。
「私は先日、陛下から詩をいただきましたわ。とても情熱的でした」
「ほー詩か。昔のあいつは恋歌が苦手じゃったが、気持ちを伝えたい相手が出来て努力したようじゃの」
春花が一瞬だけ紅玉妃を見る。
「翠玉の方は良いかんざしを贈られたようじゃの。ダイヤモンドをあしらったかんざしか」
「これほど素晴らしい物を頂けるなんて、身に余る光栄です」
ダイヤモンドには「不変」という石言葉がある。
鋼治帝は遠回しに、翠玉妃への気持ちは変わらないという意味で贈ったのかもしれないとトラベラーはおもった。
「青藍はどうじゃ? 小僧はお主に何を贈った?」
「恋歌をかんざしの両方をいただきました」
「大事にされておるのう」
青藍妃の髪には、サファイアをあしらったかんざしが刺さっている。
どちらか片方しか贈られなかった二人の妃が、悔しそうに口を真一文字に結ぶ。
青藍妃の実家は、龍国でも一二を争う名家だ。ある意味、順当な扱いとも言える。
「紅玉は?」
春花が話を振る。
「先日、筆をいただきました」
雪華妃と翠玉妃が扇子で自分の口元を隠す。彼女たちは目が嗤っていた。
「筆のう。華がないな」
「陛下から手渡しで褒美を賜ったのです。私ごときには過分な幸せでございます」
雪華妃と翠玉妃の表情が固まる。
「筆とはいえ、手渡しで贈り物を?」
「そんな、なら陛下から最も寵愛を受けているのは……」
活性心肺法で強化した聴覚でトラベラーは二人のつぶやきを聞き取った。
トラベラーは青藍妃を見る。
「……殺してやる。どんな代償を支払ってでも絶対に」
彼女は激しい憎しみを口にした。その言葉を耳にしたものは、本人を除けば聴覚を強化したトラベラーしかいない。
●
青藍妃が紅玉妃に殺意を持っている。その報告を受けた鋼治帝は幼少期の青藍妃を思い出す。
彼女とは生まれた時からの婚約者であり幼馴染だが、人々が想像するような牧歌的な関係ではなかった。
「妃など四人も必要ありません。あなた様にふさわしい女はこの世で私ただ一人です」
他の女性と社交辞令の挨拶をしただけで、激しい敵意を見せたことすらあった。
その気性は歳を経ておさまったと思っていたが、ただ隠していただけで、ますます苛烈さを増していたようだ。
とはいえ、青藍妃が紅玉紀に殺意を持っていると証明されただけで、暗殺の黒幕である証拠は見つかっていない。
皇帝としての強権を使って、証拠もなしに青藍妃を告発するつもりはない。
紅玉紀に恥ずかしくない男でいるために、通すべき筋を通したかった。
鋼治帝は青の一族の当主、蒼霄と面談することにした。
もし青藍妃が黒幕ならば、彼女の実家である青の一族も関与しているだろう。
鋼治帝は執務室で蒼霄を待つ。
「陛下の召喚に応じ、参上いたしました」
やってきた蒼霄をみて、違和感を覚える。
父である先代皇帝からは「お前は多くの大人を手本にせなばならない。蒼霄はその一人に値する男だ」と言われたことがある。
幼い頃はそのとおりだと感じていた。
だが、今の蒼霄からは、威厳に陰りが見える。
「陛下、本日はどのようなご要件でしょうか」
「先日、九龍後宮に暗殺者が現れた」
「なんですと!? 妃たちはご無事なのですか?」
「今のところは。暗殺者は紅玉を狙っていたようだが、彼女の侍女が撃退している」
「侍女……最近、龍神様から派遣された娘ですね」
「龍神様は占いで紅玉の危機を予知されており、その侍女に護衛を命じていた」
蒼霄はホッと安堵の表情を浮かべる。本心なのか、まだ分からない。
「調査がどこまで進んでいるか、お伺いしても?」
「龍神様が感情を読み取る呪術を使い、青藍が紅玉に殺意を向けていることは分かっている」
蒼霄が息を呑む。
「暗殺者は気功と呪術の二重強化を使っていた。青の一族は武の名門。お前が派遣したのではないか?」
「ああ……なんということか」
蒼霄は嘆きながら顔を覆う。
「陛下……紅玉紀を襲った暗殺者は……」
蒼霄は言葉をつまらせる。額には汗が吹き出し、恐怖で歯の根が震えている。
彼は想像を絶する恐怖と戦っているように見えた。
鋼治帝は蒼霄の言葉を黙って待つ。それが目の前の男に対する礼節だと思った。
蒼霄は目をつぶって深呼吸する。
彼が再び目を開いた時、そこには力強い意思の力が宿っていた。
「暗殺者の正体は青藍です。気功と呪術の二重強化ができるのは、青の一族で娘ただ一人です」
そう言った直後、蒼霄は苦しみ出し、胸を抑えながら倒れた
「ぐっ……」
「どうした!?」
「娘は私に制約の呪術をかけました。裏切った時に殺す。そういう呪術です」
「馬鹿な、実の親にそんな呪術を……」
青藍妃の冷酷さは想像を超えていた。
「全て責任は命おしさに娘の言いなりとなった私にあります。一族の者たちは何も知りません。どうか彼らにお慈悲を……」
「分かった。罪なき者は決して罰しないと約束する」
「寛大なるご処置、痛み入ります」
蒼霄の瞳から命の灯が消える。
「最後に正しさを選んだあなたは、やはり尊敬に値する人だ」
鋼治帝は彼の瞼を閉じてあげた。
●
呪術の発動を感じた青藍妃は父親の死を悟った。
父、蒼霄は本当に愚かなことしかしない。
自分は陛下のところに嫁ぐ。そういう話だったのに、気功と呪術の二重強化ができるようになった途端に、婚約を解消して妹の方を嫁がせようとした。
「お前の才は武人として生かされるべきだ。それに、お前の陛下に対する執着は度が過ぎている」
父にあった敬意はその言葉で吹っ飛んだ。
妹ごときに皇帝の妃が務まるわけがない。
まだ即位前の幼き皇帝と初めて出会った時、彼は未来の皇帝としての重責を苦痛とは思っていなかった。むしろやりがいのある仕事としてみていて、そのための努力を一瞬たりとも怠っていない。
青藍妃は彼がこの世で最も偉大な男になると確信した。
偉大な男の妻は、偉大な女でなければならない。青藍妃は自分がそれであると少しも疑わなかった。
青藍妃は父の眼の前で妹を殺した。さらに裏切った時に対象者が死ぬ、契約の呪術を父にかける。
そこまでされれば、愚かな父も物事の道理に従い、青藍妃を皇帝の妃として嫁がせた。
後は自然体でいれば良い。偉大な男は偉大な女に寵愛を与える。世の中はそういうものだと思っていた。
なのに寵愛は紅玉紀に向けられた。
道理を歪める異物は殺さなければならない。だが、あの侍女が邪魔してくる。
認めたくないが、あの小娘は自分以上の実力者だ。
青藍妃は九龍後宮の隠し倉庫にいる。
青藍妃は棚から木箱を取り出す。何枚もの呪符をこれでもかと貼り付け、厳重に封印されている。
これを手に入れたのは偶然だった。
青藍妃は武道の腕を磨くため、〈破滅の嵐〉を信奉する狂信者たちのアジトを襲撃したことがある。
狂信者どもを皆殺しにした後、祭壇らしきところに、この小箱が置かれていた。
狂信者のアジトには小箱について書かれた手記があった。
中身はあの〈破滅の嵐〉の肉片だという。当時の狂信者が龍神と英雄たちの目を盗んで、死骸の一部を御神体として持ち去っていたらしい。
御神体の細胞は未だ活性状態にある。高い呪力と気功力を持つものなら、御神体と同化し、新しい〈破滅の嵐〉に変身できる可能性があると資料にあった。
小箱を封じている呪符を乱暴に引き剥がし、蓋を開ける。
ぞっとするくらい白い肉片がどくんどくんと脈動していた。
〈破滅の嵐〉に変身すればこの美貌が失われてしまうかもしれない。それが怖くて、肉片を今まで使えなかった。
青藍妃は一瞬だけ躊躇する。だがすぐに決断した。胸をはだけ、陶磁器のように美しい肌に、おぞましき肉片を押し付けた。
「ああっ!」
肉塊が肌を溶かして同化を始める。
痛みは一瞬だった。すぐに快感が全身を駆け巡る。
この世の全てから超越した存在になりつつあるのを感じ、青藍は歓喜に震えた。




