孤高の剣士と、お節介な魔導師
冒険者になってから3ヶ月。俺の活動範囲は、ようやく『第3階層』まで広がっていた。 薄暗い洞窟の壁には、発光苔がぼんやりと光っている。 1階層のスライムと違い、ここにはゴブリンが出る。棒切れや錆びたナイフを持った、小鬼たちだ。
「……慎重に、慎重に」
俺は足音を殺して進む。 まともに殴り合えば、俺はゴブリン一匹にすら負ける自信がある。だからこそ、常に先手必勝、遠距離からの狙撃が俺の生命線だ。
その時だった。 通路の奥から、何かが争うような音と、高い声が聞こえてきた。
「離しなさいよ! このっ、汚らわしい!」
少女の声だ。切羽詰まっている。 俺は一瞬迷ったが、舌打ちを一つして、声のする方へと慎重に急いだ。英雄願望はないが、目の前で誰かが死ぬのは寝覚めが悪い。
岩陰から様子を覗う。 そこは少し開けた小部屋になっていた。 3匹のゴブリンが、ニヤニヤと下卑た笑い声を上げながら、中央を取り囲んでいる。
「くっ……動け、ない……!」
囲まれていたのは、一人の少女だった。 身長は140センチほどだろうか。俺の胸元あたりまでしかない小柄な体躯。 豪奢な金髪を二つの房に結ったツインテールが、悔しげに揺れている。長い耳は、彼女がエルフ族であることを示していた。
彼女の足首には、ダンジョン特有の罠植物――『捕縛蔦』が強固に巻き付いている。 身動きが取れない彼女に対し、ゴブリンたちが棍棒を振り上げていた。
(……まずいな)
助太刀に入ろうにも、俺の身体能力では飛び出した瞬間に殴られて終わりだ。 魔法でゴブリンを吹き飛ばす? そんな火力はない。 蔦を燃やす? 彼女の足まで火傷させてしまう。
俺にあるのは、豆粒みたいな魔力弾と、無駄に高い操作性だけ。
(――なら、それを活かすしかない)
俺は深く息を吸い、杖を構えた。 狙うのはゴブリンの急所じゃない。動く標的の、さらに小さな一点だ。
「……《マナ・ニードル》」
生成したのは、弾丸よりも鋭く圧縮した、縫い針のような魔力の棘。 俺は視線で軌道を固定する。 ゴブリンが棍棒を振り下ろそうとした、その瞬間。
ヒュンッ!
風を切る音と共に、魔力の針がゴブリンの手首の健を正確に貫いた。
「ギャッ!?」
ゴブリンが悲鳴を上げ、棍棒を取り落とす。 突然の横槍に、残る2匹がキョロキョロと周囲を見回した。
「誰っ!?」
少女が驚いてこちらを見る。俺は岩陰から姿を現さず、声を張り上げた。
「動くなよ! 次はお前の足元だ!」
俺は二発目の魔法を放つ。 今度の狙いは、少女の足首に巻き付いた蔦の『根元』だ。 植物の繊維の隙間、魔力が通る導管の一点。そこを魔力針で切断すれば――。
パチンッ。
乾いた音がして、蔦の締め付けが解けた。 ずるりと植物が枯れ落ちる。
「え……?」 「ぼさっとするな! 立てるか!」
俺の叫びに、少女がハッとする。 彼女はすぐさま愛用のショートソードを拾い上げると、恐ろしく鋭い眼光でゴブリンたちを睨みつけた。
「……よくもやってくれたわね、雑魚どもが!」
そこからは一方的だった。 彼女は速い。とにかく速い。 蝶のように舞い、ゴブリンの攻撃を紙一重で回避する。そしてすれ違いざまに、的確に首筋や手足を斬りつける。 一撃の威力は軽そうだが、急所を狙う技術は確かだった。
俺は遠距離から、彼女が避けきれない角度の攻撃を仕掛けてくるゴブリンに対し、牽制の魔力弾を放つ。 目に当たれば怯み、足に当たれば転ぶ。 決定打にはならないが、彼女がトドメを刺す隙を作るには十分だった。
数分後。 3匹のゴブリンは魔石に変わっていた。
「ふぅ……ふぅ……」
少女が肩で息をして、剣を鞘に納める。 そして、バッと勢いよく振り返り、俺の方へと歩いてきた。 近くで見ると、人形のように整った顔立ちをしている。だが、その翡翠色の瞳は、少し不機嫌そうに吊り上がっていた。
「……余計なお世話よ」
開口一番、それか。 俺は苦笑しながら、隠れていた岩陰から出る。
「死にそうに見えたもんでな。邪魔だったか?」 「死ぬわけないでしょ! あんな蔦、あと数秒あれば自力で斬れたわよ!」
強がりだ。あの体勢では剣が届かなかったはずだ。 彼女は腕を組み、俺を値踏みするようにジロジロと見た。
「あんた……魔導師? にしては、魔力の気配が全然しないけど」 「Fランクだからな。才能なしの落ちこぼれだよ」 「ふーん。……でも、コントロールだけは気持ち悪いくらい良かったわね」
彼女は少しだけ表情を緩め、そっぽを向いた。 そして、蚊の鳴くような小さな声で呟く。
「……一応、礼は言っとくわ。ありがと」 「どういたしまして」
素直じゃないな、と思いながらも、悪い気はしない。 彼女はちらりと俺のタグを見て、何かを考え込むように顎に手を当てた。
「ねえ、あんた名前は?」 「レンだ」 「ふうん、レンね。……あたしはシルフィ」
シルフィは俺の前に立つと、ビシッと指を突きつけてきた。
「レン、あんたあたしと組みなさい」 「……は?」 「あたしは速いけど、攻撃力が足りないの。あんたはサポートが上手いけど、一発殴られたら死にそうでしょ?」 「ぐうの音も出ない正論だな」 「でしょ? Fランク同士、利害が一致してるのよ。……それに」
シルフィは少し顔を赤らめ、視線を泳がせた。
「……あんたの魔法、やりやすかったし。背中、預けてあげなくもないわよ」
上から目線なのか、デレているのか。 だが、俺にとっても渡りに船の提案だった。前衛がいれば、俺はもっと安全に魔法の制御に集中できる。 俺は彼女に向かって手を差し出した。
「よろしく頼むよ、シルフィ」 「……ん。足手まといになったら捨てていくからね!」
シルフィは俺の手を、小さな手でギュッと握り返した。 その手は剣ダコで硬かったが、驚くほど温かかった。
こうして俺は、この世界で初めての「仲間」を得た。 この小さな金髪エルフが、後に「閃光の剣姫」と呼ばれ、俺の最初の妻(候補)になるとは、まだ想像もしていなかったけれど。




