三十九話 ファルファナの才能
「侯爵家。そっか、やっぱりお父様とお母様の差し金なんだね」
ぽつりと呟く。
ふぅっと息を吐いて《めらりの耳飾り》を揺らした。その時。空気が、ぴり、と震えた。次の瞬間――がしんっ。見えない力が、私の両腕と足を一気に絡め取る。
「わ、わっ。これって……拘束魔法?」
身動きが取れない。
プレスはゆっくりと、膝をつく私のもとへ歩み寄った。
「この危険なアルケミアは預からせていただきますね」
ばっと乱暴な手つきで、《めらりの耳飾り》を引き抜かれる。
……私のアルケミアを知ってるなんて。よく私のことを調べてくれているみたいで。ちょっとした有名人になった気分。
奪い取った耳飾りを手の中で眺めながら満足そうに微笑んでいる彼を、私はじっと見つめた。
「とっても強い人だね。もしかして、お父様とお母様の悪いお友達さんなのかな?」
すると、プレスはくすりと笑った。
「何を仰るやら。私の友達は貴女ではありませんか。ファルファナ様」
「……私?」
思わず首を傾げる。
友達? 私、この人とは今日初めて会ったと思うんだけど。
「貴女は今から、私と一緒にこの供えられたマギアの花を盗むのですよ」
「マギアの花を?」
視線を祭壇へ向ける。色とりどりの花が並ぶ祭壇。
彼はゆっくりと、まるで教科書を読み聞かせるみたいに淡々と口を開いた。
「マギアの花は魔力に反応して、その人の魔力の色へ変化する特別な花です。魔力の籠った花。それをマギア塔へ捧げる。それがマギアの祝宴です」
そう。だからこそ魔力を持たない私が参加する必要はない。
無色の私では、花は白いままなんだから。
「お花を盗んでどうするの? 綺麗に飾っておしまい? それとも、誰かにプレゼントしたいの?」
「それだけではないと分かっているからこその質問ですよね? 聞いていたより、ずいぶん賢いお方のようです」
「褒めてくれてありがとう」
素直に賛辞を受け止める。
その間にも、私はこっそりと隙を探してみたけど――うん、だめだね。
プレスは強い。魔法の扱いにも慣れているみたいだし、荒事にも慣れている。錬金術を始めたばかりの私では、真正面から戦っても敵わなさそう。……もっと錬金術を極めないと!
「単純なお話ですよ。ミシュラート侯爵夫妻は、金と魔力を求めて裏の者と取引を重ねてきました。そして今、彼等は罪を隠すために……『娘を使う』という選択をしたんです」
「……私に『全ての罪』を背負わせるつもりなの?」
そう問い返すと、プレスはぴたりと動きを止めた。
「馬鹿ですねぇ」
私の顔をまっすぐに見つめ、口元が醜悪に歪む。
「以前のように悪妻を演じていればよかったのですよ。そうすれば、もう少しは生きていられたでしょうに」
「それって、どっちにしろ最後には処刑されてしまうってことでしょ?」
――小説の結末のとおりに。
プレスは答えない。ただ、ほんの少しだけ目を細めた。それ以上答えることなく、祭壇へ向かって歩いていく。
「マギアの花は特別な素材です。これを使えば……大掛かりなことができます。歴史に残るほどの悪事をね。そうすれば、これまでの罪も――これからの罪も、全て貴女のものだと思わせられるでしょう? 嫌われ者の『悪妻ファルファナ』なら、誰も疑いませんから」
彼は祭壇の前で立ち止まると、花々を見下ろしながら薄く笑った。
「プレスはいいの? 私と一緒に悪いことをしたら、プレスも罰せられるかもしれないのに」
私が尋ねると、プレスはきょとんとした顔をした。
「もちろん! 幼い頃に僕を拾ってくださったミシュラート侯爵様のお役に立てるなら本望です!」
ぱっと表情を明るくする。まるで、本当に大切な人の話をしているみたいに。
……本気なんだ。自分がどうなっても、お父様達のためなら構わないと思っている。
きっと子供の頃から、こうやって誰かに仕えるように仕込まれてきたんだろうな。その歪みを目の前に突きつけられて、私はようやく理解した。
「子供を支配する才能って怖……」
「さぁ、ファルファナ様。最後まで『悪妻』として花開いてください」
私の呟きなど気にした様子もなく、プレスは一輪の花を手に取った。そして、それをそっと私へ差し出す。穏やかな声なのに、断るという選択肢が最初から存在しないみたいな圧があった。
悪妻……か。
「最後にもう一つ。旦那様と結婚させたのは、旦那様を巻き込むためなの?」
「ええ、そうですよ。侯爵家にとってスエイル様は邪魔な存在ですからね。巻き込んで、失脚をさせるようにと」
「……そっか」
胸の奥に、すとんと何かが落ちた。
「教えてくれてありがとう」
「…………」
にこっと笑うと、プレスの笑顔が初めて固まった。
「ファルファナは、たくさんの悪意を集められたよね」
悪妻と呼ばれて、周囲から嫌われて。ファルファナを嫌う人なんて数えきれないほどいた。
それこそ、小説の読者だった私自身も……彼女を悪妻だと思っていた。
「すごいよね? もし『嫌われる才能』なんてものがあるのなら……ファルファナは、それのものすごい才能の持ち主なんだから!」
たくさんの人に嫌われるほど。親に利用されるほど。罪を全部押しつけられるほど――私は、悪意を集めることができたんだから。
「何をわけの分からないことを。貴女にはもう逃げ道はありません。このまま――私と一緒に堕ちていただきます」
「ううん。私は堕ちないよ。……貴方もね」
「……?」
意味が分からないという顔をするプレス。
私はそのまま後ろ手に縛られた両手へ意識を集中させると、手首についたロザリオへそっと触れた。
「《らいらいロザリオ》!」
バチバチッと体の内側を電流が駆け抜ける。雷の気配が指先へぎゅっと集まると、ばっと解き放った。
「これは――アルケミアっ!?」
驚いたように目を見開くプレス。
咄嗟に防御の魔法を展開しようとするけど、残念。そこは狙ってない。解き放たれた雷の斬撃がプレスの横をすり抜け、壁や天井へ向かって暴れていく。
石片がぱらぱらと降ってきて、私はそれを見上げながら「あらら」と呟いた。
「手が動かせないと使うのが難しいね」
「何を考えているんですか!? それに、このアルケミアは……」
「《らいらいロザリオ》。新しく作った私のアルケミアだよ」
私のことを調べていたみたいだけど、このアルケミアは使う機会を逃していたから、知らなかったのかな?
「ば、ばかな……! こんな短期間で、これほどのアルケミアを……!? 無色で無能の貴女が……!?」
「うん。私、天才だから」
私はあっさり頷いた。
「でもね、まだ貴方には勝てないのもちゃんと分かってるよ。だって悔しいけど……今の私じゃ、正面から戦ったら絶対に防がれちゃうもん」
だから無理に勝とうとはしない。
私はここで騒ぎを起こして、何かが起きていると知らせればいい。
「なので、素直に旦那様に助けを求めることにしました!」
「なっ……!」
――その瞬間。コツコツと、どこからか靴音が響く。
ゆっくりとそっちへ顔を向けると、壊れた壁の向こう。差し込んだ光の中から――一人の男性が、ゆっくりと姿を現した。
「……俺は、大人しくしていろと言ったはずなんだがな」
明らかに不機嫌そうな顔。
「あっ、旦那様」
呼び寄せたのは私なのに。
いざ姿を見ると、ほっとして息が自然と抜ける。
旦那様は私を見つめ、拘束された私の姿を確認すると……ほんの少しだけ眉を寄せた。




