貧乏冒険者たちの同棲計画
パーティ結成から3日。 俺とシルフィは、ギルドの片隅にあるベンチで、深刻な顔をして向かい合っていた。
「……計算が合わないわね」 「ああ。どう考えても赤字だ」
テーブルの上には、数枚の銅貨と銀貨が並べられている。 この3日間、俺たちは第3階層で連携の訓練を兼ねた狩りを行い、そこそこの戦果を挙げた。 ゴブリンの魔石に、薬草の採取。収入は一人でやっていた時の倍近くになっている。
だが、手元に残る金は微々たるものだった。
「宿代が高すぎるのよ!」
シルフィがバンッとテーブルを叩く。 その通りだ。 冒険者向けの安宿といっても、一泊あたり銅貨10枚(約1000円)はかかる。二人分で20枚。それに食事代、装備の消耗、ポーション代などを差し引くと、貯金どころか現状維持が精一杯だ。
「あたしが泊まってる『木漏れ日亭』なんて、壁が薄くて隣のイビキがうるさいし、ダニはいるし、最悪なのよ……」 「俺の『黒猫の宿』も似たようなもんだ。シャワーなんて水しか出ないしな」
俺たちはため息をついた。 このままでは、新しい装備を買うための金が貯まらない。つまり、強くなれない。
「……シルフィ、提案があるんだが」 「な、なによ。改まって」
俺は意を決して切り出した。
「家、借りないか?」 「は?」 「宿暮らしをやめて、部屋を借りるんだ。二人で住めば家賃は折半できるし、自炊すれば食費も浮く。計算してみたんだが、今の宿代の半分以下で済むはずだ」
俺の言葉に、シルフィはポカンと口を開け――次の瞬間、顔を真っ赤にして立ち上がった。
「そ、そそそ、それってどういう意味!? ど、どう、どうせい(同棲)ってこと!?」 「まあ、そうなるな」 「は、破廉恥よ! まだパーティ組んで3日よ!? あたし、そんな軽い女じゃないんだから!」 「いや、経済的な話だ。別に同じベッドで寝ようって言ってるわけじゃない」 「う……」
シルフィは口ごもった。 彼女もバカではない。ソロで活動していた彼女にとって、宿代がどれだけ重荷かは痛いほど分かっているはずだ。
「……べ、別に、あんたがどうしてもって言うなら、考えてあげなくもないけど。あくまで節約のためだからね! 勘違いしないでよ!」 「分かってるって。じゃあ、善は急げだ。不動産屋に行くぞ」
◇
迷宮都市バベルの下町エリア。 路地裏にある古びた不動産屋で、俺たちは一枚の羊皮紙を見せられていた。
「これなんかどうだい? 『ひだまり荘』の一階。1DKで家賃は月、銀貨3枚だ」
店主のオヤジが勧めてきたのは、街外れにある木造アパートだった。 相場よりかなり安い。
「……安すぎないか? なんかあるだろ」 「へへ、実は前の住人がダンジョンから帰ってこなくてな。荷物がそのままだから、片付け込みで借りてくれるなら安くするよ」
所謂「訳あり」物件だが、幽霊が出るわけでもない。 俺とシルフィは顔を見合わせ、頷いた。
「そこにします」
◇
案内された部屋は、予想以上にボロ……いや、趣のある部屋だった。 ギシギシ鳴る床。隙間風が入る窓。 だが、6畳ほどの板張りの部屋と、小さな台所がついている。井戸は共同だが、裏庭には小さな家庭菜園スペースもあった。
「……掃除しがいがありそうね」 「だな。まずは換気からだ」
そこからの俺たちの動きは早かった。 前の住人の残置物(幸い、使える家具や食器もあった)を選別し、埃を払い、雑巾がけをする。 俺は『生活魔法』の水魔法と風魔法を駆使して、頑固な汚れを吹き飛ばした。
「あんたの魔法、戦闘より掃除の方が向いてるんじゃない?」 「うるさいな。便利だろ?」 「ふふっ、まあね。……ほら、そこ拭き残してるわよ」
夕方になる頃には、部屋は見違えるように綺麗になっていた。 夕日が差し込む部屋の中、俺たちはボロいテーブルに向かい合って座った。
「ふぅ……疲れたー」 「お疲れ。これで今日からここが拠点だ」
俺が言うと、シルフィは部屋の中をぐるりと見渡した。 何もない、ガランとした部屋。 けれど、宿屋のような仮の住まいではない。俺たちの城だ。
「……なんか、変な感じ」 「ん?」 「家に帰ってきて、『おかえり』って言う相手がいるの。……ちょっとだけ、悪くないかも」
シルフィは小さく呟くと、膝を抱えて顔を埋めた。 耳が赤い。
「さて、と。問題は寝床だが」
部屋は一つしかない。 前の住人が残していったベッドは一つ。シングルサイズだ。
「あ、あたしがベッド使うから! レンは床で寝なさいよ!」 「はいはい、そう言うと思ったよ」
俺は苦笑しながら、床に毛布を敷く準備を始めた。 まあ、宿屋の煎餅布団に比べれば、床でも大差ない。 それに、同じ部屋に女の子が寝ているという事実だけで、男としては落ち着かない夜になりそうだ。
「……ねえ、レン」
電気代わりの魔石ランプを消して、部屋が暗くなった後。 ベッドの上からシルフィの声が聞こえた。
「ん?」 「明日は5階層のボス、挑んでみる?」 「そうだな。今の俺たちなら、いける気がする」 「うん。……おやすみ」 「おやすみ」
静寂が戻る。 窓の外からは虫の声。そして近くからは、シルフィの規則正しい寝息が聞こえてくる。
Fランクの底辺生活。 金はないし、部屋はボロい。 それでも、昨日の孤独な夜に比べれば、今の生活は100倍マシだった。
俺は幸せを噛み締めながら、泥のように眠りについた。




