表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
2/40

孤高の剣士と、お節介な魔導師

冒険者になってから3ヶ月。俺の活動範囲は、ようやく『第3階層』まで広がっていた。  薄暗い洞窟の壁には、発光苔がぼんやりと光っている。  1階層のスライムと違い、ここにはゴブリンが出る。棒切れや錆びたナイフを持った、小鬼たちだ。


「……慎重に、慎重に」


 俺は足音を殺して進む。  まともに殴り合えば、俺はゴブリン一匹にすら負ける自信がある。だからこそ、常に先手必勝、遠距離からの狙撃が俺の生命線だ。


 その時だった。  通路の奥から、何かが争うような音と、高い声が聞こえてきた。


「離しなさいよ! このっ、汚らわしい!」


 少女の声だ。切羽詰まっている。  俺は一瞬迷ったが、舌打ちを一つして、声のする方へと慎重に急いだ。英雄願望はないが、目の前で誰かが死ぬのは寝覚めが悪い。


 岩陰から様子を覗う。  そこは少し開けた小部屋になっていた。  3匹のゴブリンが、ニヤニヤと下卑た笑い声を上げながら、中央を取り囲んでいる。


「くっ……動け、ない……!」


 囲まれていたのは、一人の少女だった。  身長は140センチほどだろうか。俺の胸元あたりまでしかない小柄な体躯。  豪奢な金髪を二つの房に結ったツインテールが、悔しげに揺れている。長い耳は、彼女がエルフ族であることを示していた。


 彼女の足首には、ダンジョン特有の罠植物――『捕縛蔦スネア・アイビー』が強固に巻き付いている。  身動きが取れない彼女に対し、ゴブリンたちが棍棒を振り上げていた。


(……まずいな)


 助太刀に入ろうにも、俺の身体能力では飛び出した瞬間に殴られて終わりだ。  魔法でゴブリンを吹き飛ばす? そんな火力はない。  蔦を燃やす? 彼女の足まで火傷させてしまう。


 俺にあるのは、豆粒みたいな魔力弾と、無駄に高い操作性だけ。


(――なら、それを活かすしかない)


 俺は深く息を吸い、杖を構えた。  狙うのはゴブリンの急所じゃない。動く標的の、さらに小さな一点だ。


「……《マナ・ニードル》」


 生成したのは、弾丸よりも鋭く圧縮した、縫い針のような魔力の棘。  俺は視線で軌道を固定する。  ゴブリンが棍棒を振り下ろそうとした、その瞬間。


 ヒュンッ!


 風を切る音と共に、魔力の針がゴブリンの手首の健を正確に貫いた。


「ギャッ!?」


 ゴブリンが悲鳴を上げ、棍棒を取り落とす。  突然の横槍に、残る2匹がキョロキョロと周囲を見回した。


「誰っ!?」


 少女が驚いてこちらを見る。俺は岩陰から姿を現さず、声を張り上げた。


「動くなよ! 次はお前の足元だ!」


 俺は二発目の魔法を放つ。  今度の狙いは、少女の足首に巻き付いた蔦の『根元』だ。  植物の繊維の隙間、魔力が通る導管の一点。そこを魔力針で切断すれば――。


 パチンッ。


 乾いた音がして、蔦の締め付けが解けた。  ずるりと植物が枯れ落ちる。


「え……?」 「ぼさっとするな! 立てるか!」


 俺の叫びに、少女がハッとする。  彼女はすぐさま愛用のショートソードを拾い上げると、恐ろしく鋭い眼光でゴブリンたちを睨みつけた。


「……よくもやってくれたわね、雑魚どもが!」


 そこからは一方的だった。  彼女は速い。とにかく速い。  蝶のように舞い、ゴブリンの攻撃を紙一重で回避する。そしてすれ違いざまに、的確に首筋や手足を斬りつける。  一撃の威力は軽そうだが、急所を狙う技術は確かだった。


 俺は遠距離から、彼女が避けきれない角度の攻撃を仕掛けてくるゴブリンに対し、牽制の魔力弾マナ・バレットを放つ。  目に当たれば怯み、足に当たれば転ぶ。  決定打にはならないが、彼女がトドメを刺す隙を作るには十分だった。


 数分後。  3匹のゴブリンは魔石に変わっていた。


「ふぅ……ふぅ……」


 少女が肩で息をして、剣を鞘に納める。  そして、バッと勢いよく振り返り、俺の方へと歩いてきた。  近くで見ると、人形のように整った顔立ちをしている。だが、その翡翠色の瞳は、少し不機嫌そうに吊り上がっていた。


「……余計なお世話よ」


 開口一番、それか。  俺は苦笑しながら、隠れていた岩陰から出る。


「死にそうに見えたもんでな。邪魔だったか?」 「死ぬわけないでしょ! あんな蔦、あと数秒あれば自力で斬れたわよ!」


 強がりだ。あの体勢では剣が届かなかったはずだ。  彼女は腕を組み、俺を値踏みするようにジロジロと見た。


「あんた……魔導師? にしては、魔力の気配が全然しないけど」 「Fランクだからな。才能なしの落ちこぼれだよ」 「ふーん。……でも、コントロールだけは気持ち悪いくらい良かったわね」


 彼女は少しだけ表情を緩め、そっぽを向いた。  そして、蚊の鳴くような小さな声で呟く。


「……一応、礼は言っとくわ。ありがと」 「どういたしまして」


 素直じゃないな、と思いながらも、悪い気はしない。  彼女はちらりと俺のタグを見て、何かを考え込むように顎に手を当てた。


「ねえ、あんた名前は?」 「レンだ」 「ふうん、レンね。……あたしはシルフィ」


 シルフィは俺の前に立つと、ビシッと指を突きつけてきた。


「レン、あんたあたしと組みなさい」 「……は?」 「あたしは速いけど、攻撃力が足りないの。あんたはサポートが上手いけど、一発殴られたら死にそうでしょ?」 「ぐうの音も出ない正論だな」 「でしょ? Fランク同士、利害が一致してるのよ。……それに」


 シルフィは少し顔を赤らめ、視線を泳がせた。


「……あんたの魔法、やりやすかったし。背中、預けてあげなくもないわよ」


 上から目線なのか、デレているのか。  だが、俺にとっても渡りに船の提案だった。前衛がいれば、俺はもっと安全に魔法の制御に集中できる。  俺は彼女に向かって手を差し出した。


「よろしく頼むよ、シルフィ」 「……ん。足手まといになったら捨てていくからね!」


 シルフィは俺の手を、小さな手でギュッと握り返した。  その手は剣ダコで硬かったが、驚くほど温かかった。


 こうして俺は、この世界で初めての「仲間」を得た。  この小さな金髪エルフが、後に「閃光の剣姫」と呼ばれ、俺の最初の妻(候補)になるとは、まだ想像もしていなかったけれど。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ